筋肉遠隔操作型キューピット「ジゴロウ」

暁太郎

恋愛成就させてパチ代を稼がねぇとなぁ……

「だから頼むぜぇ……翔太クンよぉ……」


 ビルの路地裏で、黒いスーツにサングラス、酒焼けしたような声。そして天使の羽が生えたゴツい男が翔太に向けて銃を構えていた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!! なにこれ! どゆこと! なにごと!?」


 翔太はガクガクと足を震わせてへたり込んでいる。学校の帰り道でいきなり厳つい男に連れ去られて銃を向けられたのだから当然である。


「あ、あんた一体なんなんだ! 説明してくれ……」

「昨今はどいつもこいつも値上がりしやがってよぉ……特殊景品も相場が」

「パチンコの話じゃねぇーーーよ!!」


 翔太が絶叫する。普段ロクに使わない声帯を一生分使った気がした。グラサン天使はチッと舌打ちすると話を続けた。


「言ったじゃねぇか……俺はキューピットのジゴロウ。テメーの恋をこの弓で成就させようって話だぜ……」


 ジゴロウは持っている銃をクイックイッと上げてみせた。


「弓!? それが弓! どこらへんが弓!?」

「指をかけて引いたら発射される……つまり、弓じゃねぇか……!?」

「箇条書きマジックやめろ!」


 ジゴロウは空いた手で内ポケットからタバコの箱を取り出し、そこからタバコを口に咥え、指の先から火を出現させ、タバコにつけた。

 スパッとジゴロウの口から煙が勢いよく出る。コレ以上になく様になっている動作に翔太は状況を忘れて見惚れ、純白の羽を見て我に返った。絶対に背中のそれいらないだろ。


「ホの字なんだろォ……? 隣に住む幼なじみ……真冬チャンによぉ……」

「えっ……、なっ…な……」


 今どきホの字って、という事は置いといて、秘められた想いをアッサリ当てられて翔太は泡を食った。真冬と翔太は幼い頃はよく遊ぶ中だったが、成長するにつれて真冬は学校内外で人気となり、対する翔太は引っ込み思案な性格で、最近は疎遠気味になっている。

 自分と彼女では釣り合わない、その引け目が翔太の心にブレーキをかけていた。


「あ、あんた……本当なのか? キューピット……俺の後押しをしてくれるのか……?」

「あァ……このハジキで一発よ」

「ハジキって言っちゃったよ」


 だが、本当にこのマフィアな男がキューピットというのなら、翔太にとって願ってもない事だった。

 翔太は決意を固め、ジゴロウに言う。


 「ああ、わかった。正直胡散臭すぎるけど、一周回って逆に信」


 ズドン、脳天。


 最後まで聞けよ。

 

 そう言う暇もなく、翔太の身体が床に沈んだ。だが、衝撃に反して意識は失わず、痛みもなかった。翔太はすぐさま起き上がり、右手で撃たれた額を確かめる。

 そこで異変に気がついた。


「……腕、ゴツくない?」


 翔太の右腕がボディービルダーのように隆々としていた。急いで他の部位も確かめるが、右腕以外は元のままである。


「それが、キューピットの矢の力、だぜ……」

「なんでだよ!! 恋愛成就じゃなくて筋肉成長だろコレ!! しかもなんで右腕だけなの!?」

「仕方ねぇのさ……矢を買う余裕がなくてよォ……パチ屋の弾で代用したからよ……」

「自費なのかよキューピットの矢」


 知りたくなかったキューピットの懐事情ばかり詳しくなっていく。翔太は頭を抱えた。視界の端で上腕二頭筋がピクピク動いているのが見えた。


「う……ううう……何がキューピットだ……インストラクターの間違いだろ……こんな筋肉で何が出来るってんだ」

「馬鹿野郎ッ!!」


 翔太の嘆きにジゴロウが活を入れた。ビクッと翔太が飛び上がる。


「古来より愛を結びつけるのは筋肉だぜぇ……!? 逆もまた然りだ」

「はぁ!?」

「アブミ骨筋って耳の中にある筋肉……こいつがイカれると音が聞こえづらくなる。例えば恋を引き裂く悪魔はこの筋肉を操作して、男の子を難聴にし、女の子の決死の告白を聞こえなくしちまうんだぜぇ!」

「あのテンプレって悪魔のせいだったの!?」

「何事を成すにも筋肉なのさぁ……。身体は資本っていうだろォ……?」


 ジゴロウは貫禄たっぷりに翔太を諭すが、そうは言ってもこれで何をすればいいというのか。まさか、真冬の目の前でバーベルを持ち上げれば惚れてくれるというわけでもあるまい。

 すると、ジゴロウがスッと指を路地裏の外、大通りに向けた。


「あれを見なァ……翔太クン……」


 言われるがままジゴロウが示す方へ視線をやると、そこには真冬と――そして、見るからにガラの悪そうな不良高校生たちが真冬を囲んでいた。


「しゃるそそうなおにゃのこじゃああああねぇけぁぁぁぁ!!!」

「おっぺぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 不良たちが奇声か何かを叫んで真冬を威嚇していた。蛮族かな?


「あ……ッ……」


 真冬といえば、眼前に迫る危機に怖気づき、震えていた。同級生たちが憧れる清楚な顔立ちが今は恐怖で歪んでいる。


「な……真冬ちゃん……! どうして……」

「ああ……そうだぜ」

「まさか、恋を引き裂く悪魔が――」

「俺があいつらをけしかけて襲わせてるんだぜ。さぁ……真冬チャンを助けて惚れさせてやりなァ!」

「お前かよ! もう完全にそっちの方が悪魔だよ!!」


 盛大なマッチポンプだったが、真冬の危機である事に違いはなかった。


「くっ……」


 翔太の足が震える。助けに行かねば。だが、自分にできるのか?

 右腕に目を落とす。筋肉が足以上にピクピクしまくっていた。だが、今彼女を救えるのは自分しかいない。


「う……うわぁぁぁっ!」


 翔太は雑念を振り切るように路地裏から飛び出し、不良たちの前に立ちふさがった。

 真冬が驚きの声を上げる。


「しょ……翔太!? 助けに来て……うわなにそれキモッ!」


 そして翔太の右腕を見てドン引いた。

 だが、心を決めた翔太にはもはや関係がなかった。嘘、本当は結構傷ついた。しかし、やる事はもう決まっている。


「ほまぁおれりゃさからうけぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 不良たちが両手を振り上げ、跳躍して襲いかかってきた。もうこれはモンスターか何かであった。

 翔太はそれを前にして右腕を――。


「なにぃ……!?」


 様子を見ていたジゴロウが驚きのあまりタバコを落とした。

 翔太は右腕を使わず、左腕で不良たちの攻撃を受け止めていた。


「あああああぁぁぁっ!!」


 翔太が雄叫びを上げて、左腕のみで不良たちに立ち向かっていく。


「翔太クン……!? どうしてなんだァ……?」

「あんなマッチポンプクズ野郎にもらった力で助けられるかァァァァァ!!」

「なんてぇ侠気なんだぜ……翔太クン……!」


 他人の力を借りずに、自分の力のみで運命を切り開く。翔太の決死の叫びにジゴロウは感動し、涙を流した。マッチポンプクズ野郎という部分も完全に流していた。


 一念岩をも通す。ボロボロになりながらも、翔太は不良の攻撃を耐え抜いた。不良たちはすっかりバテて肩で息をしている。そもそも不良といっても別に喧嘩が得意なわけでも体力に自信があるわけでもない。どちらかがまともに備わっているなら不良をやるより有意義な事があるからだ。

 

「こ…………つ………や………」

「お……か……る……」


 不良たちがぽつりと呟いたかと思うと一斉に振り返って去っていった。どうやら、諦めてくれたらしい。


「……ハァ、ハァ……あの情報量で意思統一できるの何なんだよ……」

「翔太……」


 翔太の背後から心配そうな真冬の声が聞こえた。翔太は向き直り、真冬の眼を真っ直ぐに見つめる。


「真冬ちゃん……無事だった?」

「う、うん……でも、翔太が……!  そんなに傷ついて……! 右腕以外……」


 服は破け身体は生傷ばかりでも右腕はオイルで磨き上げたようにツルツルムキムキだった。


「いいんだよ……真冬ちゃんが守れたなら……」

「翔太……」


 二人の間に甘酸っぱい空気が醸成されつつある。高鳴る鼓動は決して吊り橋効果だけでは説明できない何かがあった。

 二人はじっと見つめ合い、そして――


「やったなァ……翔太クン……!」


 突如としてジゴロウがグラサンの下の涙を拭いながら二人の側に現れた。


「ヒッ!?」


 真冬がジゴロウの風体を見て悲鳴を上げ後ずさる。青春の甘さにブラックコーヒーがブチ込まれた。

 

「何でこのタイミングで出てくるの!?」

「やってくれたじゃァねぇか……燃えたぜ、翔太クン。キューピットである俺のハートまで撃ち抜いてくるなんてよォ……」

「頭からつま先まで全部仕組んだ奴の台詞じゃねぇよ」


 ほとほと呆れかえる翔太だったが、ダンディさだけはある顔に漢の涙を流す姿は、曲りなりにも彼が本気で仕事に取り組んだ故の証だろう。

 全て彼の手のひらの上、というのは気に入らないが、結果だけ見れば真冬と再び接近できる機会を与えてくれたのは確かだった。


「……まぁ、なんだ。でも、助かったよ……ジゴロウ」


 翔太は照れながらもジゴロウに左手を差し出す。ジゴロウもそれに応え、翔太と握手を交わした。


「俺の仕事はここまでだぜ……後は……上手くやりなァ……」

「ああ……それで、俺の右腕もとに戻してほしいんだけど」

「ないぜ」


 握手をする手が止まった。


「…………ない?」

「大丈夫だぜ、翔太クン。右腕以外を鍛えれば」


 翔太は右腕を横薙ぎに思いっきり振るった。

 丸太が豪速でぶつかったようにジゴロウの身体は宙に舞い、地面も何度もバウンドしながら遠くまで吹っ飛んでいった。


 それを見届けて、翔太は真冬に向く。


「真冬ちゃん、行こう」

「うん」


 二人は手をつないで歩き出し、街の喧騒の中に消えていった。

 右腕は翌日病院で貰った処方箋で治った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

筋肉遠隔操作型キューピット「ジゴロウ」 暁太郎 @gyotaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ