筋肉が付きすぎた結果ヤバいことになった話

神崎 ひなた

筋肉が付きすぎた結果ヤバいことになった話

 バイト先のマイちゃん(黒髪、清楚、眼鏡、三つ編み、おっとり、可愛い、天使、女神、将来的に結婚したい)がマッチョ好きだと聞いた俺は、その日から筋トレに励んだ。

 毎日腕立て、腹筋、背筋をそれぞれ百回。死ぬほどキツいがマイちゃんのためならと思えば血ヘドを吐く日々もやぶさかではない。そう言い聞かせて筋肉に拷問を課してきた。背筋をする時なんかもう、陸に打ち上げられたエビのように跳ねる有様だった。それでも「継続は力なりィィィィィィィ!!」と魂に刻み、地獄の鍛錬を淡々とこなす。

 しかし一週間が経過しても、なんら肉体に変化は見られなかった。


「ハァハァハァハァ……筋トレってこんなに辛いのかよ……」


 日課をこなした後は死んだように眠り、朝は猛烈な空腹に起こされる。だがバイト代は新作のゲームへと消えており、ロクな食べ物もないため水道水で胃を満たす。腹の虫が狂想曲ハイパーボイスを奏でるが無視してバイト先へと向かう。マイちゃんの笑顔だけが日々の癒しだ。

 そんな日々にも二週間で限界を感じつつあった。ムキムキボディと一緒に、マイちゃんへの想いも諦めるしかないのか……。

 そう思っていたある日、ポストの中に白い粉が入っていた。

『試供品のプロテインです。決して怪しい薬ではありません』

 とだけ書かれた袋。こんなもんマジで怪しい以外の何物でもないが、空腹で正常な判断なんかできない俺は、「やった~! 運がいいぜ~!」としか思わなかった。

 しかし生まれてこの方、プロテインなんて摂取したことが無い。どう食うのが正解なんだコレ。

「なんか粉物だし、水と練って食えばいいのかな」

 キッチンの奥底から三年くらい前の小麦粉を呼び起こし、水とプロテインと混ぜて生地を作る。それを電子レンジでチンする。お好み焼きみたいな完成形を想像していたが、完成したのは錬成に失敗したスライムのような異物だった。

「そういえば牛乳と混ぜて飲むとか聞いたな」

 そんなものは当然家にないので、日本酒のビンにブチ込んでシェイクだ。正直、粉っぽくてロクな味はしなかったが筋肉のためには換えられない。「裏返るッッッ! 裏返るッッッ!」と己を鼓舞しながらガッと胃へ流し込んだ。俺、日本酒と混ぜればなんだって食べられると思う。たぶん生コンも余裕。

 慣れないものを食べたせいか、食後、一気に眠気がやってきたので布団へダイブして死んだように眠った。


 次の日、やたら体が重くて目が覚めた俺は、鏡を見て仰天した。

「誰だ!? この世紀末覇者!?」

 俺だった。見慣れた自分の顔の下が、ムッキムキのボディビルダーのようになっていたのだ。

「これが……プロテインの力ってワケかよ……」

 俺は感動しながらダブルバイセップスを決める。思わず「大胸筋流星群……」とため息が漏れた。なんて素晴らしい肉体美だろう。これならマイちゃんも気に入ってくれるはず。俺は意気揚揚とバイトに行く準備を始めた。

 しかし普段着ている服はピチピチで入らなかった。まぁ、いいさ。もう人に見せて恥ずかしい体ではない。半裸でバイト先へ向かうことを決意する。

 スキップしながらアパートの階段を下りようとした俺は、三段ほど踏み外して盛大に転げ落ちた。

「ウオオオオオオオオッッッ!? 今までの体と勝手が違いすぎるッ!!」

 有り余るパワーを制御できていないのだ。幸い、階段の下まで転げ落ちても鋼の肉体にはノーダメージだった。筋肉、最強――――。

「しかし、なんかフラフラするな~」

 急激な肉体の変化についていけてないのか、どうも頭がボーっとする。なんだか足取りも覚束ないような気がする。ついでに腹もめちゃくちゃ減ってるが、よく考えたらそれはいつもことだった。俺は半裸でフラフラしながら、バイト先へと急いだ。

「おはようございあーす」

 バイト先のコンビニに着くなり、店員や客が一斉に俺の方を見てフリーズした。無理もない。こんな世紀末覇者みたいな半裸男が急にコンビニに奴が現れたら、誰だってそういう反応をする。気持ちはよく分かる。今朝、俺もそうだったから。

「おはようございます。ちょっと裏でお話いいですか?」

 マイちゃんは俺を見るなり、そう言ってきた。いきなり告白か? まいっちゃうね。なんて考えながら言われるままにフラフラとマイちゃんの後ろを付いていく。

 コンビニの控室へ付くと、マイちゃんは俺の腹筋を撫でながら感嘆の息を吐く。

「素晴らしい肉体……まさに私の理想そのものです」

「ありがとう。なんか、朝起きたら急にこうなってて……」

「なるほど。どうやらプロテインの効き目はバッチリみたいですね」

「え?」

 どうしてプロテインのことを知っているんだろうと首を傾げると、「実はあのプロテイン私が作ったんです」とマイちゃんが言う。

「実は、両親がマッドサイエンティストをやっていまして。小さい頃から人体改造に関する製薬は得意なんですよ」

「両親がマッドサイエンティストて」

 恋人はサンタクロースみたいに言うな。なんて生い立ちだ。

「以前からプロテイン自体は完成していたんです。ですが、なかなか人に試す勇気がなくて……そんなとき、アナタに出会ったんです」

「えっ!? それって……!?」

 マイちゃんも俺が好きだった……ってコト!?

 顔はかなり好みだから、肉体だけ改造すれば完璧……ってコト!?

「普段から無茶苦茶な食生活しているようですし、多少無茶なものを摂取させても大丈夫かなーって」

「デスヨネー」

 そんなことだろうと思ったよ。OK、想定内だ。俺の人生は今日も平常運転! マイちゃんの笑顔がカワイイから許しちゃう。黒髪・眼鏡・三つ編みの女は最高だぜ!

「でも、こうしてマイちゃんの理想の肉体になれたわけだし……」

 あわよくばお付き合いなんて……と言おうとした矢先、マイちゃんの表情が曇る。

「それなんですけど、アナタは私の理想と全然違うんですよね」

「は!?」

「だってムキムキの割にさっきからずっとフラフラしてますし……」

「そ、それは……」

 確かに、今朝からずっとフラフラするとは思ってたけど。

「急激な肉体の変化、そして普段の食生活が終わっているせいで、肉体が付いてこれていないみたいですね。はぁ……やはり理想の肉体の男性を作る、という目論見には無理があったみたいです」

 そう言い残してマイちゃんは控室を去ろうとする。俺は慌ててその背中を呼び止めた。

「あの……元に戻る薬とかは……?」

「そんなもの」

 マイちゃんは振り返って、素敵な笑顔を見せてくれた。


「作るのが面倒に決まってるじゃないですか」



 盛大にフラれてしまった俺だったが、不思議と悲しくはなかった。それよりも、今後どう生きていくかの方が重要だった。世紀末筋肉がもたらす破滅的な飢餓がヤバすぎるのだ。

 金がなくても良質なタンパク質を摂取する方法を探していたら、ヨーチューブのサバイバル動画に辿り着いた。どうやら、バッタはかなり良質なタンパク質が期待できるらしい。


「今度、近所の公園に行って探してみようかな~」


 俺はセミを食いながらそう思ったのだった。


 みんなはポストに入っていた怪しい食い物をみだりに食べたりしないように気を付けような!

 あと、マッドサイエンティストを両親に持つ女にも気を付けよう! 黒髪・眼鏡・三つ編みでカワイイからって騙されちゃいけないぞ! 世紀末マッチョとの約束だ! サイドチェスト!!

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筋肉が付きすぎた結果ヤバいことになった話 神崎 ひなた @kannzakihinata

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