じめじめの6月(2)

「これ、おもしれえよな! おれ、プログラミングドリルももう、6年のやつクリアしたぜ」

「サトやんすごい!」

 石井口君も、『ルビィのぼうけん』が好きらしい。わたしはサッカーのルールはくわしく知らないけど、戦略的な知識も――これはどんなスポーツでも必要ってお父さんが教えてくれた――、サッカーに役立つから、きっと石井口君も、プログラミングの勉強をして、プロサッカー選手を目指しているんだと思う。

 それでも。

「つくしんぼが、プログラマーなんか、なれるわけないじゃん」

 どうして、あんなことを言ってくるんだろう。






 土曜日、わたしは研究室のお手伝いに行った。

 大学の研究棟は、入り口で傘を袋に入れて、研究室の入り口にある傘立てにほおりこむ。中島先生の白いビニール傘は、だいたい五本くらいおきっぱなしだ。こんど、情報学科中島研って、油性ペンで書いておこうと思っている。

 廊下はもわもわしていて、研究室のエアコンは除湿になっていた。「カーディガンを持ってきてくださいね」と言われていて、寒かったのではおった。窓にはパツパツと、雨が当たっていた。

 さてと、今日は夕方に旭姉が迎えにくるまで、郵便の整頓をしよう。



「中島先生は」

「……?」

 先生はカタカタ、パソコンに向かっていた。話しかけると手を止めてくれる。

「先生は、プログラマ……じゃなくて、先生になれっこないって言われたことありますか?」

「おやおや」

 ほわほわの頭が、ゆらゆら揺れる。

「あったかもね」

 でも中島先生なら、なんとなく、ふわふわ、聞き流していたような気がする。……わたしは続きを話せなかった。

「なにか、あったのかな?」

「ううん……」

 きちんと、太い本も、背の高い本も、並んだ本棚の三段目に、玉置さんと中島先生が笑う写真がある。いいな、いいな。でも今は、ちょっと、笑えない。





 夜、ご飯を食べた後。1日1時間まで、タブレットが使える。


 今日は、クイズポッケの新作クイズ公開日だったんだけど、少し前の動画を見直した。それは、クイズポッケが、夜の11時からの難しいニュース番組にインタビューを受けたときのものだ。


『玉置さんも、和木(やわらぎ)さんも。今やクイズ界で知らない人はいない、それに出演されたクイズ番組では、ほとんどトップ賞』

 いつもの動画の時より、緊張してる2人。

『その秘訣はどこにあるのでしょう? あるいは、ルーティーン、習慣はあるんでしょうか』

 和木さんはいつもどおりどっしりとしたまま、眼鏡のふちを上げる。

『そうですね、僕は、もうずっと、朝読をしています。小学生の頃からです。読むものは小説ではなく、新聞なんですが。

 ネットのニュースは好みのものがざっと集まるけど、自分にとって不要と判断されたものは勝手に切り捨てられる。でも新聞は、隅々までツボな記事は無いですよね、それを、隅々まで読みます』

『なるほど、幅広い知識を毎日収集するのですね。雑学王子と、呼ばれるだけある――では、玉置さんはいかがでしょうか?』

 玉置さんが呼ばれたのに、わたしがどきどきする瞬間だ。

 玉置さんは、クイズに答える時よりも長く考えて、こたえはじめる。

『学問に王道なし、とは、幾何学の学者ユークリッドの発言が今日に至ったものだとされています』


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みどりセクレタリー!~大学で先生のICTをお手伝い~ なみかわ @mediakisslab

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