ネイキッド・筋グ

南川黒冬

馬鹿には見えない筋肉

 ムッキングダムの税は専ら筋肉で支払われる。

 国民は寝食を惜しんで自らの筋肉を鍛え上げ、年に一度の徴税の時に全てをムッキングダムの王、ムッキングに捧げるのである。


 そうして歴代の王は国民全員の血と汗の結晶を文字通りその身に宿し、美しい筋肉で以て周辺諸国からの畏怖と敬意を集めていた。

 今世までムッキングダムが隆興の限りを尽してきたのは、この世で最も強く美しい存在が、ムッキングであるからに他ならない。


 しかし今代の王、ムッキング29世の治世になってから、その栄光に陰りが見え始めていた。


 理由は主に二つ。

 隣国「きん」の台頭。最近になってかの国は、それは美しい筋肉を持つ王をいただいた。名をちょう筋肉きんろうという。

 そしてもう一つ。最も大きな理由は、ムッキング29世が、ムキムキじゃないことであった。


 何も贅肉だるだるのだらしない身体をしているというのではない。しかしムッキング29世は歴代の王と比べて、どころか国民の大半と比べても余りにも線が細かった。ささみ肉のようにその肌は白く、髪は錦糸のようで、女児と見紛うような儚さだ。


 「抱きしめたら折れるのではないか」などと市井に噂される程である。


 家来達は皆「徴税が滞っているのではないか」と国民に疑いの目を向けたが、どこからどう見ても国民達は皆筋骨隆々で、城の尖塔からは一面の筋肉畑が見下ろせた。彼等は寸暇を惜しんで身体を鍛え、間違いなくそれを王に捧げている。


 ならば、考えたくはないが、王の方に問題があるのではないか。


 その結論に至るまでそう時間は要しなかった。そしてついに家来達は王に諫言した。

 このままではムッキングダムは周辺諸国に軽んじられ、やがて攻め落とされてしまう。何か対策をしなければならない、と。


 それを受けた王は、家来達の沈鬱な心情とは裏腹に、酷くあっけらかんとした様子でこう言った。


「なあに。余の筋肉は馬鹿には見えぬのだ」


 のらりくらりと躱され、何も好転しないままに月日が経ち、停滞するばかりのムッキングダムとは打って変わって「筋」は成長を続け……遂に、宣戦布告の書が届いた。



 戦場となったのはムッキングダムと筋の境にある高原であった。

 キラキラと照る太陽の元で、二人の半裸の男が向かい合う。


 「筋」が求めたのは王同士の一騎打ちであった。

 超 筋肉の荘厳な姿を良く知っていた家来達は何とか逃れようと頭を悩ませたが、王は相も変わらず飄々とした様子で、あれよあれよという間に決闘の日時が決まり、気付けばその瞬間が訪れていた。


 小山のような筋肉を堂々と国民に晒す超 筋肉と比べると、やはりムッキング29世は貧弱に過ぎた。影武者を立てようと画策したが、ああも弱々しい者は国民にはいなかったのである。


「肩にちっちゃい玉座乗せてんのかい!」

「背中に武神が宿ってる!」

「その筋肉山を登りたい!」

「仕上がってるよ!」

「仕上がってるよ!」


 超 筋肉の勇姿を見に来た筋の国民達が口々に歓声を上げる。負けじとこちらも声を張り上げるが、絶望を目の前にして快哉を叫べるほど、ムッキングダムの住人は心の中までムキムキではなかった。


「年貢の納め時だァ! ムッキング29世ィ! そしてムッキングダムよ! 今日よりその肥沃な大地、我が国が貰う!!」


 大波が押し寄せるような迫力のある声だ。弱々しいこちらの掛け声がかき消される。

 太陽が中天に座した。約束の刻だ。銅鑼が鳴り響く。


 雄叫びを上げながら超 筋肉がムッキング29世に迫る。一歩一歩踏みしめる度に大地が揺れるかのような圧。


 「抱きしめたら折れるのではないか」……家来達は市井の噂を思い出した。

 あんなものを受けては折れるどころではない。粉々だ。ほっそりとしたムッキング29世はやすやすと死に、そしてムッキングダムは筋に呑まれる。


 走馬灯のように家来達の脳裏に美しいムッキングダムの光景が浮かぶ。躍動する肉体。飛び散る汗。白く輝く歯……駄目だ、こんなところで終わらせては、駄目だ!


「肩に国の命運背負ってんのかい!!」


 一際大きく響いた掛け声に、これまで無言だったムッキング29世が応えた。


「無論だとも」


 バチィン! 肌と肌がぶつかり合った。思わず目を覆ったムッキングダムの住人だったが、瞼の奥から聞こえる超 筋肉の困惑の声に目を開けた。


「馬鹿には見えない筋肉……お主には見えぬようだな、超 筋肉よ」


「な、なに……!?」


 一体どんな魔法であろうか。ムッキング29世は自身の二倍はあろうかという超筋肉の巨体を受け止めるばかりか持ち上げていくではないか。

 ふっ、とムッキング29世が鋭く息を吐く。空中でジタバタと暴れるばかりであった超筋肉は流星のように飛んでいき、大きな砂煙を上げながら地面を転がった。


 ピクリとも動かなくなった超筋肉の姿は美しかったが、それは彫刻の美しさであって、あくまで死んだ筋肉であった。本当に美しいものは生きた筋肉、生命力に満ち満ちたそれなのである。


 誰がどう見てもムッキング29世の勝利であった。


「い、一体なぜ……」


 そう呟いたのはどっちの国の民であったろうか。それに答えたのか否かは定かではないが、ムッキング29世の告げた言葉は、歴史を変えた。


「見えない筋肉──インナーマッスルである」



 *



 筋肉とは目に見えるものだけではない。

 国とは目に見えるものばかりではない。

 歴史の最中で消えていった筋肉達の血と汗の結晶、それが国である。

 筋肉は田畑を耕し、子を育み、秩序となる。


 そう、全ては筋肉なのだ。



──ムッキング29世の筋言──

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ネイキッド・筋グ 南川黒冬 @minami5910

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