幸という蛇

 幸をおどかさないよう、ゆっくりと手を近づけ、喉首よりさらに後ろの方に下から手を差し込んで、そっと持ち上げる。幸はするすると手のひらの上を滑って、次に着地すべきところを探している。そこにもう一方の手を出して、受け止める。そのまま引き寄せる。幸は膝の上に来て、乗り上げる。幸が全身でとぐろを巻いて丸くなっても、とても膝の上には乗りきらない。だから二重くらいに膝の上で円を描き、残りは床の上に残す。そして頭の先を私の腕とお腹の間に差し込む。そのままじっとしている。爬虫類の気持ちは分からないが、幸はくつろいでいる、または甘えているのだと思う。しばらくそうしていたあと、幸はまたするすると膝から降りていき、水に入ったり部屋の隅にわだかまったりする。

 そうやって静かにしているところに近づいていくと、幸は頭を持ち上げて、水の中にいるときは私の手を、二股に分かれたくすんだピンク色の舌先でぺろぺろと舐める。床の上にいるときは、伸びあがるようにして私の顔を見上げる。そしてじっと私の目を見つめる。そんな時は思わず顔がほころんでしまう。生来表情というものを持たない幸には、私が笑っているということがわかるだろうか。

 幸の背には大きな様々な形の楕円が描かれ、その列の両脇には小さめの色々な円が並び、その脇にはさらに小さい模様が並ぶ。腹側は主に黄色で、黒っぽい模様が点在している。二色のコントラストが強く、かなりどぎつい柄だ。この姿が、ジャングルの木々の中では逆に目立たないのだろう。そんなことを考えつつ、幸にダニがたかっていないか、いつも表皮を観察している。

 アナコンダは雌の方が大きくなるらしく、多分幸もこの大きさから、名前の通り雌なのではないだろうか。性別は一見しただけではわからないが、総排泄口、つまり肛門の両脇から陰茎をひっくり返すように押し出せれば雄だという。しかしそこまでして性別を知りたいとも思わないので、確かめていない。

 幸を蛇に興味のある人に触らせたり、一緒に写真を撮らせたりしてお金を取っていることで、女衒(ぜげん)になったような感覚がうっすらとある。ほんの少し、悪いことをしているような気持がぬぐえない。いやそうではない、幸の可愛さを共有してもらい、それによっていくらかの経費、つまり幸の生活費を負担してもらっているのだ、そう考えて自分を納得させている。

 幸が膝の上に乗っているとき、それから床の上で私にぺったりとくっついているとき、複雑な模様を眺めていると、幸の柄はうろこ一枚ごとに色が違うモザイク状ではなく、一枚のうろこの中でも色が分かれている水彩画のようであることがわかる。特に腹側はそうだ。黄色っぽいうろこ一枚の中にも、黒っぽい滲みが入っているものがある。こんな柄を、幸自身が頭で考えて付けているわけではないだろうに、どうやって描き出せるのだろうと不思議に思う。


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巻き付く者よ汝の名は蛇なり @poipoi99

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