第16話「決意と別れとはじまり」

 階段を登ると、細かい彫刻が隅々まで彫られた大きな扉があった。俺は重いその扉を全身の体重をかけて押し開けた。

 そこには見覚えのある甲胄に身を包んだ一人が立っていた。窓から差し込む光が銀色の甲冑で反射して目に刺さる。

「来たか……。思ったより早かったな」

「あんたらの手厚い歓迎で少々時間食ったけどな」

「その諦めの悪さは身を滅ぼすぞ」

「どうかな。俺はそのおかげで生き延びているんじゃないかと思っている」

「なるほど。ではその諦めの悪さをもう一度試してみよう」

 皇帝はガントレットをはめた右手を俺に向けた。

 あの魔法が来る。俺は自分の体が硬直するのを感じた。そしてその直後、視界は暗闇に包まれた。

 闇の中で突然燃え上がる炎。そこは俺の故郷である村だった。

「お前は自分のために村を捨てたのだ」

 どこからともなく聞こえる男性の声。罪悪感に押し潰されそうになる。

「さあ、こちら側に来なさい」

「一緒に生きていきましょう」

 優しい女性の声だ。脳内に響くそれは子守唄の如く心地よい音だった。

 でも俺は先に進みたいんだ。

 その時、目の前にセシリアが現れる。

「私がいる」

 セシリアは続ける。

「私だけじゃない。シオンもいる。ロードもいる。レオが旅で救ってきた人達もいる。あなたが諦めなかったから出会えた人達。あなたがいなかったら誰一人主人公になれなかった」

 それでも闇の中から別の声がたくさん聞こえる。

「諦めろ」

「無駄だ」

「早くやめなさい」

「こっちの方が楽だ」

 それに対して、俺は静かな気持ちで両手を揃えた。

「やっぱり俺、行きます。行きたいんです」

「やめておけ」

「お前に無理なんだから」

 まだ闇の中の声は収まらない。

「すみません、それでも俺は行きます」

「不可能だ」

「できるはずがない」

「罪悪感を忘れたのか」

 そんな闇の中の声に、俺は向き合ってしっかりと答える。

「ありがとうございます。あなた方がいなければ、俺はここまで走って来れなかったと思います。ずっと過去に背を向けて生きていると思っていました。いつだって思い出さないように生きてきました。でもその逆だったんです。過去があったからこそ、俺は未来を諦めきれなかったんです」

 もう声は聞こえない。

「でも、もう大丈夫です。今の俺は大丈夫です。どうか安らかにお眠りください」


 一気に闇が晴れて、目の前には皇帝が立っていた。

 今度は倒れることなく戻ってくることができた。

「ほう……。どうやら口だけではないようだな」

「言ったろ。俺は諦めが悪いって」

「では、直接手を下そう」

 皇帝は剣を抜いた。と同時に俺の剣と皇帝の剣がぶつかり合う金属音が鳴り響く。そして、そのまま鍔迫り合いとなった。

 甲胄に身を包んでいるとは思えないほど身軽で、一瞬でも反応が遅れていたら死んでいた。

「こういうのは名乗り上げてからが礼儀ってもんじゃないか?」

「私に名前などない」

「じゃあ俺だけでも名乗るさ。俺の名は──レオンハルトだ!」

 皇帝の剣を押しのけガードを解く。隙が出たところを剣で突こうとするが避けられ、反対に皇帝の剣が俺の胴めがけて飛んでくる。

 すかさずそれをバックステップでかわし、直後に前進して一気に間合いを詰める。

 振り切った皇帝の剣を持つ腕と胴の間に入り込みタックルで皇帝を押し込んだ。

 皇帝は吹き飛び床に背中をぶつけた。持っていた剣を落として、仰向けのまま倒れ込んでいる。

 俺は即座に詰め寄り、剣先を皇帝の首に向けた。

「俺の勝ちだ」

「確かになかなかやるが……はたしてお前に私を殺すことができるかな?」

 そう言って皇帝は笑い始めた。

「ここに来てつまらないはったりか」

「それはこれを見てから判断してもらおうか」

 皇帝は倒れた状態で、その銀色のヘルムを脱いだ。

「お、お前は!?」

 そこにはよく見知った顔があった。

「私はお前自身だ。正確には主人公になれなかったお前だがな」

 確かに、それは俺自身だった。しかし、目に見えるからといって素直に飲み込むことはできなかった。

「お前はおかしいと思わなかったのか? 過去に焼失したはずの故郷が残っていることを。あれは主人公になれなかったお前である私が皇帝として君臨しているから、焼失せずに故郷が残る世界になっているのだ。もしお前が本気で主人公になろうとすれば、私は存在しないことになる。結果、故郷も焼失する世界になるということだ。俺を殺すということは、お前の記憶通り故郷は焼失し、両親や周りの人々もそこで亡くなる世界を選ぶことになるぞ。その覚悟はできているのか?」

 故郷がなくなる。戻りたいと思うこともあった。そのまま故郷があれば、罪悪感にさいなまれることもなかった。

 それでも、もう進むべき道は決まっている。今の俺には帰る場所がある。

「ああ。俺はどんなに傷を負っても自分の人生を生きたい」

「もう後戻りはできないぞ」

「すべて承知の上だ」

 俺は剣を持ち上げ、剣先を倒れている彼の胸に向ける。

 今まで通ってきた人生の景色が見える。

 父と母の顔。故郷。あり得たかもしれない人生に止めを刺す。

「さようなら」




 ある日のこと、俺はセシリア、シオン、ロードとダンジョンに潜り込んでいた。

「思ったより深いな……」

「普通こんなものよ。レオが入っていたダンジョンが浅すぎただけ」

 それは否定できない。何しろ最深部(地下1階)だったからな。

「セシリア君の言う通りだね。」

 余裕そうに微笑むシオンがそう言った。

「そりゃあんたは元魔王だからダンジョンって言っても、モンスターは皆味方みたいなものじゃないか。これ八百長だろ?」

 シオンはそれを聞いて、人差し指を口元に立て、チッチッと左右に動かした。

「レオンハルト君。いくら魔王であっても、それに従わないモンスターもいるんだよ」

「確かにそうだ。私もドラゴンでモンスターだが、魔王であるお主には従わなかった」

「ほらね」

 シオンは同調するロードに気分を良くしたのか、俺にピースをしてきた。

「はいはい、どうせ俺は最初のダンジョンで行き詰まる世間知らずですよ〜」

 というかこんな雑談しながらダンジョンを進んでいくなんてことがあるのだろうか? 俺はもう少し緊張感を持って真面目にダンジョン攻略をするものだと思っていたが……。


 そうそう、そもそもなぜ俺達がダンジョンに入っているのかということだが、皇帝を倒した後、帝国とギルドは解体された。

 しかし、俺は相変わらず主人公として生きていきたかったので、新たに自分のギルドを設立した。


 レオンハルト

 セシリア

 シオン

 ロード


 上記4人でギルドにパーティー申請を行った。

「俺達が最強のパーティーだ!」

 まさか自分で名乗ることになるとは。

「まあ、まだ設立したてで、僕達しかいないからね」

 シオンが笑いながらそう言ったのを覚えている。

 主人公格しかいない。

 いや、世界中の誰もが主人公なんだ。


 そういうわけで、俺達はこのメンバーでダンジョンに潜り込んでいるというわけだ。

「何か来るね」

 シオンが気配を察したようだ。

 そいつはダンジョンの奥からやってきた。

 6つの翼を広げ、4つの腕を生やし、腹より下は大量の顔で覆われていた。牙を剥き出したその顔は怒りに満ちている。

 ロードでも比べものにならないくらいあまりにも巨大で、明らかに強そうな敵だ。もはやラスボスか。

「おいおい……、これまた最初のボスが倒せなくて詰むのか?」

「レオ、もしかして弱気?」

 セシリアはニヤリと笑いながら言う。

「まさか」

「レオンハルト君、僕達は最強のパーティーなんだから」

 またもやピースするシオン。

「その通りだ」

 ロードはそう言って頷く。

 剣を抜き皆の前に立つ。ようやく動き出した俺の人生。

 最初のダンジョンで詰んでいるわけにはいかないだろ。

「よっしゃ、やったりますか!」

 俺の声に合わせて皆が戦闘態勢に入る。

 掛け声と同時に敵に向かって走り出した。

「俺の名はレオンハルト! 主人公だ!」

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最初のボスが倒せなくて既に詰んでいる 熊宏人 @kumahiroto123

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