筋肉は全てに通じる

秋嶋七月

理想の筋肉が欲しかった

 小さい頃から喘息持ちで、軽く走るだけでも咳き込むことが多かった。

 成長と共に喘息は改善して、今ではよほど空気の悪いところに行くか、無理をしない限り出ることはなくなったけど、今までの運動不足から僕の体に筋肉はない。

 一応、体質改善と体力増強のため、地道な筋トレとウォーキングは始めたものの、目に見える成果がないため、モチベーションは下降気味。

 そんな時に薦められたのが、今世界で話題のVRMMOだった。

 第二の世界、第二の人生。

 そんな風に語られる電子の世界はかなりの自由度があり、従来通りゲームとして楽しむ人もいれば、現実では出来ない体験を観光客のように楽しむ人もいるという。

 完璧ではないが五感が再現されているため、現実と感覚が混同されやすい十代前半までの子供はプレイできないらしいが

「まずはゲームの中で運動する感覚を掴むのもいいんじゃないかな」

 十六歳の誕生日プレゼントとしてVRゲームギアとゲームソフトIDをプレゼントされ、思わず父さんと母さんに抱きついた。

「アバターも色々作れるんだ」

 誕生日翌日が休みだったこともあり、早速ゲームにログインすればまずはキャラクタークリエイトに飛ばされた。

 第二の世界の自分になるアバターはテンプレートを元に組み合わせるか、データを読み込ませるか。

 読み込ませるデータは規格に沿った3Dデータを作ったり、有料無料で配布されてるデータを使う。

 またはお店に行って3D測定データを用意し、それを元に自分に準拠アバターを作るか。

 高価なベッド型やカプセルリクライニングチェアー型のVRゲームギアだと簡易3D測定機能があって、それでデータを読み込めるらしいけど、僕がプレゼントで貰ったのは寝袋型だ。

 わざわざ3D測定サービスしてる店に行くのも面倒だし、それに。

「せっかく違う自分になれるのに、自分そっくりはいやだな」

 どうせなら、自分の理想を詰め込んだキャラクターにしたい。

 僕はまず土台になるテンプレートアバターを選んだ。

 いろんなファンタジー種族もあるけど、ここは人間で。

 成人男性型で身長は父さんと同じくらいにしておく。ほぼ平均身長だって言ってたし。

 筋肉は盛る。

 がっつり盛る。

 あ、ちょっと盛りすぎた。

 マッチョは理想としては行き過ぎたかもしれない。

 部屋に貼ってある憧れの格闘家たちを思い出しながら、アバターの筋肉を整えていった。

 実用性のあるしなやかな筋肉。

 どこかが突出するのではなく、バランスの取れた、限りない力強さを秘めながら、動き出すその瞬間まで静謐ささえ感じさせるような佇まいの……。

 あっ、筋肉の各部位毎に微調整できる機能が出てきた。

 キャラクタークリエイトまでこんなに自由なんだ、このゲーム。

 すごいなぁ……コンマ1まで調節とか、はかどりすぎる……。

 ………………。

 ………。

 

 そうして3時間後。

 出来上がったのは僕の理想を詰め込んだスキンヘッド細マッチョのアバターだった。

 顔はデフォルトからちょっとだけ目の色を弄ったくらい。

 ゲームアバターのデフォルトだからカッコイイ顔だし問題なし。

 そっくりさんがそこかしこにいる事態になっちゃいそうだけど。

 髪は、その、筋肉に全神経を使ったせいで考える体力が残ってなかった。

 テンプレートで二、三個選んでみたんだけど、この筋肉には余計な飾りはいらない気がしちゃって。

 ようやく出来上がった第二の自分に満足し、ようやくその先に進む。

 職業か…この筋肉を活かせるのはやっぱり戦闘職だよなぁ。

 あっ、神職系の中に僧侶がある。

 近接戦闘が入ってるってことは、これモンクだよね。

 ちょうどスキンヘッドだしいいかも。

 あとはそれに合わせてスキルを決めて、よし、プレイ開始だ!


 そして僕は理想の筋肉をまとって、第二の世界に降り立った。

 正直、この時点でもう満足してた。

 だけど、これで終わってしまっては、両親にもこの筋肉にも申し訳ない。

 この筋肉にふさわしい活動をこの世界で行うべきだろう。

「うーん、まずはチュートリアルか……」

「ナイス筋肉!!!」

「えっ?」

 視界の端に点滅していたチュートリアル開始のアイコンに触れようとした時、背後から唐突に声がかかった。

「いやあ、素晴らしい筋肉だね!これ相当、弄っただろう?」

「あっ、いえ、あの」

 話しかけてきたのは僕より約1.2倍の厚みを持った筋肉を持つおじさんだった。

 肌は健康的に焼けて黒く、なんだかすごく眩しい笑顔……いやでもそれよりも筋肉だ。

 僕にとっての理想は僕自身のこのアバター、引き締まってバランスのとれたこの筋肉だが、それよりバンプアップされつつも絶妙にバランスのとれた逆三角形。

「貴方の筋肉も……素晴らしいですね!」

「おや?分かってもらえるかい!?」

「ええ、わかります!」

 僕たちはガシッと手を握り合った。

 そして僕が今日始めたばかりの初心者プレイヤーだと知ると、彼は僕を自分の入っているクランに誘ってくれた。

「筋肉を鍛え、筋肉と語らい、筋肉と歩む、そんな素敵なクランなんだよ」

 マッソゥ教団という名前のクランは筋肉を愛する人々の集まりで、皆、とてもいい筋肉……じゃない、人たちだった。

 おそらく僕が最年少であることも手伝ってか、親切にゲームについても教えてくれる。モンク向けだというクエストを一緒に受けてくれたり、筋肉をより魅力的に魅せられる僧衣を考案してくれたり。

 そして僕の筋肉を良く褒めてくれる。

「でも現実じゃ貧相なんだよね……」

 VRMMOにはまり、滞在時間が伸びるほどにこの筋肉に依存しそうになっている自分に気がついた。

 不安になって、一番最初に僕を誘ってくれた彼に相談すると、彼はうんうんと頷いて

「みんなに相談して、トレーニングメニューを作ろう」

「えっ、そんなの迷惑じゃ」

「みんな、君のことを大切に思っているんだよ。その筋肉だけじゃなくてね」

「そうだよ!私たちにも協力させてくれ!」

「食事メニューも考案できるわ!」

 気づくと周囲に教団のメンバーたちが揃っていた。

「みんな……」

 一人一人の笑顔を眩しくて、僕は感動で泣きそうになっていた。

「筋肉を愛するものとして、現実でも筋肉を鍛えたいというその志が尊いんだ」

「ありがとうございます……!」

 そうしてその日から僕のVRMMOを利用した筋トレが始まった。

 16歳ということもあり、それほどお金のかからないように基礎はウォーキングと筋トレ。

 筋トレのメニューはゲーム内でフォームなどを見てもらって覚える。

 ゲーム内での行動に意味があるのかと思ったが、いうなれば高度かつリアルなイメージトレーニングが出来ているようなものだと教えてもらった。

 確かに、ゲームでみっちりトレーニングすると現実でもどの筋肉を意識すればよいのか、分かりやすい。

 また料理もゲームで教わった。

 自らの体を作る元を、自分で把握するのは大事だと言われ、数種類だけどご飯が作れるようになった。

 僕が作ったご飯を両親はとても喜んで食べてくれたし、VRMMO内でよい人たちに出会えたこともよかった、と言ってくれた。


 そうして過ごすこと半年。

 貧弱だった僕の現実の肉体は、理想には遠いものの随分としっかりとした筋肉を纏うようになった。

 成長期も重なったのか身長も伸びている。

 そんな僕の姿を見て気になったのか、父さんもVRMMOをはじめた。

 そしてマッソゥ教団に入り、僕と同じく特別メニューを組んでもらって筋肉を鍛え始めた。

 ただし、父さんはトレーニング指導料を教団に支払ったそうだ。

「自宅でジムに通っているようなものだ。無償じゃ申し訳ない」

 そして、父さんの体型が見違えるようになる頃。

 マッソゥ教団は現実とも連動したパーソナルトレーニングオンラインジムとして有名になっていた。


 あれ?


 実は教団には元有名トレーナーが混じっていたらしい。

 身体の問題などで引退していた彼らはVRMMO内でひっそり筋肉を愛でて過ごすつもりだったのだが、僕が入り、僕を鍛えることで、筋肉を育てる喜びを思い出したらしい。

 そして僕の父さんの提案で起業し、より多くの筋肉を鍛えることにしたんだそうだ。

 そういえば父さんの仕事ってコンサルタントとか言ってたっけ?

 僕はマッソゥ教団の看板役として、現在教祖と呼ばれている。

 いや普通、トレーナーさんが教祖じゃないの?!

 なんか教祖様って呼ばれるから、それっぽい反応しなきゃって緊張しちゃうんだけど!!

 お言葉とか言われてもそんなのこれしか思いつかない!


「筋肉は全てに通づる」


 だからみんな、自分の理想の筋肉を追求してね!

 理想の筋肉を追求したら、仲間ができて、筋肉を得て、教祖様になっちゃいました!


 なんでこうなったんだろう……。

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