気がつかないのはそれはそれで問題あり【KAC2023参加作品】

卯月白華

雨が止もうが止まなかろうが、もはや関係ない

 ……甘いミルクティーではなくほろ苦いレモンティーにすれば、少しは目が覚めるんだろうか。

 悪夢のように、あの日の光景が脳内から消えない。

 グチャ、グチャと、筋肉を断つ音。

 ビチャビチャと飛び散る血と破片。

 ズル、ズルと引きずっていた――――

「……兎内とないさん。困ってた時たまたま知り合いがいたら、助けてって言うのはおかしくないだろ。加奈はどう思う?」

 射矢いるや蒼馬そうまのいつもの明るい調子が鳴りを潜め、分からないように隠しつつも整った顔がどこか必死な様子から、頭の中の嫌な映像が消えた。

 なんだかんだずっと同級生で、約九年はずっと一緒だから分かる。

 あまり裏表がなくて、分け隔てなく気安い彼が、特別に名字呼びしている相手をどう思っているかもよく知っていた。

 おかげで目の前の相手への注意力が戻るから、助かる。

「確かに知らない人に助けを求めるより、知ってる人の方が助けてって言いやすいと私も思います」

 言ってから、見た目だけは愛らしく見える小柄な少女の反応を待つ。

 刺激しないようにした方が良いのか、して良いのか悩んでいたけど、これは逃げるが勝ちな気がする。

 射矢さんの様子からもそう思う。

 まあ、既に遅い気がしなくもないけど、気にしない。

 隙を見て逃げだそう。

 ……ウサギのぬいぐるみ、また普通のぬいぐるみに戻った。

 動いている時と、ただのぬいぐるみに見える時。

 なにか、法則性でもあるの?

真彩まあやと違うから、知らない! ねえ、ソウちゃん、早く一緒にお家に行こう!」

 さっきから思ってたけど、兎内さん、話し方が見た目よりとても幼い。

 あと、人の話はもっとちゃんと聴こうよ。

 理解する努力もちょっとはしよう。

 さっきから、何か黄色信号が点っている気がしてならないから、冷汗が出てきた。

 射矢さんは彼女も同い年って言ってたけど、兎内さん、高校生じゃなくて小学校の高学年くらいに見える。

 それでも口調から比べると年上に見えるか。

 気になるのは、兎内さん、常に射矢さんへ粘着いた視線を向けているところ。

 ……ぬいぐるみ、兎内さんを指差して嗤ってるんだけど。

「うぇ!? んな話ししてないだろ。オレ、加奈と約束あるんだよ、またな」

 必死の目配せと立ち上がろうとする様子で、どうやら射矢さんが彼女から逃げ出したいのは察した。

 私も便乗させてもらう、全力で。

「そうなんですよ。だからここに入った訳で。兎内さんがここに連れてきてくれて助かりました。射矢さん、きっと場所も分からなかったと思うので。連絡しようかと思っていたところでしたし。話もしましたから、予定がありますのでこれで失礼しますね」

 兎に角逃げ出す気満々の笑顔で告げながら、ゆっくりと静かに立ち上がろうとしていると……ウサギのぬいぐるみ、また普通のぬいぐるみになってる。

 これ、私が話すと普通のぬいぐるみになるの、もしかして。

「知らない! ソウちゃんがココに連れてきたの! だから真彩と一緒にお家にいくの!!」

 ……話しが見えない。

 視線を射矢さんに固定しながら、不機嫌極まりない表情で金切声を出す兎内さんを横目に、記憶を探る。

 ふと、ノイズを引き起こしている物へと視線が向かった。

 グチャグチャと、食べられもせずかき回し続けられているクリームソーダが哀れだ。

 息を吐いて思考を戻す。

 確か、射矢さんは――――

「何言ってんだよ。此処に連れてきたのは兎内さんだろ。なあ、もういいだろ。加奈、行こう」

 そうだよ、そうだ。

 あの時、射矢さんは、この本屋兼カフェに連れてきたのは兎内さんだと言いかけていた。

 ”ブチッ、ブチブチッ!”

 何かが切断されるような音がする。

 まるで、あの深夜に聞いた、筋肉が断続的に切り落とされるような音と似ている、ような。

 脳内で黄色い警戒ランプがグルグルと回っていた。

 退避退避と赤ランプが点滅するのはすぐだ。

 兎内さんの方を見ないようにしながらも、死に物狂いで慌てて立ち上がりつつ射矢さんの腕を掴んで声を絞り出す。

 ……動いてくれた身体と口に感謝だ、感謝。

「そ、そそうだね、行こう」

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気がつかないのはそれはそれで問題あり【KAC2023参加作品】 卯月白華 @syoubu

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