たたかえ。
壱単位
【短編】たたかえ。
わたしは高校を卒業した。
けれども、いくさきもなくて、二年生のときに熱にうなされるように約束したかれは、東京でずいぶんあたまがよいひとがゆく大学にかようことになって、わたしはたくさん、お祝いしたけれど、東京にはいけなかった。
地元の水産会社に事務職で応募して、採用はされた。でも、さいしょの仕事はすけとうだらの選別で、オスメスの判断がとても難しくて、一週間ほどすればずいぶんなれたけれど、アパートにもどっても生臭いにおいがとれなかったから、たくさんシャワーを浴びて、ドラッグストアでかった布団用のやすい消臭剤を、わたしにも、五枚しかもっていないよそゆきの服にも振りかけて。
三ヶ月目に誘われた宴会で、かおをみたことがないおとこのひとにお酒をつぐことに忙しくて、わたしがザンギののこりを口にできたのは、もうそろそろおひらきにするか、という声がかかるころだった。
かえりみち、となりの課のふとった課長がこえをかけてきて、ひきずられるようにカラオケ屋にはいって、わたしは一曲もうたわなかった。そのあとのできごとは、いまは、あんまりおもいだすことができない。
朝になって、わたしは腹痛があったから、いたみどめをのんで、会社では正面の窓から見える、とおい岬の、雲のかたちを一生懸命、みるようにしていた。
春に就職したから、秋が来て、ゆきがふり、それを三度くりかえしたころにまた桜がさいて、そのことがわたしに、もう三年たったんだと教えてくれた。
あたらしくはいった子、髪がみじかくて、おとなしくて、おとこの人だけでなくて、わたしが呼びかけても返事すらできない、その子は、歓迎会のよるに、あの課長に肩をだかれて、とおいネオンのほうへ歩いて行った。
わたしはそれを見ていたけれど、なにもいえない。いわない。アパートに早足で帰って、洗面台にはしって、吐いた。
今日もほとんど食べていないから、なにもでないけれど、誰かが、醜い、怖気のたつような声をだしていて、それは、わたしが出している声なのだと理解したときに、わたしは、洗面所の床でおおきくてをひろげて、わらった。わらって、わらって、黴だらけの洗面台のしつらえの角に、ひたいをうちつけて、たくさん、わらって、それから幾日か、しごとを休んだ。
高校の時のともだちから、あそびにこないか、とメールが来ていた。わたしは、仕事がいそがしいから、と、ことわった。土日はほとんど仕事だったが、つきに四日は休みがある。することは、なにもなかった。
やすみがくると、海があるので、突堤で、すわって、まちに一軒あるコンビニエンスストアでかったサンドイッチをたべる。日傘などさしていると、職場のひとにみつかるから、おとこもののコートをかぶって、サンドイッチを、たべる。ゆっくり、ひるまでかけて。
ずいぶんたくさん、そのことを繰り返して、そのうちわたしが知らない間に、いつのまにか、わたしの伴侶は決められていて、いくどか、食事も映画にもいったし、わらうこともあったけれど、わたしは、そのことが欲しいのかは、さいごまでわからなかった。
結婚してしばらくして、家族がふえて、そのころ伴侶がやまいを負って、わたしはまた、働きに出た。こどもと、手のかかる伴侶と、それでも、自分の手に、くらしらしい影があることが、うれしかった。
東京にでたともだちが、きえたというしらせがあった。消えたのは、あっちにも海があるかららしかった。海で、ともだちは、うかんで、発見されたのはなんにちか後だったらしい。高校のときの約束、おしゃれなビルで、きれいな服をうって、いつかあんたもわたしの店によんであげるからね、そういった友達は、東京のおとこにだまされて、そのうみで、あおいうみで、みつかったそうだ。
わたしは洗濯機をなんども、なんどもまわしたけれど、なんかいめかの洗濯槽にはなにもはいっていなかった。
たたかえ。
髪が短かったあの子は、流行のあかい髪を長くのばして、いまは係長をしている。亭主とこどもの愚痴を、まいあさきかされている。
たたかえ。
弁護士になるんだといって、今日は徹夜なんにちめだといいながら、冗談のようにドリンクを飲み続けていた子は、制度の改変で受験資格をうしなって、地元ではおおきいスーパーの経理をしている。
たたかえ。
わたしだって憧れた、ながい髪がいつもきらめいていた彼女は、アイドルになると公言して、じっさいに合格して、でもこのまちをでる直前に、こどもができたことがわかって、いまは、まいにち、隣の直売店で、野菜とさかなを、かってゆく。
たたかえ。
あるひ、久しぶりにあったともだちと歩いていて、安い衣料品店のまえで、ともだちが昔つきあっていたおとことすれ違って、彼は、どうやらおおきな街で成功しているらしくて、近くに停めている外車をあごで示して、乗っていくか、と、いった。
わたしたちはことわって、あるきだしたけれど、その背中で彼がいった。こんな小さな街で、そんな偽物みたいな人生おくって、なにが楽しいんだ、って。
わたしたちは、そのまま歩いて、またね、と手を振ってわかれて、なんだかほっぺたが濡れてるかんじがしたから、缶ジュースを買ってのみながら、突堤にそのまま、あるいていった。
うみがきれいで、いま手元にはサンドイッチはないけれど、膝をかかえて、突堤の、いちばんうみに近いところに、座った。
たたかえ。
たたかえ。
たたかえ。 壱単位 @ichitan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます