モブキャラ卒業 ②

 027



「なんでだろうな、俺もよく分からん」

「ちゃんと聞いてよ! あたし、怒ってるんだよ!?」



 そう言われても、コメカミを人差し指で搔いて理由を考えることしか出来なかった。しかし、そうやって黙ったまま首を傾げていると、とうとう業を煮やしたらしい。



「お、おい」



 ラブは、まるで倒れるかのように、吸い寄せられるかのように、俺の胸に額を押し当てて泣いた。



 ただ、悲しい涙だった。



「……悪かった」

「ダメ、絶対に許さない」



 押されてスチールキャビネットに寄りかかると、ラブは更に強く額を押し付ける。僅かに震える肩を放っておけなくて、弱く支えてやると彼女は上目遣いで俺を見た。



「お前、結構スゴい奴だったんだな」

「……え?」

「トップアイドルだとか、生きる希望だとか、挙句の果てには天使扱いだって。ハッキリ言って、面食らったよ。田舎の男子高校生が身の振り方を考えるには充分過ぎる人気っぷりだ」



 だが、少なくとも俺にとっての四葉ラブリはそうではない。問題はそこだ。



 彼女は、ある日偶然部室を訪れたらそこにいた、その日初めて知り合ったってだけの女友達だ。

 そんな彼女の、俺は一体何を知っているだろう。その答えは、もちろん『何も知らなかった』だ。当然だな。



 何故なら、少しでも四葉ラブリを知っている男ならば、少なくともこんなふうに悲しませたりしなかっただろうからだ。



 だが、知った。もう、知ってしまった。こんなふうにすれば彼女は悲しむのだと。既に、「もう知らん」と見捨てて途中で降りるには、俺たちは深く関わり過ぎたのだ。



 彼女に迷惑をかけないようにすれば、彼女は悲しんでしまう。それが、四葉ラブリという女なのだ。



 ……下野は、ラブちゃんよりも四葉ラブリの方がかわいいと言った。



 もしも、当時の彼女が人を笑顔にするパフォーマンスとして笑っていたのなら、確かに今の笑顔のそれとは違うのかもしれない。

 今の彼女はアイドルではない。ただの女子高生で、みんなと楽しく笑っているだけで。ならば、彼女を笑わせているのはむしろ周囲の人間という事になるだろう。



 ふと、彼女を初めて見た時の寂しそうな姿を思い出す。



 もしも、あれが彼女の本当の姿なら。ずっと一人で、本当は寂しかったのなら。いつの間にか、コイケンが彼女を笑わせてあげていたのならば。ここに、彼女にとってのモブキャラなんていないのであれば。



 俺は。



「なぁ、ラブ」

「な、なによぉ……」



 俺は、上月虎生の物語が、きっとこの場所に居続ける事なんだと思った。



「確か、運命の相手かどうか聞いたよな。俺がここに来たとき」

「う、うん」

「俺は幼馴染でもドナーでも、手紙を拾った人でも軍人の息子でもない」

「……うん」

「けど、最初にここに来た。誰より早くここに来た。それは、お前が呼ぶところの運命ってヤツになるんじゃないか?」



 言うと、彼女はようやく涙を拭って、何だか嬉しそうに笑ってくれた。



 確かに、これはとびきりの笑顔だと俺は思った。



「恋愛研究、本気で手伝うよ。少なくとも、お前や切羽や星雲や、ついでに夕も誰かに恋が出来るまで」

「……んふふ。うん」

「だから、許してくれ。俺が悪かった」



 ラブが息を吐くまで、時間が止まっているような気がした。壁の上を見ても、既に覗き穴は消えている。今、この場所の出来事を知っているのは、確かに俺と四葉ラブリだけのようだ。



 そして。



「いいよ、許してあげる」



 俺は、花見から続いていたすべての肩の荷を下ろすことが出来たのだ。



「やれやれ」



 これにて、一見落着。



 もう、巻き込まれたなんて言い訳は出来ない。なし崩しや流れではなく、本当の意味で、俺の意思で、俺は恋愛研究部の一員として青春を送ることを決めたのだから。



 俺自身、前を向いて歩かなければ。俺も誰かに、恋をしなければ。それこそが、コイケンの努めであるのなら、その教えに甘んじて殉じようではないか。



 ……さよなら、弓子姉さん。本当に、大好きだったよ。



「まぁ、それはそれとして」



 言いながら、ラブが鍵を開けた。すると、息つく暇もなくタイミング良く現れた切羽と星雲が部屋の中へ入ってくる。明らかに、そこで待っていたという様子だ。



「うん?」

「着替えの写真、お仕置きもなしに許されると思った?」



 瞬間、引いたハズの冷や汗がブワった吹き出してきた。文芸部室で受け取ったのか。顔を紅より赤く染めた切羽と星雲が、例の写真の片方ずつを持ってプルプルと震えていた。



 所詮、二枚に破いた程度。重ね合わせれば、何が写っているのかなんてまるわかりだろう。



「これはなんだ? 虎生。お前は、こんなに酷い事をする男だったのか?」

「いや、違う。それは俺のじゃない」

「先輩。もしかして、私を見て『無い』とか思いました? 思ったんですよね。本当に怒ります」

「お、思ってない。信じてくれ」

「やっぱりお前のではないか!」



 ぬ、ぬかった。



 この俺が、そんな初歩的な誘導に引っかかってしまうとは。どうにも、冷静じゃないらしい。

 それにしても、ケジメが必要な事とはいえ、やっぱりちゃんとリンチされるんじゃないか。



 ラブコメの始まりがこんな展開だなんて、本当にあんまりだ。



「ゆ、許してくれ! 頼む!」

「んふふ、ダーメ。今日の恋バナは、『トラちゃんにどんなお仕置きをするか』だよ」

「それはいい議題だな、早速ホワイトボードに書こう」

「フリップとマジックを用意しますね」



 こうして、今日も下らない恋の議論が始まる。真剣に考えてマジックを動かす彼女たちが、この上なく恐ろしい。一体、どんな罰を考えているのだろうか。



 というか、なぜ彼女たちは恋の話の場所で俺への処遇を決めているんだ。ここで挙げる人の名は、必ず恋した相手であるべきだろうに。



 やっぱりここは、法廷だったのかもしれない。



「それでは、回答オープン!」



 フリップがひっくり返される。突っ立っている俺に、彼女たちはいつものように進行役を勤めろと俺に柔らかい目線を向けた。



 まさか、自分の処遇を決めるための議論でまでMCをやるとは。



 これこそが正しくお仕置になるんじゃないかとため息を吐きつつも、皮肉屋にはお誂え向きだと思って、俺はいつものように彼女たちのフリップを読み上げた。



――――――――――


 第一章終わり、次の更新については活動報告参照。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【打ち切り】純愛しか許さないヒロインたちが、クズで変態な俺が甘いせいで徐々に蕩けていくラブコメ 夏目くちびる @kuchiviru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ