モブキャラ卒業 ①
026
後日談。
というか、その日の放課後の話。そして、上月虎生の物語の始まり。
俺は、連れられてやって来た文芸部室にて事の顛末を夕に話していた。
とは言っても、実際のところ俺はほとんど何もしていない。これまで彼らにされてきた事を見逃しただけで。ただ、それを下野が過激派グループに訴え掛けてくれたのだ。
ラブの笑顔が素敵でいてくれて、本当によかった。
結果、今度は彼ら全員が別の噂、あるいは嘘話だったと方方へ吹聴してくれる事になった。後は、やがて風化していくのを待つだけだ。
もちろん、俺の悪い印象は消えないだろう。しかし、これ以上燃料が投下される事もないし、そもそも知り合いが少ないからどうでもいいって感じ。
デカルト・システムは、いつだって俺を救ってくれる最高の技なのだ。
「……なんで、ボクに相談してくれなかったのさ」
「忙しそうだったから」
男子生徒の集団ボイコットについては、すべてが有耶無耶になった。
何故なら、騒ぎを聞きつけてあの場にやってきた教師が見たのは、ガス漏れによって鳴った警報器のベルを聞いたヤジウマとなっていたからだ。
「三島先輩が逃げ道を用意してくれてたんだ。扉を壊したことも不問になったよ」
「なるほど、それで肝心の犯人は?」
「白目剝いて気絶したから、ドサクサに紛れて保健室へ連行しておいた」
まぁ、金的蹴りが無くとも下手なマネをすれば追い詰められるんだって分かったに違いない。それくらいは、信じてやってもいいだろう。
「でもさ、結局みんなも学校に残る事にしたんでしょ? どうやって、そこまで覚悟の決まってる人たちを学校に引き留められたのさ」
「……言うなよ?」
言って、俺は懐から一枚の写真を取り出した。それは、部室で着替えをしているコイケン女子三人のモノだ。
「こいつは、犯人秘蔵のマスターデータを削除する前に切り抜いたワンシーンだ」
「……はぁ」
犯人のパソコンには、編集前の大量の動画が眠っていた。
どうやら、スパイカメラでライブを始めたのはつい最近の事らしく、それより前のモノは録画して撮りためて、本人も一から確認している途中だったという。
あれらのコード類は、その為に使っていたモノだったのだ。
「どうやら、偶然三人の体育が重なって一緒に部室で着替えた日があったみたいでな。犯人すら見ていないこの画を俺が貰うことで、連中と罪を共有したんだ」
「つまり?」
「あいつらがクビになると、俺までクビになる」
これで、俺はめでたく本物のクズでゲスな悪者になったという事だ。
まぁ、ずっと彼女たちの弱味を握りたいと常々思っていたし、どこに出すワケでもないが持っていて損という事はないだろう。
先にもいった通り、噂は消えても俺の印象までは消えない。ならば、少しくらい得をしたって構わないハズだ。
そうだろ?
「トラ、それ貸して」
「なんだよ、ジックリ見たいのか? 仕方ないな、ほれ」
――ビリビリ。
「あぁ! 何てことするんだよ! せっかく弱味を握ったのに!」
「弱味を握った、じゃないよね?」
……え?ラブの声?
「ごめん、トラ。少し前から、扉の前にいたんだ」
「嘘だろ?」
茫然自失の最中、ゆっくりと扉が開かれる。後ろから近づいてくる影に振り向けないホラー映画の登場人物の気持ちが、狂いそうなほど理解出来た。
「どうして?」
何も言わずにスクールバッグを手に取って、彼女の横を縫うように部屋を出ようしたが。しかし、腕を取られて脇に抱えられると、そのままガッチリと捉えられてしまった。
「ゆ、夕。助けてくれ、頼むよ」
「ボク、今日は後輩たちと約束があるんだ。ごめんね」
「う、裏切るのか? 俺たち、親友じゃないのか?」
「親友が同級生の女の子の着替え写真を持ってたら、元の道に戻してあげるのがボクの仕事だと思うよ」
ぐうの音も出ない正論に言葉を失った俺は、爽やかに手を振る夕に未練たらしい目線を残し、連行されるまま文芸部室を出てコイケンの部室へ。
あぁ。俺は、ここで死ぬんだな。
「……エッチ」
「ごめんなさい」
しかし、彼女は部室に鍵を掛けるだけで立ったまま黙り込んでしまった。
三枚目なら三枚目らしく、リンチを食らって『チャンチャン』の方がこの妙な空気より余程マシだったかもしれない。
「どうして、言ってくれなかったの?」
「いや、あくまで偶然選んだファイルのシーンであって、本当に吟味して着替えを探したワケでは……」
「ち、違うよ! あたしのせいで酷い事されてたって事の方だよ! どうして黙ってたの!?」
どうやら、少し前というのは割と序盤からだったようだ。人目につかないように文芸部室を選んだが、コイケンまでの通り道だって事を失念したのは俺らしくもないミスだ。
……それとも、夕とラブは裏で組んでいたのだろうか。もちろん、確かめる術はどこにもないが。
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