第3話 Flash

 麗の働きは十分過ぎるほどだった。見た目の厳つさで威圧感は抜群な上に、スーツの上からでもわかる筋肉にワックスで固めたオールバックにサングラス。誰が見ても一瞬で背筋を伸ばす。


 それでいて性格は温厚で決して怒ることはなく、丁寧な口調で退店まで事を運ぶことができた。その上、生来の純情のおかげで店舗の女性に決して手は出さない。

 これ以上ないくらいにバウンサーの仕事には適任だった。


 仕事にも慣れ、プロレスラーの練習の代わりに警備員から護身用の組み技を教えてもらった。そんな日々が続いて、もうすぐ高校も卒業というところまで近づいていた。


 その日は大きなトラブルもなく、金曜日の深夜一時に麗は店を出た。両親には週末はいつも友達の家に泊まりで遊びにいっていると言ってある。これで三年間一度も疑われないくらいには、麗はこのアルバイト以外は人間関係も生活態度も良好だった。


「や、おつかれさまっ」


 麗が警備室に直通となっている従業員用のドアから裏路地に出ると、背中を軽く叩かれた。振り返るとキャストとして働いている女の子だった。


「えっと、名前は、たしか」

ゆき。まぁもちろんお店での名前はニセモノだけどね」


 そう言って雪は口元に手を当てながら微笑んだ。ウェーブのかかった明るい茶髪が揺れる。もう冬も近づいてきたというのに、雪はオフショルダーのトップスに膝上のスカートをタイツもなしに着ている。一応コートこそ着ているものの、よくて春先、夏前でも通用しそうなほどだった。


「何かありましたか?」

「ううん。私も今上がりなんだけど、ちょうど出てきたから。いつもおつかれさま」


「いえ、今日は何事もなかったですから」

「本当にまじめだなぁ。人のこと言えないけど、こんなお店で働いてるのに」


 雪は生真面目に答える麗を指差して笑う。麗はどうして笑われているのかよくわからないまま、愛想笑いを返した。


「この後、家に帰るの?」


 世間話を続けながら、雪はすっと麗の隣に立つと当然というように自分の体と変わらない太さの左腕にくっつく。


「えっと、親には秘密なので、上田さんがホテルを用意してくれているので」

「ふーん、どんなホテル?」


「普通のビジネスホテルですよ」

「エッチなやつじゃなくて?」


 にやにやと笑いながらさらに雪は体を寄せてくる。脳が筋肉でできている麗にはその理由を論理的に説明できるような思考回路は存在していない。


「もう、赤くなっちゃってかわいいなぁ」

「からかわないでください」


 振り払おうと思えば、麗の力なら雪の体を吹き飛ばすことなど簡単なことだが、くっつかれた左腕が痺れたように不自由になっていた。そのまま従業員通路になっている路地を抜けてまだ照明が強くて昼間のように明るい表通りに出る。


 その瞬間にさらに強い光を受けて思わず大きな手で目元を守る。それがカメラのフラッシュだと気付くのに時間はかからなかった。


「おや、ここのお店は未成年には早いんじゃないですか?」


 手をどけて声の主を見る。最初は知らない相手かと思ったが、照明に光る銀髪を見て麗はすぐに思い出した。生徒指導の白烏怜央しろうれお。学校で麗の姿を見ると驚いて、目を丸くするのを何度か見たことがあった。


 麗はすぐに雪の姿を自分の体に隠して、にやりと微笑みを浮かべて答える。


「こんな見た目なんで、年齢確認もされないんでね。別に文句はねえだろ」


 悪い男を演じながら、雪の体をぐっと抱き寄せる。反吐が出るような態度の悪い男を麗は百人以上見てきた。真似するくらい簡単なことだ。とにかく世話になった店と上田、そして居合わせただけの雪に迷惑をかけたくなかった。


「おかしいですね。お客さんならどうして従業員用の通路から出てきたんです?」

「上客にサービスするのは普通のことだろ?」

「まぁ、構いません。私の用事は一つだけですので」


 そう言うと、ぶしつけに麗を撮ったカメラをしまって、代わりに白い封筒を麗に手渡した。


「おい! なんだよ、これ」

「ちゃんと中を見てくださいね。真面目なあなたなら心配は不要ですが」


 麗の演技は白烏に見破られていたようだった。麗は去っていく白烏の姿を見送ってから、渋々と封筒を開ける。


『貴殿を三年M組への編入を命じる。M組生は二月一日にC棟多目的教室に出席すること。なお、出席のない場合は当校を退学処分とし、貴殿の秘密は公に暴露される』


 薄赤色の紙には、淡々とそれだけ書いてあった。


「……やってくれる」


 あの写真も質問もすでに麗が何をしているのかわかっていて言っていたことがすぐにわかった。すべて知ったうえで、麗が何と答えるのかを観察していたのだ。人が悪いなんてものじゃない。


「ねぇ、大丈夫?」

「はい。心配いりませんよ」


 脅されているのはわかっている。行ったところで秘密が暴露されない保証もない。この店で働いて、麗は人は約束なんて守らない生き物だということを嫌というほど見せられてきた。


 それでもお世話になった人たちに迷惑はかけられない。麗はぐっと歯を食いしばると、心配する雪の手の温かさを感じながら、目を閉じて決意を固めた。

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肉体美の使い方~僕たちが高校を卒業できない理由~ 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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