必要筋力

大黒天半太

それは偶然の出来事

 それは偶然だった。


 初心者ビギナーばかりの低レベルパーティが入れる、低ランクの地下迷宮ダンジョンで、未踏破の部分が見つかることは、大変珍しい。

 むしろ、あり得ない、奇跡レベルの出来事だ。



 低レベルを卒業したての若い冒険者・ジークベルトが、新人達に経験を積ませるべく、彼らを連れて、地下迷宮に入って、すぐのことだった。


 浅い階層には珍しい、武装した人型の魔物ゴブリンが、集団で現れた。

 複数で現れる怪物には、ただ単に複数であるものと、集団として連携して強さを発揮するものがある。

 人型の魔物ヒューマノイドは、その種類によって個体の強さや武装の差はあれ、知恵を備え、連携して敵に立ち向かうそれは、明らかに後者だった。


 低レベルゆえに集団戦闘が徹底している冒険者達は、隙を見せることはなく連携し、倍する数の魔物ゴブリンを相手に善戦し、指導するジークは1匹、また1匹と仕留めていった。

 魔物ゴブリンは半数を切り、残り3~4匹になったところで、逃げ出した。


 初心者向けの地下迷宮ダンジョン、しかも浅い階層で集団行動する魔物ゴブリンが出るという異常事態に、ジークと初心者ビギナー一行パーティは、このまま放置はできないと、魔物ゴブリンの追跡を開始した。


 足跡を確認しながら、追跡したはずだったが、痕跡を見失う。

 もっと先に逃げたのか、最悪なのは…。そう思った瞬間、ジークはその場に踏みとどまった。


 ジークは、初心者ビギナーパーティに、全周囲へ警戒の指示を出した。


 集団行動する魔物ゴブリンが、浅い階層で冒険者を襲うなど、魔物ゴブリンの巣の攻略ぐらいでしかありえない。もし、気づかない内に魔物ゴブリンが巣食ったのだとしたら、新たな通り道が増設されている可能性はある。知恵あるだけに、出入口は当然偽装されているだろう。

 もし、その出入口を見過ごしてしまっていたら。敵は、前ではなく、後ろから来るかもしれない。通り過ぎたどこかで、油断した我々を後方から襲うタイミングを図っているのかも。


 見失う直前の痕跡まで戻り、そこから全方向への探査を行って、擬装された出入口を見つけた。擬装された通路は、出入口から少しだけで、その奥は古くからあった部屋のようだった。魔物ゴブリンは、壁に穴を開けて、通路と繋いだだけのようだ。


 地下迷宮ダンジョンの壁の向こう側、まさに未踏破区域だ。各階層にマップ上の空白は多い。ただの壁、刳り抜かれていない地下、そうとしか認識されていない場所に、現に部屋があり、通路がある。壁の穴が、魔物ゴブリン地下迷宮ダンジョンに作ったものなら、逆にゴブリンは壁の内側の、この部屋にどこから来たのか。部屋には扉があり、通路がその向こうにあるのだろう。その先には、未踏破の違う階層への階段が、あるに違いない。でなければ、魔物ゴブリンが、地下迷宮ダンジョンに入って来るルートが無い。


 ジークは、初心者ビギナーパーティに、扉を警戒させ、この部屋の探索の指示をする。壁際に戸棚と寝台のあるこの部屋は、個室のように見える。下から上がって来るしかないこの階層は、未踏破部分にとっては、ある意味一番奥にあたるのかも知れない。踏破済みの迷宮のどこかに、この未踏破部分への通路が隠され、そこから上に上がって、ここが最上階なら、普通の地下迷宮ダンジョンの最下層と同じことになるかもしれない。


 戸棚の陰と寝台の下から、革製のトランクが出て来た。

 よかった。何かの収穫があれば、この非常事態の報告とともに、冒険者ギルドへ帰還することができる。

 二つのトランクを滑らせ、引きずり出すだけで、苦労した。異常に重い。


 盗賊にトランクの鍵開けを頼み、一つは開いたが、もう一つは失敗した。低レベルでは、仕方がない。一つが開いただけでも、良しとしよう。


 最初に開いたトランクには、着替えの衣類とケースに入った短剣ダガーが2本、同じくケース入りの手斧ハンドアックスが1本入っており、クリスタルの薬瓶と思われるものが数本、中身のまだ入っているものが3本あった。

 ケース入りなのは魔法のかかった武器か? マジック・ポーションの類であれば、これにも値が付く。


 ジークは、トランクの錠の部分に自分の手斧ハンドアックスを当て、剣の柄頭で叩いて鍵を壊す。

 こじ開けたトランクの中には、小剣ショートソード丸盾ラウンドシールドが入っていた。布に丁寧に包まれていたこれらも、魔法の武器防具アイテムなら、初心者にはお宝だ。


 しかし、問題はまだ続いていた。


 重い。


 魔法使いや盗賊が使う短剣ダガーでさえ、下手な長剣ロングソード並みの重さがあり、手斧ハンドアックス小剣ショートソードに至っては、両刃の斧や両手剣並に重く、丸盾ラウンドシールド塔盾タワーシールドを上回る重さで、戦士でも取り回しは難しそうだ。


 それを作った人物は、装備する職業の筋力を見誤っているとしか思えない。


 ジークは、初心者パーティの顔ぶれを見て、悩む。出物としては、各職業に配分できるいい按配だ。ただし、筋力が足りていれば。


 これを、ギルドまで持ち帰らねばならない。誰が何を持って行くか。いつもとは、全く違う意味で、ジークはさらに悩んだ。

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