そうじゃない
三咲みき
そうじゃない
「ごめん。私、大貴くんのこと、そういう風に見れない」
長年、恋い焦がれていた彼女に、意を決して告白した………けど、あっさりフラれてしまった。
「俺のどういうところがダメ?」
「うーん」と彼女が言いにくそうにした。
「大貴くんてさ、めっちゃ筋肉好きじゃん。ぴちぴちの服とか着てさ。なんかそういう、『筋肉しかマジ勝たん!』みたいな感じが嫌なの!」
筋トレ好きの俺には、彼女の言葉は痛すぎた。
***
別れ際に彼女は言った。
『筋トレをやめるなら、付き合ってもいいよ』
彼女のことは好きだ。彼女と付き合いたい。でも俺は、筋トレも大好きなんだ。
子どもの頃からスポーツセンスがまるで無かった俺。野球ではそもそもバットに球を当てられない、サッカーボールを蹴ろうとしたらすっ転ぶ、バレーで唯一できることは顔面ブロック、短距離走なんて最後まで転ばずに走りきれたことがない。
そんなスポーツダメダメな俺でも、筋トレでは成果をあげることができた。筋肉がつきやすい体質らしく、鍛えれば鍛えるほど引き締まり、逞しくなっていった。
毎朝鏡でチェックして、努力の賜物に酔いしれる。筋トレは俺に自信を与えてくれる唯一のものなのだ。それをやめるなんて、到底できない。だったらどうするか。
2時間悩んだ末、俺は一つの答えにたどり着いた。
俺が筋トレをやめるのではなく、”彼女に筋肉を好きになってもらえばいい”のでは?
これしかないように思われた。そうとなれば、さっそく行動開始だ。俺はスマホで旬なモデルや俳優を調べまくった。本屋に行って、イケメン俳優が表紙を飾っている雑誌を買ったりもした。
そして、彼女に会うたびに、そういう話をした。
『今期の月9ドラマとか見てる?』
『RITSUってモデルさん知ってる?今めっちゃ人気だよね』
『このミュージシャンさ、歌もうまいけど、ダンスのキレもいいし、身体つきもすごくいいんだよね』
今をときめく芸能人たちは皆、惚れ惚れするほどきれいに、身体を鍛えている。彼女にその人たちの写真を見せれば、筋肉に対して、抵抗感がなくなると思った。
最初は「はいはい」と適当にあしらっていた彼女。しかし俺が、しつこく話をするうちに………。
「ぎゃー!RITSUの主演映画が決まった!6月公開だって!」
今ではすっかりモデルRITSUの虜になってしまった。
「えっ、ちょっと待って。次の雑誌の表紙ヤバいんだけど!めちゃくちゃかっこいい」
彼女に会うたびにRITSUの話をされる。
いや………うん。わかる。かっこいいよね。うん。確かに彼女に誰でもいいから、身体の良い芸能人を好きになってほしいって思ってた。
でも、違うんだ!そうじゃないんだ!
そこまでハマってほしくなかったんだ!
もう俺のことなんて眼中にないじゃないか………。
「………そのさ、RITSUってモデルさん?どこがそんなに良いの?」
「え、顔も髪型もスタイルもファッションセンスも全部だよ!」
彼女は「何を今さら?」というように言った。
そっか………。とりあえず、オシャレの勉強でも始めますか………。
そうじゃない 三咲みき @misakimaru
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