同窓会

岩間 孝

再会……そして!!

「何だお前。舐めてんのか?」

 目の前で、太った男がオールバックの髪をなでつけながら言った。

 飛んでくる唾の飛沫しぶきを、反射的に右手でさえぎる。


 金縁眼鏡のレンズの奥から、常人よりも小さな瞳が偏執的な威圧感を放ち、真っ黒に日焼けした肌には、金のネックレスとロレックスの腕時計が取ってつけたように輝いていた。派手な色のスーツの内側にはいかにもな黒いカッターシャツを着ている。

 高級な物を身につけてはいるのだが、微妙に似合っていないのが痛い。特にズボンのベルトが下腹に食い込んでいるのはみっともなかった。


 四十歳になったのを契機に開催された中学の同窓会の二次会――大きめのスナックの暗めの照明に、男の脂ぎった肌がテカっている。

 太った男はあの頃、クラスのヒエラルキーのトップに君臨していた秋山だった。

 俺は両隣に座った女友だちに目配せし、秋山の顔を改めて見つめる。たばこと皮脂の油、そしてアルコールの入り交じった臭いが鼻をついた。

 どうにも酔っ払って引っ込みが付かなくなっているような感じだった。

 秋山はやはり両隣に女を座らせ、こちらを睨みつけている。その女たちは、当時の秋山たちのグループの仲間だった。


 秋山は、俺の横に座った女の同級生に絡んだことを俺から注意され、どちらが女にモテるのか、男として上なのか、みたいなことを口走りながら絡んできたのだった。俺に取ってみれば、どうでもいいくだらない話だった。

 俺が、シャツの袖をまくって前腕を露わにしながら、秋山を悠然と見返すと、周りの女たちが感嘆の声を上げた。


 健康的に日焼けした前腕の筋肉群が蛇のようにうねり、太い血管が浮かび上がる。俺が動く度に、俗に力こぶと呼ばれる上腕二頭筋と横に張り出した肩の三角筋、大きくせり出した大胸筋がシャツをパツパツに引っ張った。内圧で今にもシャツがはち切れそうに見えるはずだ。

 

 前髪をかき上げて、秋山の目を覗き込む。

「くだらない。酔っ払っているのか? どっちが女にモテるかなんて俺の知ったことか。お前がモテる、でいいんじゃないのか?」

「お前ごときが、俺に偉そうな口をきくのが我慢できねえって言ってるんだよ!」


「いや。だから、絡んで来んなって。お前と俺じゃ、昔も今も生きてる世界が違うんだよ……。お前は今までどおり、お山の大将でイイだろ?」

 意地悪にそう言って、笑みを浮かべた。俺は男の偉そうで野卑た態度に、だいぶサディスティックな気持ちになっていた。


 俺の挑発に、秋山は爆発的に反応した。

「何だとっ!?」

 反射的に机の上にあった灰皿を投げつけようと、灰皿を掴んだ。

 俺は、秋山の掴んだ灰皿がテーブルから離れる前に押さえつけた。圧倒的な筋肉を身につけた俺には、何てことのないことだった。

 秋山が顔を真っ赤にして俺を睨みつけてくる。


 秋山は地元で、親から継いだ不動産業で稼ぎ、それなりに財をなしているようだった。この地方の小規模な街で、学生の時以来、自分に噛みついてくるような奴や敵になりそうな奴はいなかったのだ。もちろん、今も周りにいるのはペコペコとする奴ばかりなのだろう。


 俺が立ち上がると、秋山も立ち上がった。

「中学の頃は随分いじめたよな。お前、少しくらい身体を鍛えたからって勝てると思ったら大間違いだぞ」

 秋山が、下から舐めるように睨みつけてきた。


 オレの心の奥底にある傷がうずき、一瞬心臓がずきんと鳴った。

 中学の頃、ひ弱だった俺は、その後、必死に勉強をした。そして、入学した大学でボディビルに出会ったのだ。努力に努力を積み重ね、この鋼の身体を手に入れた。有名な権威のある大会でも優勝し、さらに今は科学的なトレーニング方法を売りにしたジムを経営している。


「ほら、その目だ。卑屈なお前の目……」

 秋山は、邪悪な笑みを浮かべ、俺の肩に手を回そうとした。マウンティングしようとしていることは明らかだった。

 俺は反射的にその手を払いのけると、秋山の身体をひょいと横にして頭の上に差し上げていた。


 バーベルフロントプレス!

 肩のトレーニングだ。やはり、こんな時に頼りになるのは普段から行っている動作なのだ。

 シャツのボタンが、二、三個弾け飛んだ。


「ふん、ふん、ふん、ふん」

 俺が秋山を頭上高く差し上げる動作を繰り返すと、

「おい、下ろせ!」

 秋山が泣きそうな声で言ってきた。

 俺はニヤリと笑うと床に秋山を落とした。

「ぐおっ……」


 衝撃で呻く秋山の首と足首を掴むと、俺は前傾姿勢のままバーベルを引き上げるベントオーバーロウに、動作を切り替えた。このトレーニングでは、背中の広背筋や脊柱起立筋だけではなく、大円筋や僧帽筋にも効かせることができる。

「ふん、ふん、ふん、ふん」

 俺がリズミカルに秋山の身体を持ち上げるたび、

「ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ」

 と秋山が呻いた。


 秋山は首と足首を俺の百kgある握力に掴まれ、その痛みで抵抗できないのだ。

 汗を掻きながらベントオーバーロウをやり終えると、秋山を再び床に落とし、シャツを脱いだ。

 女たちが、俺の鋼のような身体に感嘆の声を上げた。

 秋山は床の上で喘ぎながら、俺を見上げていた。


「じゃあな。いいトレーニングだったよ」

 俺は軽く右手を挙げると、肩にシャツを掛け、スナックから出て行った。俺の両隣にいた女友だちだけでなく、秋山の周りを囲んでいた女たちも追いかけてきた。

 やはり、努力は……筋肉は裏切らないのだ!!





「マジか……」

 中学当時、イケてないグループだったぼくたちは、ことの一部始終を見て、下に落ちてくる眼鏡をずり上げながら愕然としていた。

 一次会では、今出て行った横山君と再会を果たし、楽しく飲んだばかりだったのだ。その見た目の変化には驚いたが、中身は横山君のままだった、はずなのに……


 まさか、ぼくたちの中でもさらにイケてなかった横山君があんなことになるなんて。中学の時には、ぼくらと同じくヒエラルキーの最底辺にいたはずなのに。

 ぼくらは、そこにいた三人で顔を見合わせ、うなずき合った。右手にあるぐしゃぐしゃになったチラシを開く。それは横山君の経営するジムのチラシだった。

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同窓会 岩間 孝 @iwama-taka

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