『かっこよさ』ってなに?

小桃 もこ

『かっこよさ』ってなに?

「いいなあ。ゆっちゃんもこんなふうに抱っこされてみたい」


 ことの発端はかわいい盛りの姪が発したこの言葉。


 仕事の用で近くに来たため、宿の代わりに泊めてもらった姉家族の家。その翌朝、一緒に観ていたテレビには日曜朝でお馴染みの子ども向けアニメが映っていた。


「こんなん楽勝。今からやってやんよ」


 ぐきっ、と本格的に腰を痛めたのは人生で初めてだった。


「もっくん、よわっちー」


 無邪気なこのひと言が、俺の中に眠る筋トレ魂に火をつけた。



 それから半年──。


 俺は必死で肉体改造に励んだ。貯金をはたいて話題のジムに入会。プロのトレーナーのサポートのもと、食生活から睡眠時間までありとあらゆることを見直して筋肉を付けることだけを考え、日々厳しいメニューをこなした。


 努力の甲斐あって俺の見た目はみるみる変わっていった。職場での反応は上々。「頼りになる」「逞しくなった」上司やパートさんはそう肩をたたいてくれたが、彼女は「付き合いきれない」と去っていった。まあ多少の犠牲は仕方ない。


 そして──。


「うわ。どうしたの」

「どう。最近話題の肉体改造ってやつ」


 年末休み、実家にて姉親子と久々の再会。目を丸くする姉に微笑んで返した。そうして、その足元に絡みついている姪にも笑顔を向ける。


「どうだゆっちゃん。もっくんかっこよくなったろ? もう弱っちくないよ」


 ほら、抱っこしてやろう。と差し伸べた手を、「いやっ」と払われた。


 ……え?


「もっくんいや。あっちいって!」


 あっちいって!

 あっちいってよ!

 あっちいってってば!

 うわああああん!


 こんなショックな出来事は人生で一度だ。



 あとから、聞いた。


 ゆっちゃんの好きなアニメ、たぶんあの朝俺と一緒に観たアニメ。あれに出ていたイケメンマッチョの騎士。あのあと悪の手先だとわかってゆっちゃんの推しキャラをひどく苦しめたのだそう。


 ──それにしたって。



「ゆっちゃん。もっくん、ゆっちゃんのためにかっこよくなってきたんだよ」


「かっこよさは」


「え」


「かっこよさはね。見た目じゃない。中身なんだよ。もっくん。今のあなたは本当に『かっこいい』騎士ナイトかしら。わたしはそうは思わない」


 なにその喋り方、ゆっちゃん。


「ほんとうのあなたを見失ってはだめ。見た目がどれだけかっこよくても、わたしは騙されないわ!」


「ちょ、ゆっちゃん」


 呼びかけたけどだめだった。その目は完全にいた。


 するりと俺のもとから離れて、そしてその目に涙を浮かべながらこちらになにかを構えるそぶりをした。


「さようなら。私の大好きだった人。ダスティ・ローーーズっ!」


「いやいや! 倒さないでっ!」


 ダスティ・ローズ

 ダスティ・ローズ

 ダスティ・ローーーズっ!


「う……うわあああ」


 必殺技を受けながら、走馬灯のように蘇る努力の日々。あれも、これも、耐えたのはゆっちゃんにかっこいい叔父さんと思ってもらうためだったのに。


 ──今日も予定あかないの?

 ──今日なんの日かわかんない?

 ──わたしたちって、付き合ってるよね?

 ──ねえ。聞いてる?


 聞いてる、とたしか答えたけど、本当は聞いていなかった。筋トレしか頭になかった。筋トレがすべてだった。



『かっこよさはね。見た目じゃない。中身なんだよ。もっくん。今のあなたは本当に「かっこいい」騎士ナイトかしら』



 ──なあ、俺かっこよくなったかな?

 ──もう付き合いきれないよ。


 ──別れて。



 そうして、バキバキに割れた腹筋を天井に向けて倒れながら、改めて思う。


「かっこよさ」とはなんだ、と。


 この半年、俺が必死で追い求めてきたものは、なんだったのか、と。


 教えてくれよ。ゆっちゃん。


「ゆっちゃん」


「んー?」


「『かっこよさ』ってなに?」


 すると人形みたいなつぶらなその瞳をくり、と俺の方へ向けてきた。



「こころざしのたかさ」



 なんか、もう。アニメがすげーのかゆっちゃんがすげーのか。わかんないけど。俺は自分の無知を恥じて、仰向けのまま弱っちく笑った。


「もっくんちょっと、大事な電話してくるわ」




  (おしまい)




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『かっこよさ』ってなに? 小桃 もこ @mococo19n

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