【KAC20235】徒然なるままに~KAC2023⑤

鶴崎 和明(つるさき かずあき)

第五段 英雄の身体

 筋肉というお題を目にしてふと見下ろすと、近頃すっかり姿を隠さなくなった腹が主張し、思わず溜息を吐く。

 プロテインを盛塩にでもしようかと悪態をつきながら、なるほどバラ肉としては悪くはないかもしれないと精一杯の諧謔を放つ。

 最も縁遠いと思っていたものと向き合いながら、平成二年の有馬記念を呆然と眺めていた。


 ジャパンカップでの惨敗により「もう終わった馬」と言われながら、葦毛あしげの名牡馬ぼばは最後の競争に挑む。

 四番人気というのは、果たして勝利を望んだ結果なのか、それとも無事を祈っての結果なのか。

 十七万人以上の観衆が見守る中で出走した怪物は、第四コーナーで勝負をかけ、他の馬を追い抜いてゆく。


「さあ、がんばるぞ、オグリキャップ」


 実況さえも一人の観客に変え、声援を一身に浴びてゴール板を始めに駆け抜けた時、オグリキャップは伝説として刻まれることとなった。


 気力の不足を感じると最近はこのレースを味わうのだが、改めて見ると疾走する十六頭の美しさに惚れ惚れとする。

 ただ走るだけと言われてしまえばお終いだが、だからこそ生き物の持つ純粋な美が明らかになるのかもしれない。


 ローマ時代に作られた彫刻を見ていると、その佇まいに息をんでしまうが、それは当時の政治家や将軍の筋肉によるものではないかと思っている。

 今では障がい者差別と指摘される「健全な肉体には健全な精神が宿る」とはラテン語の格言であるが、当時の人々はこのような在り方を是としていた。

 科学的にも身体を動かすことで意欲が沸くそうで、日々、酒に暮れて動かぬ私などは肉体と共に精神が鬱屈うっくつしているのだろう。


 外知らず 内かえりみず 肉沸かず 生きては一人 卑屈なる笑み


 自らを磨くストイックの語源となったストア派であるが、その目的は「種の保存」にあったようである。

 先述のオグリキャップもであったというから、ウマもヒトもつまるところは同じなのだろう。


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【KAC20235】徒然なるままに~KAC2023⑤ 鶴崎 和明(つるさき かずあき) @Kazuaki_Tsuru

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