マッチョサイエンティスト友の会
此木晶(しょう)
マッチョサイエンティスト友の会
「実家の方で妙な行事を見たことがあったんだけどね」
昼下がり大学の学食。一コマ空いている所為で時間を持て余していたら、いつの間にかやって来ていた
まあ、あれだ。大学進学に合わせて家を出てから、なんだかんだで一度も帰省できておらず、自覚は薄いが郷愁にかられているっぽく、ついつい高校の時の事を追憶する機会が増えていたのと、和戸素子との会話の中で「大分暖かくなってきたね、近所のおじいさんが寒風摩擦がしやすくなってきたと言っていたよ」なんてのが出てきて、そう言えばこんな時期だったかと、上手い具合にと言うか寧ろ悪魔合体と言うべきか、記憶の底からそれが蘇ってしまった。
そもそもを言えば、俺が和戸素子に個人的なことを話す義理はどこにもない。
これは完全に俺の悪癖なのだけれど、どうも口にすべきでないこと程うっかり口を滑らせてしまうらしい。これまでそれでどれだけ散々な目に遭ってきたかは思い出したくもない訳だけれど。何処かで真剣に改善を考えるか、いっそ此のまま行ける所まで行ってみるか、どちらを選んだ方が平穏なんだろうね。
とにかく和戸素子に関して言えば遡ることGWの最中、とある事件でおかしな風に縁が結ばれてしまっただけの話な訳だ。
そのおかしな縁も、どうやら俺の失言が原因らしいのだけれど。以来同じ学科と言うのも災いして、事ある毎に此方の事情に混ざり込んで来た訳だ。それも此方を助手扱いの探偵を気取って。もうそうなると、下手に放置しておくよりも目の届くところで監視した方が精神的にはまだましと言う判断になり、今に到る。気が重いのには全く変わりないのだけれどね。
「へぇ、どんな行事だったんだい?」
此方の心労など察するつもりもないだろう和戸素子は、興味津々という風に聞いてきた。
ハンチング帽から覗く切れ長の瞳をキラキラさせている。黙っていて大人しくしていれば、声をかけようって男子は多いだろう。
それはともかく、建物の中では帽子は脱げって話ではある。
ついでに何となく嫌な予感がして言葉を濁した。
「いや、妙だったってだけの話なんだけどね」
「興味だけ引いておいて、お預けはないんじゃないかな、夢人君」
それに
いや、呼ばないけどね? そもそも一度も呼んだことない筈なんだけど?
大体探偵がワトソン気取るのはどうなんだ? ワトソンっていう名前の探偵がいちゃいけないって事はないけどさ。
「ひどいね、君は」
いや、こら詰めてくるな。それのせいでこの間も二股かけてるって不穏な噂流されてエライ目食ったんだけど!!
で、結局押し切られる形で話すことになった訳だ。正直、うっかりやらかすこの癖を何とかしたいと真剣に考えた。
2年か3年前になる筈なのだけれど高校で所属していた新聞部の活動の一環で街で行われるイベントの取材に色々突撃をかけた時の事だ。
マッドサイエンティストコンテストなるイベントに行ってこいとのお達しを受けて、事前資料もなにも一切ない状態で、マッドという以上は心霊ラジオや、死者蘇生辺りの倫理観無視した研究のコンペでもしているのかと、恐る恐る会場へと足を運んだ。
で、俺が会場となっていた空き地で耳にした第一声は、「血管バリバリ、切れてるサイコー」だった訳だ。
なんと言えばいいのやら、そこに広がっていたのは唯々ひたすらにどこまで行っても筋肉だった。
「生体改造でもされたのかい」
「いや、マッチョサイエンティストコンテストだったんだよ」
「マッドではなく?」
「そう、マッチョ」
言って、右手を上げて曲げてみせる。人並み程度の筋肉しかないから服の上からでも力こぶが見えるなんて事はなく、様にならないことこの上ない。
ステージの上では、10人のビルダーパンツ姿に何故かネクタイをしめ白衣を羽織った眼鏡の男達がフロントリラックスポーズを決めていた。
正面を向き、広背筋=背中の筋肉を大きく広げ、僧帽筋、三角筋、大胸筋のような主に体前面の筋肉を見せるポーズで、大腿四頭筋、広背筋、外腹斜筋を意識すると綺麗に決まるそうだ。
言ってて頭が痛くなってきた。
続いてフロントダブルバイセップスを決める。両腕を顔の横で曲げ力こぶを強調するおそらくボディービルでもっともポピュラーなポーズの筈だ。
大胸筋が膨れ上がり、ウエストが正直引くくらいに絞られた。人体の中に逆三角形が出来上がる。
「仕上がってるよ!!」
コールが飛ぶ。
「肩メロン!!」
「腹筋6LDK」
意味は知ってるけど意味がわからない。
そういやあの時偶々居合わせたらしい小学生4人組も唖然としていた。いや、2人ばかり期待で目をキラキラさせていたような気もしなくもないが、まあ、多分。
観客席にも眼鏡でマッチョな裸白衣の集団がざっと100人。コールしながら、各々が好きにポーズを取っていた。時に白衣を翻し、絞りに絞った己が筋肉を魅せていく。
皮膚を通して筋繊維の1本1本すらも浮かび上がらせ、それだけで体に陰影を作り出す。呼吸を止め、浮かぶ血管が更に彩る。筋肉と筋肉の溝を際立たせ、時に乳酸蓄積さえも利用する。
その為に体脂肪率5%にまで落とすというのだから、狂気染みている。一体何がそれ程までに彼らを駆り立てるのか。
筋肉がテカり、ミチミチと軋みを上げ、コールが飛び白衣が翻る狂宴は止めようもなく続き、やがてステージでは最優秀者が選ばれた。
真っ白な歯を煌めかせ、満面の笑みの優勝者は『科学者が皆白衣を羽織った青ビョウタンだというイメージを払拭する』と言うような内容の抱負をぶち上げ只でさえオーバーフローしていた会場のテンションを更にもう4、5段ギアを叩き上げた。
歓声、いや、轟音で空気どころか地面さえ揺れた。
その後の事はよく知らない。
命の危険すら感じて必死で逃げ出したからだ。あのままその場にいたらマッチョにさせられていたに違いない。
後日事件として話題に上がることもなかった辺り日常茶飯事の一つでしかなかったということなのだろうけれど、という風に話を閉めた訳だ。
悪寒がした。嫌な予感が的中したのを自覚する。
目を伏せた和戸素子が、肩を震わせていた。何度か見たことがある。あれは嬉しくて愉しくて、けれどそれを押さえ込もうとして押さえ切れなかった時のそれだ。
「まさか君がマッチョサイエンティスト友の会について知っているとは思わなかったよ」
今物凄く不穏当なことを言わなかったか?
「久々留木らるらって子が引き継いだんだけど、会員数が足りないらしくて僕も勧誘を何度か受けていたんだ。無論、僕みたいなのには無理だからと断っていたけど」
聞かなくてもわかる。
録な事にはならない。俺が見たアレと和戸素子が言うそれが同じものかは分からないし、知りたくもない。
と言う訳で、一目散に逃げ出した。
マッチョサイエンティスト友の会 此木晶(しょう) @syou2022
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます