人喰鬼の群れ

シンカー・ワン

偶発遭遇戦

 蛮声をともなって振り下ろされたこん棒が大地を抉る。

 太い木の幹に骨辺や石器をつたや革ひもで縛りつけただけの粗雑な作りの代物であるが、振るう者の膂力で十二分な殺傷力を持つ。

 振るう者、人の倍ほどの身の丈で青黒い肌をした筋骨隆々の人型怪物ヒューマノイドモンスター人喰鬼オーガ

 粗野で愚鈍だが恵まれた肉体を持つ怪物、単体でも脅威だが基本的に群れで行動してくるのが厄介だ。

 その一団が欲望に血走ったまなこを向けて、忍びクノイチたち一党パーティに迫る。

「あーっ、なんでこんなのにかち合うかなーっ」

 熱帯妖精トロピカルエルフが愛槍を巧みに操り、オーガの攻撃をいなしながらぼやく。

「出会ってしまったものは、仕方あるまい」

「害為すものは退治する、これも冒険者の務め」

 愚痴る熱帯妖精とともに苦無を閃かせ前線を維持する忍びと、後方で真言呪文を用意する女魔法使いねぇさんが答える。

 彼女たちはオーガ退治に来たわけではない。別依頼で赴いた地の探索中に起こった偶発的遭遇ランダムエンカウントだった。

 人喰鬼オーガは肉食で、名の通り人種を好んで喰らう。

 生息圏は食料――亜人を含む人種――が得やすい人里の近くの森や山など。

 同じように人里近くに現れる小鬼ゴブリン豚顔オークと違い、繁殖力が弱いのが救いではあるが、単体での脅威はオーガがはるかに勝る。

 村の外縁や森で単独あるいは少数のゴブリンやオークに出くわしても、臆病なそれらは村人でも簡単に追い払える。

 だがオーガは違う。奴らにとって人種は食料なのだから遭遇は即、死につながると言ってよい。

 人類の生活圏を脅かす敵対存在に遭遇した場合、その排除も社会貢献として冒険者に課せられた義務のひとつなのだ。

 定められた勤めだとしても、しかるべきところへ討伐の証拠を示せばそれなりの報酬を得られることは言うまでもない。

 無料ただ働きにはならず、障害出没地域の人々からの感謝も贈られる。社会奉仕に収入も得られる。ゆえに忍びたちは突発遭遇のオーガと積極的に戦っているのだ。

 もっとも向こうが見逃してくれるわけでもなく、自分たちの生命が危ういからでもあるが。

 オーガは強い。と言っても常連レギュラークラスの冒険者なら一対一でやり合えるだろう。

 集団戦でも――よほどの数差でなければ――知恵も有り魔法も使える冒険者側が有利だ

 ただ世の常として、はない。

 オーガ――上位種を除く――には力押ししかない。しかしその物理的パワーが時に条理を覆すことがある。

 単純な力が知恵や技術を凌駕することがあるのだ。

「ン、わあぁ――っ」

 目の前にある、若い女の肉という御馳走に発奮したオーガたちに熱帯妖精が押し切られてしまう。

 ちから・イズ・パワーの体現! そう、筋肉は裏切らない!

「あ、バカッ。が――」

 六体の敵を半分ずつ受け持っていたことでかろうじて均衡を保っていた前線だったが、片方が崩れたことに忍びの意識が一瞬それ、生じた隙を突かれあっけなく瓦解した。

 押し寄せるオーガたちに圧し掛かられる熱帯妖精と忍び。

 防衛線が崩れ、後衛の女魔法使いにも危機が迫る。

 しかし、危機的状況に陥っても女魔法使いの集中は途切れてはなかった。

 静かに高めていた魔力が、襲い掛かろうとしたオーガに向け容赦なく解放される!

電光一閃エクブリロ・デ・フルモ!」

 世界が白く染まり轟音が耳をつんざき、いかづちがオーガたちを貫いていく。

 電光に触れた悪鬼たちが一瞬でかれ、中には蒸発する個体も。

 ゆっくりと色と音が戻り、辺りに平常が戻る。生きているオーガは、いない。

「う~、ひどい目にあったぁ」

 焼け焦げたオーガの下から、局所鎧ローカルアーマーを剥ぎ取られたボロボロの熱帯妖精が這いだしてくる。

 あちらこちらに傷を負ってはいるが、どうやら大事はなさそうだ。

「……まったくだ」

 そうこぼしながら、忍びがオーガの残骸を押し退け現れる。熱帯妖精ほどではないがこちらもボロボロである。

「危うく人食い鬼の餌になるところだった」

 立ち上がり、忌々し気にオーガの屍を蹴って愚痴る忍び。

「ねぇさん、ありがとな……とおっ」

 感謝の言葉を告げる熱帯妖精だったが、女魔法使い倒れかけるのに気づき、慌てて助けに回る。

「だ、大丈夫かぁ~?」

 今にも崩れ落ちそうな女魔法使いを支えつつ、心配そうに尋ねる熱帯妖精。

 青白い顔色で苦しげな息遣いをしながらも、微笑んで答える女魔法使い。

超過詠唱オーバーキャスト、というやつか……?」

 オーガの攻勢に潰されることなく残った回復の水薬スタミナドリンクを差し出しながらの忍びの言葉に、震える手で受け取りつつ女魔法使いが小さく頷き返す。

 真言魔法は術者の体力と精神力スタミナを消耗するため、使える呪文に対して割り振られる魔力はある程度決まっている。

 が、を過剰に消費することで魔力を高め呪文の威力を増す方法があることは真言魔法使いの間では常識だ。

 このやり方は、同じように体力と精神力を使って行使する神官の奇跡にも存在し、こちらは過剰嘆願エクサスプレイと呼ばれている。

 ただ超過詠唱・過剰嘆願のどちらにしても、心身にかける負担が大きいため好んで使う者はいない。

 使うとすれば、今回の女魔法使いのようにを考えずにすむ場合――敵の一掃――くらいのものだ。

「無理をさせた……」

 熱帯妖精の反対側で女魔法使いを支えながら忍びが礼を言うが、

「……仲間、お互い様よ」

 弱弱しいがしっかりした声で返される言葉に、

「だなっ」

 熱帯妖精が朗らかに声をあげる。

 個々の自由を謳っていようとも、彼女たちは生死を共にする一党パーティなのだ。


 女魔法使いの回復を待ち、それぞれの装備を整え直したのち、彼女たちが請け負っていた依頼を完遂させたことは言うまでもない。

 また脅威となっていた人喰鬼どもを一掃したことに、近隣住民たちから感謝されたことも付け加えておこう。

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