腐女子と腐男子

琥珀 忘私

二人の出会い

 この物語は私と彼との出会いから始まる。


「ふわぁぁぁ。昼夜逆転しすぎたな」

 眠気でぼーっとする頭をガシガシと掻きながら今日もいつもと変わらない通学路を歩く。ちゅんちゅんと空を飛ぶスズメたちの後ろをギラギラと光る太陽は、私にじわじわとダメージを与えてくる。

 九月の始まり。夏休みが終わり、今日から二学期が始まる。私の周りを歩く学生たちはそれぞれの“友達”と中身のない会話を永遠と繰り返している。友達……かぁ。

 私は一人、校門をくぐる。学期初めだというのに生徒指導の先生と生徒会、風紀委員の面々が挨拶活動をしている。

「「「おはようございます!」」」

 うっ。明るい挨拶が私にダメージを与えてくる。私の見えないHPは緑のゲージから黄色へと変わっていく。早く、早く回復しないと学校が終わるまで持たないいい。

 そんなことを考えながら教室へと足を急がせる。

 時ヶ崎高校、二年三組。窓際の一番後ろの席。私の生存区域。夏休みの話題が飛び交う教室の中を誰とも目を合わせないようにそそくさと移動する。鞄を机の脇にかけ、中から一冊の本を取り出す。ブックカバーに覆われた本のタイトルは……

『アマ×ショウ 僕はあなたの奴隷(しもべ)です』

 BL同人誌!! 私のHP回復アイテム!! 至高の逸品!!

 そんなものを教室で読むなよ……と思ったやつ。正直に名乗り出ろ。喧嘩なら買ってやるから。

 他人に迷惑さえかけなければ何を読んだって自由だろう。そう思わないかい?

 そんな誰に言うでもない脳内会話を頭の隅で考えながら意識を本へと戻してく。

 それはそうと、この本の内容を紹介していk

 キーンコーンカーンコーンー。

 おっと、時間が来てしまった。この話はまた朝のHRが終わった後にでも。

「ぐへへへ」

「ん?」

「あ……いや……」

 隣の男子に聞かれてしまった。あぁ、これで私のHPは赤ゲージ突入……ん? 隣? 一学期の終わりまで私の隣は、机というか席という概念そのものが無かった。というのも、クラスの人数は私も合わせて二十六人。窓際の列が六人、後の列が五人という並びになっているから、必然的に私の席が一つだけ飛び出している。そのはずなのに、隣に人がいる。つまり、席が一つ増えている? だけど、隣の席の彼は知っている顔。ということは……やはり、彼が元居た場所に机と椅子が一組、空席の状態で置いてある。このヒントから導き出せるのは! 丸渕のメガネをクイっと持ち上げ、脳内で行われている迷推理(その時間わずか数秒)に結論を出そうとしたとき、

ガラガラガラガラ。

という扉が開く音で現実に戻された。

「よーし、お前らそろってるなー」

 この間三十代に突入したばかりの若い担任の先生が教室へと入ってくる。

「お前ら夏休みの間元気にしてたかー?」

 という先生の問いかけにクラスの陽キャ共が「うぃーす!」「先生は彼女とどうだったのー?」「別れた?」と軽いヤジを飛ばす。あぁうるさい。

「別れるわけがないだろ!」

 教卓へと到着した先生は律儀にそう返答する。そこにまたヤジが入る。適当に返しとけばいいのに。

 耳をふさぐのを我慢し、先生が続ける言葉に耳を傾ける。

「あー今日はお前らに嬉しいお知らせがあるぞー」

 そこに陽キャ共が(以下略)

「なんと、なんと! この教室に新しい仲間が増えます!」

 やはりそうか。ざわつく教室を全く気にせず、そのことに気付いていた私は同人誌のことを考える。

「よし、入ってこーい」

 先生が開けっ放しにしていた扉から一人の男の子? が入ってくる。彼? の性別に確証が持てないのはその容姿のせいだった。

 制服は男子生徒のものと一緒。しかし、その制服の上へと続く顔は、女の子と言っていいほど整っていてかわいらしい。(語彙力が)肩まで伸びた白髪の髪の毛はきれいに切りそろえられ、艶がすごい。(語彙力がが)目元にあるワンポイントのほくろなんかもうアーーーーー! (語彙力ががが)私よりもかわいい。(それはそう)HPがだんだん回復していくのを感じる。

 一人芝居を繰り返している私は関係ないとばかりに時間は進んでいく。

「彼の名前は吉田ハイル。日本人のお袋さんとロシア人の親父さんのハーフで、親の転勤の都合でこの学校に転校してきたんだそうだ。ハイル、すまないが自己紹介してもらってもいいか?」

 良かった、彼で合ってた。いや、それよりも……ハーフキターーーーーー!! 妄想がはかどりm

「ハイルです。皆さんと馴れあうつもりはないのでそこのところよろしくお願いします」

 あ、あれ? 私は一瞬で妄想の世界から引き戻され、ぽかんとしてしまった。回復していたHPゲージも、もう少しで緑に届きそう! というところで止まってしまう。そして、クラス全体の時間も止まってしまう。さっきまでうるさかった陽キャ共もしかり。

「こんなこと言ってるがお前ら仲良くしてやれよー」

 先生が数秒の静寂を切り裂いてそう言う。いや、無理じゃね?

「あ、いえ。本当にそういうのはやめて下さい」

「え、えーっと席はあそこの空いてるところに座ってくれ」

 あ、先生そこはスルーするのね。っていうか空いてる席って私の右斜め前の席じゃないですかヤダー。

 ゆっくりと気だるげに歩いてくる転校生君は、みんなの注目などお構いまし。席に着くと同時に机に突っ伏して眠ってしまった。

 これからどうなってしまうのでしょうか。


*     *     *


今日一日、私のクラスだけでなく、私の学年すべてが彼の話題で持ちきりだった。陽キャの拡散力はさすがだ。こわ。

 当の本人はというと、放課後になった今でも変わらぬ位置で眠っている。朝から六時間の睡眠……もしかして私の同類? 今教室には私と彼の二人しかいない。話しかけるなら今がチャンスなのだが、『話しかける』というコマンドが一向に頭の中の選択肢枠に出てこない。

 そんなことを考えていると、彼のポケットから聞いたことのある音楽が流れてきた。

「は!?」

思わず声に出てしまった。なぜならそれは、アニメ「頑張れ天野くん!」の一期OPだったから。「頑張れ天野くん!」とは、ちょっぴりドジでやんちゃな天野君がいつもはクールだけどたまに天然になる親友、ショウ君と一緒にほのぼのとした学校生活を送るという日常系アニメだ。私が朝読もうとしていたアマ×ショウの原作でもある。しかし、その知名度の無さから知る人ぞ知る名作となっているのだが、まさか身近に知っている人がいるとは……。

 サビが流れたあたりで彼はむくっと起き上がり、左後ろに座っている私の方を向いた。な、なにごと!?

「もしかして……この曲知ってる?」

「あ、えっと、その……」

 あたふた、あたふた。私が出した答えは……。鞄にバッと手を入れ、あるものを取り出し、彼に渡すことだった。突然のことに彼は一瞬きょとんとするが、本を受け取った。そして、中を確認する。

「あ!! もしかしてこれぬちょんぱ先生の新刊!? まさか持ってる人がいるとは……。これって百冊限定で抽選に当たった人しか買えないやつでしょ! いぃなぁ。私、抽選落ちしちゃったから持ってないんだよなぁ」

 そう言いながらぺらぺらとページをめくる彼は、いつも家でBL本を読んでいるときの私そのものだった。

「あ、あの。ハイル君……あっ吉田君って、よ、よく、こ、こういうの、読むの?」

「うんうん! 読む読む!」

 そう答えながらも彼の目線は本に捕らわれている。

 数分後、読み終えた彼は本を閉じ「ふ~眼福でした」と膝の上に置いた本に向かって手を合わせて感謝していた。

「あ、あのー」

「は!! ごめんねぇあまりの神作ぶりに夢中になっちゃった。私の悪い癖だなぁ」

「よ、吉田君って一人称“私”な、なんだね」

私の言った一言に吉田君はパッと口元を傷一つないかわいらしい両手の手のひらで覆った。

「もしかして今自分のこと“私”って言ってた?」

 彼はそう上目づかいで聞いてくる。あぁなんてかわいらしいんだろう。言い表すなら地上に舞い降りた一人の天使? もしくは生まれたての子犬? 子猫? とにかく人のものでは無いかわいらしさを感じる。

「う、ん。ばっちり言ってたよ」

「はぁ学校では隠してこうと思ったんだけどなぁ。まさか一日目でバレるとは。はぁああああああぁぁぁ」

大きいため息をつくだけでも様になる彼の一挙手一投足はかわいいだけでなく、どこか可憐さを感じさせる。吉田君は「すー、はー」と深呼吸をして私の方に向き直った。

「えーっと君の名前ってなんだっけ?」

「あ、い、いるか。灰山……李流華です」

「イルカちゃんかー! かわいい名前だね」

 あ、かわいい子にかわいいって言われた。その事実に私は自分に酔ってしまった。

「えへへぇそうかなぁ」

「イルカちゃんさ、もしよかったら今日ウチ来ない? 色々話もしたいしさ!」

「え!? 私なんかがお邪魔してもいいの?」

「ぜひぜひ!」

「じゃ、じゃあお邪魔し、しちゃおっかなぁ!」

 もう一度言う。私は自分に酔っていた。


***


「じゃーん! ここが私のお家でーす!」

「こ、ここって……」

私の家の隣じゃん!! 一緒に帰っている途中、見知った道を通っていることに違和感を抱いたが、まさか隣だとは……。あ、そういえば最近引っ越しの準備してたな。

「あの……まことに申し上げにくいのですが、と、隣私の家なんです」

「ええええええええええええ!?」

 吉田君の突然の大声に近くを歩いていたサラリーマンのおじさんが体をビクッと震わせる。ごめんなさい。吉田君の代わりに謝らせてもらいます。

「そんな偶然があるとかこれって運命じゃない!?」

 心の中で名も知らぬおじさんに謝っている私などお構いなしに吉田君は一人興奮している。まぁ気持ちは分からなくもないけどさ。

「立ち話もなんだしさ、中入ろ」

「う、うん」

 うぅ、気まずい。そう思いながら、鍵を開けて家の中に入っていく吉田君の後を追う。


「じゃーん! ここが私の部屋でーす!」

 吉田君に案内されたのは、二階の角にある部屋。ドアを開けると、そこに広がっていたのはメルヘンという言葉が良く似合いそうな、ピンクをメインとした家具で彩られている部屋だった。

 吉田君は鞄を床にひょっと投げるとベッドに勢いよくダイブした。ぼよんぼよんと小さく弾むベッド。どうすればいいのかわからずぼーっと立っている私。ベッドに置いてある枕に顔を押し当てたまま動かなくなる吉田君。静かな時間だけが過ぎていく。

「あれ? イルカちゃんまだ立ってたの? テキトーに座っちゃって」

 急に起き上がった吉田君は私にそう言った。

「あ、う、うん」

 私は部屋の中央にあるテーブルに鞄を立てかけ、その横にちょこんと座った。正座で。なんとなく正座で座らなければいけない気がした。

「あ、あの、それで話っていうのは……」

「あ、そうそう! えーっと……」

 ベッドから降りた吉田君は、部屋の隅に置いてある本棚をがさがさと物色し始めた。

「あ、あったあった!」

 そう言って取り出したのは一冊の本。本と言っても、何枚かの紙をホチキスで留めた素っ気ないものだ。表紙? には「ショウ×アマ」と書かれて……。ショウ×アマ!?

「もももも、もしかして吉田君って逆カプ大丈夫な人なの!?」

「そ、そうだけど……あ! もしかして地雷だった? そ、そうだよね学校にアマ×ショウの同人誌持ってきてるぐらいだもんね。ごめんね」

「じ、地雷だなんてそんな! 逆逆!」

「へ?」

「めっちゃ好きだよ! ショウ×アマ! ショウ君が天然ながらにじっくりと攻めていく感じがめちゃくちゃいいんだよね! しかも、その攻めてるっていうことを自覚してないっていうね! そしてそのギャップに悶えながらも何もできない天野君! あーーーー! 想像してるだけで鼻血が出そう! ……あ」

 やってしまった。目の前にはぽかんとしている吉田君。さすがに引かれたかな。あはは。

「そ……」

 そ?

「そうなんだよー!!」

 思ってたのと違う反応が来た!?

「さっきイルカちゃんが言ってたのもそうなんだけどさ! 原作の方でショウ君が無意識で天野君に攻めてたりさ、天野君の方はそのことに気づいてて顔を赤くするシーンはもう死ぬかと思ったよ!」

「そうそう! そうなんだよ! あ、あのシーンは気づいた十話のCMに入る前の」

「「ショウ君が手をつなぎたそうに見てるシーン!」」

 私たちはお互いの顔を見合わせて笑ってしまった。

 その後もショウ×アマトークは止まることが無かった。一息つくころには時計の針は七時を指していた。

「ふー、まさかこれだけショウ×アマのことを話せる人がいるとは思ってもみなかったよー。イルカちゃんありがとね!」

「う、ううん! こ、こちらこそ! 公式がアマ×ショウのグッズ出しちゃってるからショウ×アマは肩身が狭くて大変だよね。同人誌もほとんど見つからないし、地雷の人も多いし……」

 これは聞いた話だが、SNSのプロフィールランに「#ショウ×アマ」と書いてあっただけでブロックする人がいるのだという。私も実際に多様なことを経験したことがある。「頑張れ天野くん!」つながりで知り合ったネットの友人にショウ×アマの話を持ち掛けたらキレられてしまい、絶交された。それほどまでに逆カプは嫌われているのだ。

「は、話に夢中で触れられてなかったんだけど、こ、この本って吉田君が書いたやつ、だよね?」

「そーそー! ショウ×アマの供給が少なすぎて自分で書くしかない! って思ってさ、なんとなくイルカちゃんに見てもらいたい! って思ったんだよねー。あ、それとさ!」

「ん?」

「私のこと“吉田君”じゃなくて“ハイル”って下の名前で呼んでよ! 私の方は最初っからイルカちゃんって呼んでるしさ!」

「え!?」

 な、名前で呼んでくれって!? そ、そんな高次元なことを!? この私に!?

「ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ!」

 そんなことできるわけがないですよぅ。だって今まで友達なんかいなかった人ですよぅ? わたしぃ。同級生のお部屋はおろか、お家にだって今までお呼ばれされたことないのにぃ。急に名前で呼んでくれって言われたってぇ。

「ムリですよぅ」

「じゃあ、私もイルカちゃんのことは“灰山さん”って呼ぼうかなー」

 胸の前で両手の人差し指をちょんちょんと遊ばせながら拗ねる吉田君。そ、そんなこと言われたらぁ。

「ハ、ハイル……君?」

 名前で呼ぶしかなくなるじゃないですかー!

「はいはーい! ハイル君でーす!」

 満面の笑みで返事をする吉田君。あぁかわいい。悩んでたことなんてなんだかどうでもよくなっちゃうな。

 そんなことを考えていると、

「ただいまー」

 という女の人の声が部屋の外から聞こえてきた。

「あ! もうこんな時間か! ママ帰ってきちゃった」

ママ!? そんなところまでかわいいのか……。ってそんなことよりもう七時半じゃん! 私もそろそろ帰らなくちゃ。

「ハイル君、わ、私、そろそろ帰らないと……」

「あ、そうだよね! ごめんね時間のこと忘れちゃってたよ!」

「う、ううん。私こそ長居しちゃってごめんね」

 立てかけたままの鞄を取って立ち上がる。ことはできなかった。なれない正座をしていたせいか、足がしびれてその場にこてんと倒れる。

「あ、足が」

「ぷっ。ちょっとイルカちゃん何してるのよー。もう!」

 「アハハハ」と無邪気な笑顔で笑うハイル君もかわいかった。


二人で階段を下りていくと、玄関の近くにあるドアから一人の女性が出てきた。フォーマルスーツに包まれたすらっとした体系。モデルと言われても疑われないであろうその美貌。さすがハイル君のお母さま。だけどこちらはかわいいというより、美しいという言葉が似あう。

「あ! もしかして、はーちゃんのお友達? いや、彼女さんかな?」

「か!?」

「もーママったらー冗談はやめてよー」

私の横で頬を膨らませて怒るハイル君。

「まぁまぁそんな怒んないでよー。こんなかわいらしいお嬢さんなら私の娘に欲しいくらいなんだけどねー」

 あ、またかわいいって言われた! 本日二度目!

「マーマー!」

「うふふふ。ごめんなさいね」

 さすがハイル君のお母さま。キャラが濃い……。

「ごめんねーイルカちゃん。ママは後で私が怒っておくから」

「ぜ、全然全然! 気にしないで!」

 なんか私だけ場違いな感じがする。二人のきゃぴきゃぴした雰囲気についていける気がしない。

「その、私、そろそろ帰りますね」

「あ、うん! イルカちゃん今日はありがとね! また明日学校で!」

「う、うん! また明日!」

 そう言って私はハイル君宅を後にした。


***


 家に帰ってお風呂に入った後。私は自分の部屋でぼけーっとしていた。今日起きたことが現実なのかそうではないのか。いまだに頭が判断できていない。それぐらい私の人生の中で濃い一日だった。

 超絶美少年、ハーフのツンツン転校生が私のクラスに来て、初日からその子と仲良くなる。しかも、私一人だけ。

 ここだけ見たらどこかのライトノベルにありそうな設定だ。と言っても、こんな私なんかを主人公にする作家さんなんかいないと思うけど……。

 はぁ。とにかく気持ちを落ち着けなくちゃ! 「頑張れ天野くん!」の録画見ようかな。いや、そんなことしたら余計に興奮しちゃう!

「あー! どうしよう!」

 そう考えている時だった。窓の外から小さくコンコンという音が聞こえてきた。不思議に思いカーテンを開け外を見てみると、そこにはハイル君の姿があった。隣の家の窓に。

「あ、そっか!」

 さっきハイル君のお家にお邪魔した時は気づかなかったけど、ちょうど私の部屋の西側の窓とハイル君の部屋の東側の窓が向き合うようになってたんだ!

 ハイル君が窓を開けて! とジェスチャーをしたので、急いで窓を開ける。

「急にごめんねー。イルカちゃんの声が聞こえたからもしかしてって思って!」

 ハイル君は嬉しそうに続ける。

「用っていう用はないんだけどさ、もしよかったらこれ!」

 そう言って取り出したのは、一つの紙飛行機。それをこっちに飛ばす。飛ばした!? 届くの!?

 ハイル君の部屋から私の部屋までの距離は約五メートル。私が折った紙飛行機ならまず届かない距離。だけど、ハイル君の紙飛行機は真っ直ぐとこちらに向かってくる。すごい。

 そして、無事に私のもとへと届く。

「それ、開いてみて!」

「う、うん」

 こんな高性能の紙飛行機を崩すというのはなんだか罪悪感を感じるが、言われた通りにしてみる。

 紙飛行機の中に書かれていたのは何かのQRコードだった。

「私のLINの連絡先! 良かったら登録してもらってもいい?」

 ぜ、ぜひ! 私は心の中で叫んだ。しかし、ここは冷静に、

「うううんんん! ああありががとう!」

 うん! 全然冷静なんかじゃなかった!

「ふふ、おかしなイルカちゃん!」

 そう笑うハイル君は小悪魔のように見えた。

「これからもたまにこうやってしゃべろうね! それじゃあおやすみなさい!」

「う、うんおやすみ!」

 私は窓を閉め、カーテンを閉めようとした。が、途中で踏みとどまった。すぐに締めたら失礼じゃないかな!? なんてことを考えてしまう。私の悪いところだ。分かっていても直せない。悲しくなってくる。

「ま、寝る前に閉めればい、いっか」

おっと、そんなことよりLINだ! 今すぐ登録しなければ!

 勉強机からスマホを取り、緑色の「LIN」と書かれたアイコンをタップする。『ともだち』という欄には家族の名前と公式アカウントの名前しかない。そこに初めて! 本当の友達の名前が入る! うれしい!

 QRコードを読み取り、友達を追加の項目を押す。すると、すぐにハイル君から「よろしく!」という天野くんのスタンプが送られて来た。はわわあわわああっわ。

 急いで私もショウ君のスタンプを送ろうとするが、送信のボタンを押そうとして踏みとどまる。すぐに返信したらキモイって思われないかな!? なんてことを考えてしま(以下略)

 結局、スタンプを送ったのは五分後になってしまった。キモイとか思われてないかな? 大丈夫かな?


そんなことを考えている間に、いつのまにか二十七時になってしまった。明日も寝不足確定だな、こりゃあ。

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腐女子と腐男子 琥珀 忘私 @kohaku_kun

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