fairy tale 5:妖精のいたずら
紫月音湖*竜騎士さま~コミカライズ配信中
第1話 金色の光はちょっと恥ずかしい術でした
かくりよにある不思議な本屋fairy tale。物語の中に入り込むことができる不思議な本を扱う店は、顧客もみんな人ではないものたちばかり。
ひょんなことからその本屋と繋がりができてしまった私は、どうやら彼らにとっては物珍しいようだ。あやかし専門の店に関わる物好きな人間を一目見ようと、このところ私経由で本を返しに来る者たちが無駄に増えているような気がする。
とはいえ、やはり自分と違うものに深く関わるのが怖いのは、人もあやかしも同じようだ。チラチラと好奇の目を向けられるくらいで、特に変な術をかけられたり……ということは幸いにしてまだない。
そう、今日までは。
「ねぇ。あなた、筋肉好き?」
紙袋二つ分の返却本を手に、ショップカードで店の扉を喚び出そうとした時、そう声をかけられた。
振り向くと、頭にピンクの花冠を乗せた小さな妖精が目の前を飛んでいた。花と同じピンク色のワンピースを着た、女の子の妖精だ。背中についた透明の羽根がぱたぱたとかわいらしく揺れている。
「えっ? えっ! 妖精!? うわっ、はじめて見た。かわいい!」
「ねぇ、聞いてる? あなた、筋肉好き?」
「え? 筋肉? えぇと……ほどよく好き、かな?」
「そ。だったらシキ様の筋肉、見たことある?」
「シキさん!? えぇっ!? そっ、そんなの見たことないに決まってるじゃないですか!」
「あら、そうなの? 最近シキ様のとこに入り浸ってるって聞いたから、あの筋肉をもう堪能したのかと思ったわ」
シキさんは前髪も黒縁眼鏡にかかるほど長くて野暮ったい雰囲気だけど、腕まくりしたシャツから伸びた前腕は筋がくっきり浮き出ていて男っぽい。指も長くて、少し骨の形がわかる手の甲も、実は結構好きだ。
背が高いしちょっと猫背だし、見た目だらしない雰囲気だから、一見するとヒョロ系メンズなのだけど。でも本のぎっしり詰まった段ボールを軽々と持ち上げたり、たまに凄く俊敏に動いたりするから、きっと白シャツの下はそれなりに鍛えているのだろう。
「あの……あなたは、その……見たことあるんですか? シキさんのは、はだ……筋肉」
見たこともないシキさんの体を想像してしまいそうで、裸とあからさまには言えなかった。妖精は小さくて少女のようにも見えるけど、実年齢が見た目と同じとは限らない。もしかしたら成人女性のように体を大きくできるかもしれないし、何ならシキさんとそういう関係なのかも……。
とか思っていたら、私の心を読んだように、妖精の少女がにんまりと意味ありげな笑みを浮かべた。
「シキ様は意外といい体してるわよ! 腹筋は割れてるし、上腕二頭筋は逞しいし、大胸筋の張りは私専用のベッドだわ」
「ベッド……っ」
「そうよ。あなたも一度、見てみるといいわ。あんな風に隠しているけど、シキ様、昔は相当やんちゃしてたのかもしれないわね。広背筋には大きな古傷もあるし」
「傷、ですか?」
「その目で確かめてみるといいわ」
妖精の少女がくるくると私の周りを飛ぶと、それに合わせてきらきら金色の光が降り注いだ。メルヘンチックな光景のわりに、光は少しだけ私の両目を刺激してからゆっくりと消えていく。閉じていた目を開くと妖精の少女はもういなくて、代わりに目の前にはfairy taleの店の扉が出現していた。
「こんにちはー。シキさん、チトセです。本を返しに来ました」
紙袋二つ分の本をテーブルに置くのと同時に、本棚の奥からシキさんがのそっと姿を現した。
「あぁ、悪ぃな。……ってか、数多くねぇか?」
「やっぱりそうですよね。皆さん、私がめずらしいみたいで……。あ、でも別に迷惑とかじゃないんで大丈夫ですよ」
「あんまりお前を使うなとは、言っておく。なかには厄介なヤツもいるから……。そうだ。前に渡したショップカード、ちょっと貸せ」
「返しませんよ!」
「変なヤツに絡まれないよう、ちょっと細工するだけだ」
「え? それはつまり、私を心配してくれてるってことですか?」
「いいからさっさと出せ!」
ちょっとだけキュンとした私の手から、シキさんがひったくるようにしてカードを奪い取っていく。一瞬わたしに背を向けたシキさんの背中を見ていると、ふとさっきの妖精の言葉を思い出した。
『広背筋には大きな古傷もあるし』
白いシャツで隠されたその傷は、いつ、どうやってできたものなのだろう。事故か何かじゃないと、背中に傷なんて残らないだろうに。
そう思っていると、細工を終えたらしいシキさんが振り返って手を差し出してきた。返されたカードには、妖精の絵の横に赤い染みができている。……え? これってもしかして……。
「血痕、ですか?」
「気味が悪いなら捨てても構わねぇぞ」
「捨てません! むしろ私がここに来るのを拒まれていないようで嬉しいです! この印だって何だか赤い花みたいで、妖精の絵と凄く似合ってますね」
お花と妖精。まるでさっき会った妖精を示唆しているようで不思議な気分だ。
「妖精って言えば、さっきお店の前でかわいい妖精に会いましたよ。何だか異様な筋肉愛に満ちた妖精でしたが」
「早速厄介なヤツに絡まれてんじゃねーか」
「でもシキさんもたぶん知ってる子ですよ。だって、シキさんの大胸筋はベッドだって言ってましたし」
「アイツか! 変なことされなかっただろうな!?」
「特には……。去り際に金色の光が……」
さっきのことを思い出すと、脳裏に金色の光がきらきらと降り注いだ。それは既に記憶になっているのに、また私の両目をやわらかく刺激して。
「痛……っ」
「おいっ!」
「あ、すみません。大丈夫です。ちょっと目が……」
余計な心配をかけたくなくてそういったのに。
視界に飛び込んできた光景に、私は盛大に叫んでしまった。
「どうした!?」
「ダッ、ダメです! シキさん、こっち向かないで下さいっ。あぁぁ、後ろもダメっ!」
「一体何だってんだ」
「きゃぁーっ! 待って待って! シキさん、ヤバい。服っ……透けてるっ!」
「はぁ!?」
「シキさんのはだっ、はだ……筋肉が丸見えですーっ!!」
裸と口にすれば、見たこともないシキさんの体を想像してしまいそうだったのだけど……。
実際に見てしまった後でも、やっぱり裸と口にするのは恥ずかしかった。いや、私よりもシキさんの方が何倍も恥ずかしいはずだ。
でも大丈夫! 大事なところはちゃんと目を逸らしました!
『あなたも一度、見てみるといいわ』
記憶から、妖精の囁きが木霊する。
脳裏に浮かんだ妖精の少女が、金色の光を振りまきながら得意げに笑った気がした。
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