帽子と上着とネクタイを

Shiromfly

リーブ・アリューシャン航空8便緊急着陸事故

 筋肉と聞いて、真っ先に思い出したのは1983年に起きたリーブ・アリューシャン航空8便の緊急着陸事故。


 詳細はWikipediaやナショナルジオグラフィックが製作、放映している「メーデー!航空機事故の真相」に明るいので、ここでは簡単な概略と、私の所感でまとめていきます。


 この事件は、アメリカ、アラスカ州とワシントン州間を結ぶリーブ・アリューシャン航空8便が高度6000メートルを飛行中、突然、原因不明の震動に襲われ、その直後に第四エンジン(四つのうち、最も右)のプロペラが脱落。

 外れたプロペラは機体の腹部を切り裂いて破断し、機体内部で急減圧が発生。一部の床が圧し潰されたことで、床の下部に通っていた機体制御用のワイヤーが圧迫され、機体の、特に手動での操縦がほぼ不可能になった――という事件です。



 結論から言うと、緊急着陸には成功しました。


 ただ、そこに至るまでの全て―—パイロット達の決断や奮闘、空港の管制室、機体の整備士やエンジニアなど、多数の人々が知恵を集めて、最悪の事故に立ち向かう姿から、人の知恵や力は時に、奇跡を手繰り寄せることが出来るのだと感じ入るものがあるのです。


 例えば、手動操縦は不可能になったものの、油圧を用いる自動操縦はまだ健在でした。但しエンジンの一つを失った機体の飛行は不安定に。徐々に傾いていく機体を、『』という、当時54歳のジェームズ・ギブソン機長の卓越した能力でねじ伏せていったこと。


 自動操縦で飛行は出来ても、着陸は出来ない。このままでは遅かれ早かれ墜落することになる、と、コントロールチェックの為に、この状況では文字通りの命綱である自動操縦を停止する瞬間の恐怖と緊張に打ち勝つこと。


 山岳風による乱気流のリスクを冒しながらも、着陸可能な空港へ向かうためにロッキー山脈を越え、四時間にも及ぶ飛行を耐え切ったこと。


 一刻も早く地上に降りたい。という誘惑を退け、速度超過を察知したクルーたちのゴー・アラウンド(着陸復行・着陸を中止してもう一度着陸コースに乗り直すこと)の判断。


 そして、最終的に着陸が可能になったのは、当初不可能だと思われていた手動操縦を諦めずに、何度も何度も何度も操縦桿を引き続けたことで、ワイヤーが圧迫している床の金属を削り切り、手動操縦を取り戻した。という、まさに『筋肉』を使って、力づくで引き寄せた奇跡だということ。


 他にも――ここではとても語りきれませんが、関わった様々な人々の精神力や技術と、あとは勿論、筋肉の力が全て合わさったことで、この生還はもたらされました。


 この話を思い返すたび、どんな力も、心と技が伴えば、正しいことに使える。そう信じたくなるのです。


―――――――――――――


 着陸後、疲れ果てながらも生還の歓びを分かち合うクルーたち。


 四時間もの間、操縦桿と格闘し、緊張の極みにあったクルーたちは、皆、シャツ一枚で汗だくです。それは戦いを生き延びた者たちの、むさくるしい姿とも言えます。


 ギブソン機長はそんなクルーたちへ、このフライトの、最後の命令を下します。 


 「帽子と、上着と、ネクタイを!」


 彼らは、きっと全てのパイロットの規範となり得る真のプロとして行動し、決断したと、誇れるものを成し遂げました。


 だから、最後までプロのパイロットらしい装いで、機体を降りよう、と。

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