異世界勇者は筋肉スキルで無双する?

高村 樹

異世界勇者は筋肉スキルで無双する?

「本当に、そのスキルで良いんじゃな?」


俺を異世界へと誘った神が、スキル付与の儀式で何度も確認をとったのが何故か、今になってようやくわかったが、全ては遅すぎた。




数多のスキルの中から、俺が選んだのは≪筋肉増強・超極≫だった。


俺は生まれつき貧弱な体つきで、筋トレしてもなかなか筋肉がつかない体質だった。

高身長なのに肩幅は狭かったので、あだ名は「マッチ棒」、「スカイツリー」、「キャシャリン」などだった。



俺が赴く異世界には、多くの魔物が存在し、その魔物たちを統べる魔王を俺は倒さなくてはならないらしい。

魔王を倒してこの異世界に平和をもたらすことが俺の使命。


その使命を果たすのに最も役に立ちそうだと考えたのが≪筋肉増強・極≫である。


≪筋肉増強≫のスキルは、文字通り筋肉の成長率を増大させるスキルで、鍛えてもほとんど筋肉がつかないという俺の欠点を補ってくれる最適スキルだと思ったわけだ。

しかも、ランクは≪超極≫だ。

≪極≫でもすごそうなのに、さらに超が付いている。


神様によれば、このスキルは最近作ったばかりで、まだ選択した者がいないため、データがないらしい。

≪極≫でも十分強いらしいので、こっちにしたらどうだと何度も勧められたが、上位スキルがあるのに選ばない手はない。



魔物と戦ったり、逃げたりするにはやはり筋肉が必要だ。

筋肉が無ければ重量がある武器防具などは装備できないし、お姫様を救出しても抱き上げて歩くことすら出来ない。


勇者にとって、最も必要なものは勇気ではなく筋肉である。


時空の裂け目から、異世界に降り立った俺がまず最初にしたことは、うつ伏せ状態から起き上がることだった。


神様の荒っぽい転移方法により、空中に放り出された俺はうつぶせの状態で地面に落ちてしまった。


「痛てて。神様、酷いな」


鼻を強く打ったので鼻血が出てしまっているし、体の接地面が打撲になってしまったようだ。


「よっこいしょ!」


貧弱で枯れ枝のような両腕に力を込め、四つん這いになる。


その時、早速≪筋肉増強・極≫が発動した。


どうやら、一連の動きが筋トレと判断されたようだ。


腕立て1回からの、膝をついた状態のハーフプランク5秒維持。


俺の全身が熱く火照り、力が湧き上がるのを感じる。


さっそく、主に上腕二頭筋、腹筋 、胸筋、体幹が強化されたようだ。


「フォオオオオオオオオー!」


着ていた長袖シャツとTシャツが筋肉の膨張に耐えきれず、裂けてしまった。


「マジかよ。こんな程度の動きで、こんなに筋肉がつくなんて」


俺は喜びを抑えきれず、いきなりくっきりと割れたシックスパックをなぞってみた。

この異世界に鏡があったら、自分の体をじっくり観察したいところだった。


駄目だ。笑みがこぼれるのを抑えきれない。


貧弱貧弱と言われ続けて二十五年。


「私、強い人が好きなの」と初恋の人に振られたのをきっかけにマッチョになろうと努力したが、まるで筋肉がつかず苦労したのが嘘のようだ。


スキルをくれた神様にはどれだけ礼を言っても言い足りない。


俺は身体に引っかかった服の残骸を引きちぎり、体の埃を払いながら、立ち上がる。


おお、また体が熱くなってきた。


立ち上がる動作がまた筋トレと判断されたらしい。


大臀筋、大腿四頭筋、ハムストリングス、ヒラメ筋、腓腹筋などが膨張した。


下半身の筋肉が肥大化し、スリムジーンズとブリーフが先ほどと同様に引きちぎれる。


おいおい、下半身は駄目だろうと内心思ったが、先ほどの上半身の時と同様ニヤニヤが止まらない。


鏡があったら、ポージングしてみたい気分だ。


この僅か数分で、理想のアスリートボディを手に入れてしまった。


周囲を見回すと深い森の中であったし、人目はない。


俺は自分の体を見て確認したい欲求を抑えきれず、水辺を求めて森の中を彷徨った。


地面の傾斜でふくらはぎを中心とした部位に負荷をかかるので、その辺りの筋肉が熱い。

どうやら、≪筋肉増強・超極≫が順調に働いているらしい。


「ア~、ア、アーーーーー」


静かな森の中に裸でいることに高揚した俺は雄たけびを上げてみた。

気分はすっかりターザンだ。



水辺が見つからずさらに森を散策していると、どこからか助けを求める女性の声が聞こえた。


おお、いいぞ。

異世界に来て、勇者としての初仕事だ。


俺は、ウサイン・ボルトになった気分で、女性の声がする方向に全力で駆けた。


木々の枝など問題ない。

全てパワーで解決だ。


声を聞いてから駆けつけるまでほんの十数秒。


金髪の巨乳美少女がゴブリンどもに襲われている。


異世界物のテンプレだが、初めてあった異世界人が絶世の美少女で、その彼女を魔物から助けたことがきっかけで二人の恋が始まる。


いいね。異世界、最高!


「くらえ、POWER~」


気分はすっかり、アメコミのヒーローだ。


俺は十匹近いゴブリンを蹴散らし、金髪巨乳美少女に歩み寄る。


「いや~、変態!誰か、助けて。助けてください」


金髪巨乳美少女はすっかり怯え切った表情で、あらん限りの大声を上げた。


しまった。

筋肉の膨張で、今、俺は全裸だった!

しかも鼻血の跡もそのままだったから、ぱっと見ただの変態だ。


「待って、これには事情が! 大声出さないで、お願いだから」


金髪巨乳美少女の口を塞ごうと彼女の体を掴み、ごつく成長していた手を柔らかそうな唇に押し付けた。


グキッ!


「えっ!」


その感触の不快さに思わず声が出てしまった。

金髪巨乳美少女の首がありえない方向に曲がり、身体がひしゃげてしまった。


金髪巨乳美少女は白目を剥き、口と鼻から血を流している。


俺は改めて自分の体を見て愕然とした。

この数十分の山歩き、藪を手で払う動作、そして全力ダッシュ。

その全てが筋トレになり、俺の体を≪筋肉増強・超極≫が別次元の怪力の持ち主へと変貌させてしまっていたのだ。

丸太のような腕と脚。体幹は太く岩のようだった。

筋肉は大量にカロリーを消費するのか、皮下脂肪はほとんど消えて、重量級のボディビルダーのような体に変貌していたのだ。

ゴリマッチョどころの話ではない。

これではまるで超人ハルクだ。



「お、おい。お前、そんな恰好で何を……、ヒッ、ヒィ~」


声をかけてきた農民風の男が俺の姿に怯えて尻餅をついた。

その男の後ろには八人ほど似たような恰好の男達がおり、俺を見て一様に恐怖を顔に浮かべていた。

ひょっとしたら、先ほどの少女を捜索にきた者たちだろうか。


「人殺しの化け物だべぇ」


農民たちが石を投げたり、鉈を振り上げたりして威嚇してくる。


「ち、違う。俺はこの少女を助けようとしたんだ」


「嘘つけ~、アンナをよくも~」


罪悪感と非難に耐えきれなくなった俺は少女の死体を農民たちの方に放り投げ、背を向けて逃走を開始した。


くそっ、どうしてこんなことに!


この逃走中の一連の動きも全て、≪筋肉増強・超極≫が筋肉の成長につなげてしまう。

しかも、その筋肉は成長と維持に大量のエネルギーを食うらしく、次第に空腹と低血糖の症状で俺は動けなくなった。




気が付いた時、俺は見知らぬ村の広場にいた。

全身を鎖でぐるぐる巻きにされ、身動きが取れない。


鎖など無くても全身の倦怠感と虚脱感で身動きが取れない状態なのだが、農民たちには相当警戒されているようだ。


遠巻きに俺を取り囲む農民たちが「魔物を殺せ、殺せ」と怒気をはらんだ声を上げている。

あそこで泣いているのは、あの少女の両親だろうか。


俺はすっかり霧がかかったような意識の中で後悔した。


神様が何度も確認を取ったのは、作ったばかりのこのスキルに自信が無かったからだろう。


忠告を聞いて、≪筋肉増強・超極≫ではなく、≪極≫もしくは≪上≫ぐらいでやめておけばよかったのだ。




中庸は徳の至れるものなり。


これって、誰の言葉だったっけ……。










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