罰として隣国のブタ王子に嫁いだ悪役令嬢ですが、何がブタなのかよく分かりません。

kattern

第1話 悪役令嬢襲来の巻

 私の名はリリーナ・ムール。

 貴族の子女が魔法を学ぶヘラクリーズ学院に通う二年生にして『黒薔薇の君』と呼ばれる伯爵令嬢。学院の誰よりも気高く美しい淑女の中の淑女。


 しかし、それは仮初めの姿。

 その実態は――養父『ブロッケン伯爵』の命を受け、学院内で王党派の子息令嬢を罠にかけ破滅させる悪役令嬢。七人の悪魔と契約した私は彼らの力を借りて、学園内外を問わず暗躍をしておりましたの。


 宰相の息子と聖女の火遊びを曝き。

 陸軍大将の息子の隠し子を見つけだしては拉致し。

 神童と呼ばれる生徒会長の生き別れた義妹を懐柔して味方につけ。

 第二王子の家庭教師を務めながら『共和制』の素晴らしさを説く。


 熱心な共和制主義者のお養父とうさまの手駒として、私はヘラクリーズ学院に共和制の萌芽を蒔き、王党派の芽を摘み取りましたわ。

 そんな私の暗躍が実を結び、表向きは王党派ということになっている我が家から、私が皇太子の第三夫人として婚約することが決まりました。


 あとは皇太子を私の身体でたぶらかし、王政から共和制に移行するのみ。

 だったはずなのに――。


「この女がすべての元凶です! このイケメン王子たちがわちゃわちゃ大集合! 細かい政治体制や時代考証なんていいんだよ! 王子が多ければ多いほどこっちは捗るんじゃという――乙女ゲー『イケメン・プリンス・キングダム』の黒幕は!」


「な、なにを根拠にそんなことをおっしゃいますの⁉」


「うるさい! お前のような重箱の隅を突く女オタクをメタったようなキャラクターはお呼びじゃないのよ! くらえ、これがエンタメ転生ヒロインパーンチ!」


『ぶわぁあああああっ! こ、この力は間違いなく主人公の力!』


「バフォメットマン⁉ そんな1000万パワーのあなたが負けるというの⁉」


 突如学園に現れた庶民上がりのわんぱく女の手により、私は弁解する間も与えられず断罪された。あれよあれよと私の悪事は明るみとなり皇太子との婚約は破棄。さらに、謀略の露見を恐れたお養父さまは、私を『悪魔に憑かれた!』と切り捨てた。


 地位も名誉も家族さえも失った私。

 しかし、私に待っていた不幸はそれだけではなかった。


「喜べ、リリーナ・ムール。貴様の追放先が決まったぞ」


「……極東ですか? それとも南の砂漠? どこへなりとも送りなさいな! どうせ今生の私は死んだ身も同然!」


「くくくく、お前のような悪女でも利用価値はある。そう、敵対している隣国に贈る人質の花嫁としてはな」


「ま、まさか!」


「そうだ! お前は隣国の王子の妃となるのだ! 隣国マッスル王国の第二王子! 

『ブタ王子』と民衆に蔑まれているエクセルの花嫁にな!」


「そんな! いや……嫌ですわ! 『ブタ王子』の妃だなんて!」


「なにを言う! お前のように心の醜い女にはうってつけの婿であろう!」


 こうして私は隣国の王子に無理矢理嫁がされることになった。

 見送る者もいなければ祝福する者もいない。停戦・不可侵条約の証の空虚な結婚。

 貢ぎ物と数人の従者と共に、私はその日のうちに隣国へと送られた。


 馬車に揺られること七日六晩。

 遠く故郷を離れて西へ西へと向かう旅路の中で私は心を殺そうとした。

 貧民街に生まれ落ち、親も兄弟もいない身の上ながら、持ち前の口と腕っ節だけで生き延びてきた。リリーナという名さえお養父とうさまに拾われるまでなかったのだ。


 もとより私は家畜。

 あるべき姿に戻るだけ。


 ならば、家畜の王に嫁ぐのも仕方ない――。


「うぅっ! どうしてこんなことに! なぜ! なぜ裏切ったのお養父とうさま! 私のような娘がいない国を目指すのではございませんでしたの!」


『お嬢……!』


「嘘つき! みんな嘘つきですわ! みんな死んでしまえばいいのですわ!」


 しかし、いくら言い聞かせても、私の心は死ななかった。

 貧民街でお養父とうさまに拾われて、私の中で目覚めた自我は殺せなかった。

 たとえ彼の人形だったとしても。それでも、一度手に入れた自由と理想を捨てて、家畜の生を受け入れることなど私にはできなかったのだ。


 結局、深い失意を抱いたまま、私は隣国の王都の門をくぐった。


 紅い砂漠の中に佇む黄金の都。

 熱砂の大地を這う大河のほとりにある理想郷。

 東西交易の拠点にして、人と物資と人類の智慧に溢れた都市。


 マッスル王国王都ユーデ・タ・マーゴ。


 都の中央にある白亜の城。

 すべてが大理石で組み上げられた王の住居。


 その迎賓室で私を出迎えたのは――。


「遠路はるばるよく来てくださった。私が、マッスル王国第二王子エクセルです」


「……ホルモン王国伯爵令嬢のリリーナ・ムールです」


「なるほど『黒薔薇の君』の名に違わぬ美しさだ。どうか楽にしてくれたまえ」


「……これが、本当にブタ?」


 精悍な身体付きをした金髪紅顔の美男子であった。


 白いシルクの生地に幾何学模様が編み込まれた裾長の貫頭衣。

 その上から黒曜石のような妖しい光を放つ薄手のコートを羽織っている。

 頭には鮮やかな黄色で染め抜かれた織物が巻かれたい。


 そして――その厚い胸板。


 学院で数多くの男性と接してきた私だが、このように衣服をはちきらんばかりの胸板をした男を見るのははじめてだった。皇太子はもとより、陸軍大将の息子でもこれほどではなかった。


 1000万パワーの悪魔『バフォメットマン』に匹敵する優れたフィジカル。

 それとなく毛繕いされた胸毛に、私はごくりと喉を鳴らした。

 しかし、いささか黙り込むには間が悪かった――。


「ブタ王子とはひどいな。君もそんな噂を信じる口かい?」


「……はっ! いえ、すみません!」


「すまない、私も少々意地が悪かったな。遠い国には、人の風聞というものはいささか穿った形で伝わるものさ。なまじそれが仮想敵国ともなれば……ね?」


 憂いを帯びた顔をそっと私から背けるエクセルさま。

 そんな彼の表情に、私は――自分と同じ悲しみを確かに見た。


 思えばこの第二王子も不遇な生まれだ。元は王子でありながら、つい先日までその存在を忘れ去られていたのだとか。異国での流浪と冒険譚を経て、ようやくその活躍が現王の耳に入り「それは我が息子、エクセルに違いない!」と迎えられたとか。


「旅の疲れもあるだろう。婚礼の儀は後日にして、しばらくゆっくり休むといい」


「エクセルさま!」


「君の立場は分かっている。大丈夫だ、安心したまえ。私の目が届く限り――少なくともこの王都の中では、君に何人も危害を加えさせないと約束しよう。そして、望まぬ婚姻を負い目に感じることもない」


「そんな……私は!」


「では、失礼するよ」


 誤解を解く暇もなく私たちの顔合わせは終った。

 悲しい笑顔と仄かなジンジャーの臭いを残してエクセルさまは立ち去った。

 どうしたらいいのか。いや、どうするべきだったのか。私は彼の立ち去った廊下に続く扉を眺めて、胸に手を当てた。


 追放が決まってから今日まで凍り付いたように静かだった心臓が、熱く脈打っているのを感じる。


 私は、やはりエクセルさまのことが――。


「おっとお嬢さん、ブタ王子に惚れるのはまだ早いぜ」


「誰⁉」


 その時、エクセルさまが立ち去った扉から破足の男が姿を現わした。

 エクセルさまに負けじと劣らない金髪を短く刈り上げ異国の服を着ている。


 さらに――またしても悪魔『バフォメットマン』に勝るとも劣らない体躯。

 エクセルさまと比べると一回りほど小さいように見えるが、常人には感じられないファイティングスピリッツを感じさせた。


 この男――できる!


 彼は扉の枠に背中を預けると流し目でこちらを見やる。


「アンタはエクセルマンの本当の姿をまだ何も知らない。どうしてアイツが、ブタ王子と呼ばれているのか。そして、そう呼ばれるのをよしとしているのか」


「どうせ、私の国が流した事実無根の噂でしょう」


「ふふふっ、そう思うなら、今夜王都の建国広場に来てみるといい。きっと、面白いものが見れるだろうさ」


「待って、貴方はいったい!」


 思わせぶりなことを言うだけ言って去ろうとする男に私は名を尋ねた。

 すると男は、キザったらしい鼻につく笑顔を浮かべて――。


「テーリィと呼ばれている。エクセルマンの古なじみでね。その縁あって、このマッスル王国で世話になっている破落戸さ」


 と、その名を告げた。


◇ ◇ ◇ ◇


「うぉーっ! いくぞ、テーリィマン!」


「まかせろエクセルマン!」


「ブフォフォ! 無駄だ! 我ら完璧ゲルマン人に隙はない――!」


「いや、待つんだビック・ザ・シャトー! この技は――!」


 その光景を見た瞬間、私はすべてを理解した。

 頭の中に蘇ったのは前世の記憶。現代日本。ジャンプ黄金時代。神谷御大。


 そして――お兄ちゃんが大事に持っていたキン消し。


「喰らえ! これが筋肉バスターと、筋肉ドライバーの合わせ技!」


「そして正義シュメール人が持つ友情パワーが生み出した奇跡!」


「「奥義! マッスルドッキング!!!!」」


 建国広場に突如現れたプロレスのリング。

 そこでブタみたいなマスクを被って戦うマスクヒーロー。

 しかし、その類い希なる筋肉を見れば誰だかは一目瞭然。仮面を被っていても、その恵まれたマッスルは隠しきれない。


 リングの上で戦っているのはエクセルさま。

 そして、彼と一緒に戦っているのは破落戸のテーリィに違いなかった。


 いや、というか、うん――。


「やったぞブタ王子!」


「完璧ゲルマン人を倒した!」


「ゲルマン人の大移動に勝ったんだ! 流石は俺たちのブタ王子だぜ!」


「ブタ王子バンザイ! ブタ王子バンザイ!」


 額に肉と書かかれたマスクは確かにブタのよう。

 そういえば元ネタにも、マスクのせいでブタと間違えられて地球に捨てられたとかいう設定あったよなぁ。うん、たしかお兄ちゃんの本棚で読んだ気がする。

 あと、マスクの下は普通に美青年とかいうのも。


 そっかー、なるほどー。(茫然自失)



「間違いない! エクセルさまはブタ王子だ! というかキン○マンや!」



 どうやら私は、乙女ゲーの世界に転生したようだ。

 しかも、シナリオライターがゆで信者で、ちょいちょいネタを仕込んでるタイプのふざけた乙女ゲーの世界に。


 シナリオライター! もっとええ奴つかえや! 乙女ゲーぞ!(ブチギレ)


 いや! 私も肉は好きだけれど!

 ブロッ○ンJr.とラー○ンマンで、ご飯いくらでも食べられるけど!



「そんな……! ブタ王子が本当にブタ王子じゃなかったのは嬉しいけど! 元ネタがキン○マンだなんて……! 私はいったいどうしたら!」


『気を確かに持つんだお嬢!』


「バフォメットマン!」


『それと、今まで黙っていたんだが。俺は実はバフォメットじゃなく、バッファ』


「いわせねえよ⁉」



【了】

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罰として隣国のブタ王子に嫁いだ悪役令嬢ですが、何がブタなのかよく分かりません。 kattern @kattern

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