世界でいちばんやさしい筋肉の人

にゃべ♪

伝説の筋肉の人

 昔々のその昔、むちゃくちゃ筋肉のすごい人がおりました。名前をガルと言います。彼の筋肉は比類なく絶大で、並ぶものは誰一人おりません。筋肉と言えばガルと言うほど、多くの人に知れ渡っておりました。世界で一番有名と言っても過言ではないほどです。

 彼はその自慢の筋肉を使い、何でも気合で何とかしました。それで本当に何とかなってしまうのもあって、世界中のあちこちで引っ張りだこです。


 大きな木を軽々と持ち上げてあっと言う間に建物や橋などを作ったり、災害で道を塞いだ岩をどかしたり、海の埋め立てでも何人分もの活躍をしてあっと言う間に陸地を作ってしまったり、通行の邪魔になる山を平らにしてしまったりと、その伝説には限りがありません。


 彼は怪我をしても気合で治します。当然、病気をしても気合で治します。彼の筋肉は気合によって何でも治せてしまうようでした。

 その気合は自分に対するものだけではなく、人々の争いを止めるのにも応用されました。どんなトラブルの現場に出くわしても、気合を入れた彼が現れるだけで問題は立ち消えてしまうのです。それだけの存在感がありました。


 ガルは争いが嫌いで、争いを目にしたらいつもすぐに止めに入ります。彼に仲裁に入られると、どんないさかいもそこで終わりました。だからこそ多くに人に好かれ、特に子供達にとっては人気のヒーローでした。

 ガルの周りにはいつも多くの人が集まってきます。それは、いつも笑顔の彼の側にいるのがとても心地良かったからでもありました。


 しかし、ある日を境にガルは引きこもってしまいます。何故なら、彼はたまにやりすぎる事もあり、その時にクレームも出ていたからです。肉体的には無敵に近い彼でしたが、意外とメンタルは繊細でした。

 引きこもってしまったガルはすっかり陰キャになってしまいます。それでも筋トレは欠かしません。彼は黙々と自分の筋肉を育てるのでした。


 それから長い年月が経ち、表に出てこなくなったガルは次第に人々から忘れ去られていきました。その間にも人類は高い文明を作り上げていきます。やがて、自分の肉体を使うより機械にそれをやらせるようになっていきました。

 時代はもう筋肉ではなくなっていたのです。そう、筋肉よりも知性こそがパワーになっていました。


 文明を加速させた人々は、科学を過信して星の力を使い果たそうとしてしまいます。自然界の循環は乱れ、その影響が人々の生活にも現れてきました。このまま行くと人類は世界と共に自滅してしまう事でしょう。

 筋肉を鍛えていた事でその危機に気付いたガルは、悲劇を回避させようと表の世界に出る事を決意しました。何百年ぶりの外の世界はすっかり変わってしまっています。浦島太郎状態の彼はしばらく放心してしまいました。


 ガルはこの行き過ぎた人間中心の社会に警鐘を鳴らしますが、知名度を失った彼の話に耳を傾ける者はいません。それより、その過度に発達した彼のシルエットに多くの人は恐怖を覚えます。

 この時代になると鍛える者は1人もいなくなっており、モリモリの鍛え抜かれた肉体を持つガルは、想像上の化け物のような存在になってしまっていたのです。


 彼は街に出て必死に訴えますが、時の政府に捉えられてしまいました。本気で振り払えばどうとでもなったのですが、ここで暴れたら誰も話を聞いてくれないと思った彼は素直に連行されていきます。

 捉えられた彼は注射をいくつも打たれて眠らされ、多くの研究者達によって徹底的に調べ尽くされました。


 その体の構造、細胞の採取、そして培養、いつの時代も人間の考える事は変わりません。軍部は無敵の兵士を作ろうとしたのです。科学の力があればガルの肉体を再現するばかりか、大量生産も可能になると、そう考えたのです。

 しかし、鍛え抜かれた、いや、鍛え抜かれすぎたその肉体の再現は簡単には行きませんでした。どれだけクローンを作っても、それらはすぐに身体が崩壊してしまいます。そう、ガルの肉体はこの時代の科学力を持ってしても再現不可能だったのです。


 研究者達が純粋な好奇心で彼の身体を調べまくっていたその頃も、人々は相変わらず自分勝手に自然の力を搾取しまくっていました。バランスを崩した世界はあらゆる災害となって人類に襲いかかります。大雨、洪水、大寒波、火山の噴火、大地震とあらゆる天変地異のオンパレードです。

 人々は持てる力の全てを使って対応しますが、そこに神様が現れました。自らが人類に罰を与えにやってきたのです。


 光輝く全知全能の存在は、今までに人類が築き上げたものを何もかも破壊していきます。それはガルを研究していたラボも同様でした。開放された彼は、崩壊されていく世界を目にして神様を止める決意をします。

 ガルは自分の筋肉を鼓舞して、フルパワーを発揮しました。究極に鍛えられた筋肉は光を放ち、神様の光と変わらないほどの輝きを生み出します。この時、ガルはこの日のために鍛えていたのだと自覚しました。


 こうして、人類を滅ぼそうとする神様と、それを止める人類最強の男との戦いは始まりました。普通に考えたら、神様に敵う人間なんているはずがありません。

 けれど、鍛えまくって筋肉を極限にまで高めていた彼は、いつしか神様と等しいほどのパワーを得ていたのです。とっくに人の器を超えていました。


 この戦いは7日7晩続いて決着が付きません。ガルはこれ以上破壊が進まないように神様を押し留め、新たな被害の発生を必死に食い止めます。

 けれども、8日目の朝、先に限界が来たのはガルの方でした。彼は倒れましたが、神様もまた満身創痍でした。


 光輝く存在は、人類に対する警告を残して空の彼方に帰っていきます。必死に止めようとしたガルの頑張りに免じて、神様は手を引いてくれたのでした。

 こうして人類は総人口を3分の1に減らしながらも、何とか命を繋ぎ止める事が出来たのです。


 生き残った人々は、彼の功績を讃えて語り継ぐ事にしました。そして、筋肉の素晴らしさにも目覚めます。誰もが肉体を鍛え始め、そこから世界の調和の意識に目覚めていきました。筋肉が人々を繋ぎ、真理への理解を深めていきます。

 人々の意識が変わる事によって、少しずつ世界は平和になっていったのでした。



 おしまい。

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