【KAC20235】ジャムの蓋が開けられないから筋肉を買いに行く

猫月九日

ジャムの蓋を開けるには指の筋肉も必要だ

 底辺Web作家であるところの僕は、あまりのその不甲斐なさかに天才ハッカーである妹にノベリストAIロボット、アイザックを与えられた。

 そして、今日もアイザックと共に、小説を書いていきます。



「筋肉が足りない……」


 僕はつぶやいた。


「えっ?何言ってるのお兄ちゃん」


「珍しく頼んできた妹の頼みも聞けないなんて……、それもこれも筋肉が足りないからだ!」


「たしかにジャムのフタ開けてってお願いしたのは、あたしだけど。しょうがないよ。これ相当硬いもん」


 妹がビンをひねるが全く開く様子がない。


「……買ってくる」


「えっ?」


「今から筋肉買ってくる!そしてそのジャムを開けるぞぉ!」


「えっ?そんな今から!?」


「何、明日の朝までには帰ってくるさ」


「お兄ちゃん!これから夕食……行っちゃった……」



 筋肉はどこで売ってるだろう。

 コンビニには流石にないよなぁ……

 あ、あそこなら売ってるはず!


「筋肉と言えばやっぱりここでしょう」


 やってきたのは近所のドラッグストア。

 ここでならきっと、いい筋肉が売っているはず。


「いらっしゃいませ」


 店員さんの挨拶を軽くかわし、筋肉を探す。

 しかし、


「なん……だと!?」


 お目当ての筋肉は見つからなかった。

 足の筋肉や表情筋は売っているのに、なぜ腕の筋肉が売っていないのか!

 足の筋肉じゃ、ジャムのフタを開けられないじゃないか!


「足でも……開けられるか?……いや、やめておこう」


 ジャムは食べるものだ、それを足で扱うのは気が引ける。


「すみません、腕の筋肉は売っていないんですか?」


 たまらず僕は店員さんに聞いてみることにした。


「おい、兄ちゃん。今腕の筋肉って言ったか?」


 なんでドラッグストアの店員やっているのか不思議なくらい強面の男性店員に凄まれてしまった。

 しかし、僕には腕の筋肉が必要なのだ。


「妹が家で待ってるんだ!腕の筋肉をくれ!」


 渋る店員に30分ほどかけて、ジャムのビンを開ける必要性を熱弁した結果。


「裏に来な」


 小部屋に案内されることになった。中には、ベッドが一台。


「こいつをつけて、横になりな」


 渡されたのは、アイマスクだ。

 なるほど、流石に腕の筋肉ともなると、秘密の取引となるらしい。

 僕は大人しく、アイマスクを付けてベッドの上で横になる。


「ちょっと待ってな」


 そう言って、強面店員さんが出ていってしまった。

 ここに来てようやく、僕は何かおかしいのでは?という気持ちになった。

 僕は腕の筋肉を買いに来ただけなのに、何か間違えている気がする。

 ……そうか!ビンのフタを開けるなら、指の力も必要じゃないか。

 失敗した、指の筋肉も必要だと店員さんに伝えなくては。

 そう思って起き上がろうと、すると、


「いらっしゃ~い」


 先程の店員さんとは違う明らかに女性の甘ったるい声。


「あらあら、起き上がっちゃ駄目よ」


 そうやって僕はまた優しく寝かされる。


「あ、あの!」


 指の筋肉のことも説明しようとすると。


「大丈夫、わかってるから。お姉さんに任せなさい」


 優しく、頭を撫でられてしまった。

 なんだか、安心する。まるでお母さんに撫でられているようだ。


「それじゃあ、そのまま服を脱いじゃいましょうね」


 流れるようにパジャマを上下脱がされる。

 お風呂上がりでこれから夕飯を食べるところだったから、パジャマだったのが少し恥ずかしい。


「あらあら、パンツを履いていないなんてやる気マンマンね」


 僕は出かける時はパンツを履かない派なので、履いていないのはいつものことだ。


「いい筋肉してるわね~」


 そう言ってお姉さんが僕の身体を撫でる。

 くすぐったい、でもここで声を出すわけにはいかない。


「もう、我慢しなくてもいいのに」


 ちょっと不満そうなお姉さんだったけど。


「それじゃあ、はじめましょうか」


 そう言って、お姉さんは僕から離れ、何かを持つ音がする。

 ギュイーンという凄い音が聞こえる。

 歯医者と妹の部屋以外にこんな音を聞いたのは始めてだ。


「それじゃあ、換装施術を開始するわね~痛かったら教えてね~」


 そう言って、ギュイーンという音が段々僕の方に近づいて……

 僕はたまらず、アイマスクを取った。



「というところで、覚めたんだけどどう思う?」


「夢オチは流石にどうかと思いますよ?」


 僕の説明に、アイザックはそっけない返事をした。

 アイザックは妹が作ってくれた物書きAIロボットだ。

 とても頼りになるんだが、ちょっとずれているところがある。


「いや、今回に限って言えば、ずれているのはマスターさんの頭では?」


 モノローグにツッコミを入れないで欲しい。


「夢なんて荒唐無稽ではあるけど、流石に変な夢だったなっていう自覚はある」


 思い出してみてもおかしい夢だったとは思う。

 とあるWeb小説サイトの投稿テーマが『筋肉』というのが発表されてどうするかなぁ、なんて悩んだまま寝たらそんな夢を見てしまった。


「欲求不満なんですかね?それとも、自傷癖が?」


「あー、あのままだったらどうなってたのか正直気になるなぁ」


 エロい夢……のようなホラーのような?


「換装ってことは腕の取替とかなのかな?」


「人間に換装機能はないはずですが?」


「お前はあるけどな」


「私はロボットですし」


 ロボットにはそもそも筋肉とか関係ないしね。


「あの音、明らかにチェーンソーだったんだよなぁ」


「ホラーというよりもスプラッタですね。そんな趣味が?」


「ねぇよ!前に見た映画でトラウマだわっ!」


 思い出しても怖い映画のことは忘れる。


「ともかく、この夢とか参考にしてなんか面白い話作ってくれ」


「また、凄い無茶振りですね。まぁやりますが」


 文句を言いながら、考え始めてくれるアイザックは非常に頼りになる。

 僕は待っているだけ、


「お兄ちゃんいる?」


 と妹が入ってきた。


「あのね、このジャムのビン開けてほしいんだけど」


 そう言って、ジャムのビンを渡される。

 ……なんか夢でもジャムのビン開けようとしてたよなぁ。

 まぁ、あれはただの夢。

 ジャムのビンを受け取った僕は、力込めて。


 バリンッ!!


 思いっきりビンが割れた。


「きゃっ!」


 破片が飛んで妹が身をかがめる。

 だけど、ジャムだけは避けられなかった。


「もう、べちゃべちゃだよっ!」


 文句を言いながら、顔についたジャムをぺろりと舐める。

 なんでこのジャム、真っ白なの?なんかそのせいで嫌に官能的に見える。

 いやいや、妹をそんな目で見るのはないな。

 呆然と見ている僕に妹はプンプンと怒る。


「もう!いくらいい筋肉買ってきたからって、瓶ごと壊しちゃ駄目でしょ!」


 …………


「……えっ?」


 そうか、あの店員さん。

 ちゃんと指の筋肉もつけてくれたんだな。

 いい店員さんに巡り会えてよかったなぁ。

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