推し疲れのエゴイスト

蒼樹里緒

本文

 ハマっていた女性向けのソーシャルゲームが、炎上した。一部キャラクターの立ち絵や課金アイテムに、他人様の写真や絵画からの盗用が、多数発覚したのだ。

 一企業が平然とこんな権利侵害の愚行をやらかすのかと、私は悲しかったし呆れ果てた。

 しかも、SNSの公式アカウントでは、問題について調査中と告知したそばから舞台化の告知までしれっとして、さらに呆れた。元々決まっていたこととはいえ、せめて発表を数日ずらすとかできなかったのか。

「当事者でもないのに騒ぎすぎ」

「運営がやらかしても、キャラに罪はないし」

「ソシャゲでのパクリなんて、よくあることじゃん」

 当時SNSでつながっていた周りの人たちの反応も、こんなのだらけで。私は、絶望して自分のアカウントを消した。盗作や盗用を肯定するような人たちとは、一生関わりたくなかった。

 私だって、そのゲームにいわゆる『推し』のキャラクターはいた。それでも、運営や一部ユーザーの舐め切った態度に嫌気が差していたし、自分の気持ちに嘘をついてまで遊び続けたくはなかった。キャラに罪はないなんて堂々と言えるのはユーザーじゃなくて、そのキャラクターを生み出した関係者だけだと思う。盗用騒動をきっかけにすっぱりやめて離れたのは、自分の精神衛生を保つためにも正解だった。

 その厚顔無恥なゲームは今も性懲りもなく存続しているし、盗用コンテンツに金を落とす浅はかな人間が多いことにも幻滅した。

 その後も、何故か私の触れるアニメやゲームで盗用問題が頻発して、そのたびに裏切られたような気持ちになってしまった。ここまで来ると、もう私に何も好きになるなっていうのか。呪われているのかとさえ考えた。

 私が小説を書き始めたきっかけは、小学生時代に観た大好きなファンタジーアニメの原作ライトノベルだ。私も、こんな非日常の世界や物語を創ってみたい――そう夢見たのに。

 こんなことがまかり通る世界で、創作活動を続けたって意味がない。

 中学時代から小説を地道に書き続けていた私は、つらすぎて筆を折ろうとさえ考えた。

 でも、号泣する私に父が言った。

「ずっと好きで続けてきたことなんだから、やめたらもったいない。今は休んで、書きたくなったらまた書けばいいじゃないか」

 その言葉に、また別の意味で泣いた。

 家族や友人の支えのおかげで、世の中に権利侵害コンテンツがあふれても、私は小説を書き続けているけど。

 次の問題は、私がバーチャル配信者にハマってから起きた。

 推しの配信者が所属していた企業の事業部が、解散することになった。推しを含めた配信者たちも、全員卒業すると発表された。そこまでは、別によかった。

 その数か月後、元の事業部で一期生として活動していた一部の配信者四人が、別企業で『転生』した。週刊誌みたいに、ジャンル不問のゴシップを取り上げるってコンセプトの配信グループ。その中には、推しもいた。その企業の社長は、元の事業部でプロデューサーだった人物。

「は? 何やってんだよ」

「こんな形の転生なんて、望んでないんだけど」

「そりゃ帰ってきて欲しいとは思ってたけどさぁ……」

 転生前のファンの多くは、彼女たちがそんな活動をし始めたことに悲しんだり怒ったりした。そりゃあ、そうだ。私だって、心底ガッカリした。他人の不幸を飯の種にする時点で、色々と終わっている。こんな活動に走る推しのグッズやボイスなんて、当時買わなければよかった。過去に見切りをつけるため、吹っ切って全部処分した。

 元プロデューサーの女社長も『プロ歌い手研究家』を自称して、歌い手やそのファン、アンチに物申すゴシップ系動画投稿活動を始めた。代表本人からしてそれなら、元一期生たちをそんな活動に巻き込まないで、最初から一人でやって欲しかった。アンチとのレスバトル動画で収益が五万円もらえた、なんてSNSで自慢していたけど。チャンネル登録者数がなぜか五桁なのに、一本の動画でたった五万円しか得られないのか。五千万円とか五億円とか五兆円とかになってから言って欲しい。

 彼女の過激な活動や発言に、社会経験のない未成年者こどもがたくさん騙されて感化されているけど、彼らの将来が心配になるし親の顔が見たい。

 そして、さらに呆れる出来事があった。元推しは、ゴシップ配信者とは別の名義で、別の推しとボイスドラマを作って共演したのだ。堂々とキャスト対談配信までしたし。面の皮が厚い、っていうのは、まさにこういう人物に使うんだろう。ゴシップ配信者としての活動をやめてからそうするなら、まだ理解できた。声も話し方もわりと特徴的だし、知る人が聴けば一発でわかるのに。絶対にバレないとでも高を括っているんだろうか。

 ゴシップ配信グループでの活動も、彼氏ができたからって理由で無期限休止宣言もした。いや、潔く脱退しろよ。彼氏さんにも胸を張って言えるのかよ、その活動内容。中途半端にズルズル関わり続ける意味がわからない。

 その後も、元推しはその別名義のSNSアカウントで舞台出演告知までした。

「今度、舞台に出ます。詳細が気になる人はDMください」

 それがきっかけで、私はついに元推しの『中の人』を知ることになった。一部のファン数人が、本人の役者としての顔出しSNSアカウントをフォローして、その投稿に『いいね』ボタンも押していたから。中の人は、小規模の芸能事務所に所属している新人声優だった。

 推しがゴシップ配信者と交流しているなんてバレたら、ファンが幻滅して離れるかもしれないのに。そういう迷惑がかかるリスクも、本人は一切考えていない。バーチャル配信者になる前から、顔出しの活動もしていたくせに。

 もう色々と馬鹿馬鹿しくなった。当然、そのボイスドラマやキャスト対談を聴く気なんて全然湧かなかったし、一生触れない。

 私は、誰かや何かを『推す』のには、根本的に向いていないのかもしれない。自分が好きな作品やコンテンツも全部人間が創り出したものなのに、人類まるごと嫌いになりそうだ。自分が人間として生きていることすら面倒になってくる。あーあ、自分も含めて人間ってなんて愚かなんだろう。なんで、私は人間として生まれてきてしまったんだろう。来世なんてなくていい。あるとしても、生物以外のものに生まれ変わりたい。

 安楽死が、国で合法化されて欲しい。死ぬ勇気もないから、結局今日も惰性で生きるしかないんだ。小説って手段で創った『自分にとって都合のいい世界』に閉じこもりながら。


 私みたいな推し疲れのエゴイストには『推し事』なんて不似合いだ。

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