その黒猫には悟られている

惣山沙樹

その黒猫には悟られている

 わたしはとんでもない危機に直面していた。

 た、た、体重が……過去最高値を記録していたのである。

 これでは、付き合ったばかりの彼女である真由美にも、そっぽを向かれるかもしれない。なのでわたしは、覚悟を決めて筋トレを開始した。

 ネットで調達した、水を入れて重さを調節できるダンベルを持ち、必死に上げ下げする。全ては彼女のため。美ボディを作るためなのだ!


「綾子、最近やつれてない?」

「ちょ、ちょっと、筋トレをね……」


 大学内のカフェで、わたしはアイスコーヒーを飲んでいた。いつもならシロップを入れるところだが、体重減のためだ、我慢してブラックだ。


「筋トレ? いきなりどうしたの?」

「ダイエット」

「そんなことしなくても、綾子は十分スタイルいいと思うけど?」


 真由美の指が、つうっとわたしのお腹を撫でた。わたしはささっとその指を振り払った。


「ダメダメ! 腹筋割れてから!」

「えー? お触りしたいなぁ。えいっ」


 なおも真由美はわたしのお腹をくすぐろうとしてきた。へっへっと変な声が漏れる。しかし、こうしているのも筋トレになるかもしれない。わたしは腹部に力を入れた。真由美が言った。


「そうだ、この後古本屋行こうよ」

「また? あの猫目当てでしょう?」

「うん。あの黒猫、慣れててすっごく可愛いよね」


 わたしたちは「青猫堂」に向かった。いつもの黒猫が、わたしを見ると誘うかのようにとある本の上に座った。


「なに? それ買えってか?」


 近付くと、黒猫はさっと本から降りた。その本は、二十年近く前に流行ったダイエットの本だった。わたしは息を飲んだ。


「すごいね、綾子。やっぱりこの子、特別な力があるんじゃない?」


 真由美は黒猫の喉を撫でた。ちらり、とわたしの顔を見てきた奴は、あざ笑うような目付きをしていた。

 わたしはぐぬぬ、とその本を手に取り、購入した。全ては愛しい彼女のために。ダイエット、成功してみせるぞ!

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その黒猫には悟られている 惣山沙樹 @saki-souyama

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