愛しのあの娘を落としたい

夢空

第1話

 吾輩は猫である。名前はレオという。

 吾輩は今恋をしている。ご主人が時々外に連れて行ってくれるお出かけの日、吾輩達猫はある建物の部屋に集められるのだ。そこに咲く高嶺たかねの花、ペルシャ猫のソラ殿こそ吾輩の意中の相手である。

 無論ライバルも多い。それとなく周りに探りを入れてみたが、ソラ殿の話になると途端に声が上擦り始める。ソラ殿にアタックし、玉砕した者も多いと聞く。つまり、未だソラ殿はフリーなのである。


 しかし吾輩に秘策あり。吾輩には他の猫にはない特徴を持っている。それがスフィンクスであるが故の無毛。普通の猫では毛で隠れてしまう筋肉こそ、吾輩だけが持つ武器なのである。

 吾輩はこの自慢の筋肉を徹底的に鍛え上げた。無駄な脂肪がつかないようにご主人からのおやつを我慢し、毎日部屋の中を駆け回る。時々ご主人がやっているウデタテ? やフッキン? も取り入れてみたところ、ご主人がなにやら大騒ぎで光る板のようなものを向けてくるようになったので、それはこっそりとやるようになった。



「……時は来た」


 吾輩は自分の体が映る不思議な板の前で体の仕上がり具合を確かめる。無駄な肉など一切ない、まさに完璧な肉体! これこそ、吾輩が求めていたものである! これならば、あのソラ殿でさえ、吾輩にメロメロになるであろう。


 そして一堂に会する日がやってきた。ソラ殿はいつも通り、高い建物の一番上で丸まり、眠たげな目で吾輩達を見下ろしている。

 胸の鼓動が高鳴る。しかし臆する事など何もない! 吾輩はソラ殿の元に歩み寄っていった。

 他の猫達がザワつく音が聞こえる。悪いな、ライバル達よ。今日この日、吾輩はソラ殿を貰い受ける!


「ソラ殿!」


 吾輩は初めてソラ殿に声をかけた。ソラ殿は吾輩を見ると、眠たげだった目が大きく開いていく。来た! これは間違いなく脈アリである!


「吾輩と……吾輩と付き合っていただけないだろうか!」


 無駄な言葉は必要ない。吾輩の誠意と、この鍛え上げた肉体でいざ尋常に勝負!

 その時、ソラ殿がポツリと呟いた。


「キモい」


「……は?」


 ありえない言葉が聞こえた気がした。キモい。今、ソラ殿はキモいと申されたか?


「そんな、そんな馬鹿な! 吾輩はソラ殿のためにこの体を……」


「猫はね、毛並みとふくよかさで美しさが決まるのよ。なのにあなたは何? その筋張った体。キモい以外の感想はないわ。私の前から消えてちょうだい」


 ……負けた。完膚なきまでの玉砕である。ここまで言われては引き下がるしかない。吾輩はうなだれて、ソラ殿の前からトボトボと去った。

 皆の視線が痛い。ええい、ままよ! この哀れな道化を笑うがいい! 所詮毛のない猫など猫として扱われぬのだ。


「あの……」


 自暴自棄になっていた吾輩の元に声がかけられた。見れば一匹のアメリカンショートヘアの猫、確か名前はきなこ殿と言っただろうか。


「どうした、貴方も吾輩を笑いに来たのか!」


「ち、違います! その、あなたの体がとてもたくましいなって」


 耳を疑った。先程キモいと言われたこの体がたくましい?


「あなたはソラさんが好きかもしれないけど、私はあなたが好きです!」


「本当に……本当に吾輩で良いのか?」


「あなたがいいんです!」


 その言葉に救われた気がした。吾輩の良さを分かってくれる猫がここにいる。その事実だけで十分だった。吾輩には、彼女が天使に見えたのだ。


「……ありがとう。吾輩からもぜひお願いしたいのである」


「はい!」


 そうして吾輩ときなこ殿は付き合う事となった。きなこ殿の愛したこの筋肉を保ち続けるため、吾輩は今日もトレーニングに勤しむのである。

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