俺が信じるものと彼女の嘆き

冴木さとし@低浮上

最終話 その考えは穏便に言っても致命傷

 俺は蟹島かにじま省負郎しょうぶろうだ。鏡でモスト・マスキュラーを確認し、俺の筋肉は美しいと見とれる。上腕二頭筋と大胸筋、そしてこの鍛え上げた両脚。ド迫力の筋肉を見よ! 大胸筋の筋肉を片方だけ動かすのなんて余裕だ。ピクピクさせてやろうか!? 


 そんな俺には付き合っている彼女がいる。可憐で華奢な彼女と付き合い始めて1ヶ月。ほやほやだ。そんな俺の彼女に大胸筋をみせつけて「キャーカッコイイ―!」なんて二人きりで言われてる時がたまらなく幸せだ!


 初デートもスポーツクラブで、俺の筋肉を育てている様子をこれでもかと見せつけた。俺のことを彼女には知っておいてほしい。うそ偽らざる気持ちだった。だから俺は彼女には見ていて欲しかったのだ。


 俺たちの交際は順風満帆だと思っていた。ところが、知らない優男と俺の彼女が腕を組んで楽しそうに歩いていた。俺はその場で「ちょっと待って。これは一体どういうことなんだ?」と問い詰めた。彼女は


「省負郎のことは好きだけど、休日のデートが省負郎の訓練をただ見ていろ、なんてつまらない。努力の過程は見せつけるためのものじゃない。一緒に楽しむもの。ついでに言っておくと、鳥のササミばかり食べ続ける省負郎との生活に、私はきっと耐えきれない」

 と俺をののしった。隣の男は「マジで?」と驚いていた。


 彼女は腕を組んだ男と捨て台詞を残して去って行った。こんな理不尽なことがあるだろうか。けれども俺には愛する大胸筋と腹筋、背筋、その他諸々の筋肉たちがいる。


 鍛えれば鍛えるほど俺の期待に応え、さらにたくましくなっていく。俺の鍛え上げた筋肉たちは文句なんて絶対に言わない。俺が音を上げるまでトレーニングに付き合ってくれるのだ。そんな筋肉たちを俺は信じようと思った。


 俺がもっと筋肉を鍛え上げていれば、彼女は俺を捨てるなんてしなかったに違いない。だってこいつら筋肉は俺が最も信じるものたちなのだから!



 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺が信じるものと彼女の嘆き 冴木さとし@低浮上 @satoshi2022

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ