えにしの下の
サイノメ
えにしの下の
人の行きかう雑踏。
その騒音を打ち消すように、いやそれを上回るほどの音が鳴り響く。
そんな大音響をまき散らすのが俺たちの仕事だ。
もちろん大音響はあくまで副次的なものだ。
では職業は何かと言われると
なので俺はもっぱら大工でとおしている。
それはそれで本当の棟梁の方々には迷惑がかかると思うが、俺は一貫して大工で通している。
そこまでして何故、大工を名乗るのかと言えば理由は簡単だ。
俺は大型彫刻を専門とする彫刻家だからだ。
基本的に制作するには弟子や同業の知人、場合によっては一般の建築業者と供に作業にあたっており、俺の作業と言えば図面を引き、現場を監督すること。
それはまさに大工の棟梁と言われても仕方がないことであるので、人前では彫刻専門の大工ですと答えている。
もっとも最近は人で集まらず俺自身も現場作業を担当している事が多い。
体格的にもそれなりに恵まれていたこともあり、率先して思い資材運びなどやっていたら、大工の棟梁と言ったほうが通じるようなしっかりとした体格になってしまったが。
こんな俺では有るが、現在問題を抱えている。
それは先の混乱の収束を祝うモニュメントの制作を依頼されているのだが、その題材についてだった。
依頼者からは『人間を題材にしたモノ』であれば内容は問わないとのことだったが、それではあまりにも大雑把過ぎてどうすればいいか途方にくれていた。
モニュメント制作の意義から考えれば喜び踊る少女とかが最初に思い浮かぶが、それはそれで芸が無いような気がする。
第一、踊る少女では何を表現したいのか分からないのではないか。
俺は前衛的なモチーフも好みであるが、記念モニュメントについてはひと目見て何を表しているか明確な題材が良いと考えている。
ならそれを直接表せばいいと考えるところであるが、問題はあの混乱の原因だ。
極限まで肥大化した『ぼんやりとした不安』による集団ヒステリーに打ち勝った図なんてどう表せば良いのか。
すでに受注してから数週間が経過しているが、俺は構図どころかモチーフも見つけることが出来ずにいた。
今日も街の中心の公園のベンチに座り人々を見ている。
あの不安に襲われた人と、今を生きている人。
その違いが分かれば何かつかめるのではと人間観察を続けていたが、一向につかめる気配はない。
何度かその筋の専門家へ取材もしたが、実際はまだ検証中であり原因も含めよくわかっていないとの事だった。
「……っと困ったなぁ。」
俺は自分の握った診てを見つめながらため息交じりの愚痴をこぼす。
自分の腕を見たのは特に意味はない。
ただ普段の仕事は頭で考えるより腕を動かしてこそ得られるものであると、考えているので自分の頭より信頼できそうな腕を無意識に見てしまったと言うところだ。
「あれー、おじさん。今日も暇してるんだ?」
突然声をかけられギョッとする。
目の前には一人の少女が腕を組み仁王立ちしていた。
この公園の近所にある公立高校の制服に身を包みんでいるため学生だと思うが、こんな平日の昼日中に公園にいるものだろうか。それとも昼休みの外出が許可されているのか。
ともかく、少女は数日前からこの時間に声をかけられていた。
その度、おれはしばらく少女と雑談をしていた。
……流石に往来の激しい公園の真ん中のベンチなら、中年男性と制服姿の少女が世間話をしていても、いかがわしい関係とか勘ぐられる事も無いだろう。
「んで、そろそろ決まったの?」
少女は勝ち気そうな大きな瞳を好奇心で輝かせながら、俺に聞いてくる。
なお彼女はまだ仁王立ちのままだ。
「いや~、どうしたらいいか考えあぐねたままだよ。ハハハ。」
愛想笑いを交えながら答えた。
「やっぱり、クライアントの考えがしっかり理解できないと、何を作ればいいかがな……。」
俺は誰に言うでもなくぼやく。
「おじさんはさ芸術家なんでしょ? 芸術家って依頼人の細かい指示が無いと出来ないの?」
少女が上半身を前に倒し、俺の顔を覗き込むような姿勢で聞いてくる。
これで声色や表情に挑発的な色があったら、別の勘ぐりをしてしまうところだが、どうやら純粋に疑問を感じての質問のようだ。
「そ、そんなことは無いけど、やっぱり依頼のあることだからね。意図と外れていたらまずいでしょう。」
なるべく少女の方を見ないようにしながら、俺はしどろもどろに答える。
ちなみに普段はもっとテキパキ喋っているが、どうもこの子の前ではペースを乱されてしまう……。
「ならさ、他の人に取材するとかは?」
「他の人? 専門家への取材はすでに済んでいるけど収穫は少なかったな。」
俺は彼女の提案に対し即座に回答をしたが、どうも見当違いだったらしい。
「ちーがーうー! 専門家じゃなくて当事者!」
「当事者?」
俺はオウム返しに聞いてしまったが、なんとなく言いたいことが分かったような気がする。
一瞬、腕を組み空を見上げる。ああ、掴めてきた。
「そうか、あの混乱を生き抜いてきた人の感想を聞けばいいってことか。」
俺は少女の方を見ながら確認する。
「そういう事! でもおじさん。まだ完全には
少女の言葉に俺は再び疑問符が頭の中に浮かぶ。
そんな俺を彼女は笑いながらその場を去っていく。
「取り敢えずは思いついた方法を試してみるといいよ。オレも準備してくるからまた明日!」
いつも思うのだが、勝ち気な性格ゆえに一人称が『オレ』なのだとは思うが、容姿は可愛らしいの部類に入るので似合っておらず少し残念だな。
それはともかく、彼女からヒントを得たオレは携帯端末のメモ機能を起動させると、取材へと向かった。
……翌日。
結果から言えば、取材は大失敗であった。
まだ数年しか立っていないので人々の記憶は鮮明ですぐにヒントとなる回答が偉えるだろうと考えていたが、実際には記憶が鮮明すぎてかえって誰も話したくないと言う感じだった。
昨日はこれこそ解決の糸口と思っていたが、冷静に考えれば辛い体験を乗り越え、復興を目指している名から、その体験を見も知らぬ芸術家を自称する大男が掘り起こそうそすれば警戒されるのは当然だった。
昨日の行動を考えると顔から火が出そうで、今日は自室のベットにこもっていたいが彼女との約束もあり、俺は公園へと行かざるをえなかった。
昨日取材を試みた人とは出会う確率が少ないと思うが、顔を合わせると気まずい。
そう考えた俺はいつものベンチの近くで腕立て伏せを始める。
10回1セットを休憩を入れつつ合計10セット。
トレーニングとして多いか少ないかは人それぞれ有るだろうが少なくとも俺はこの程度がちょうどいい回数だった。
そもかく俺は少女がやってくるまで、トレーニングを続けていた。
腕立て伏せ、スクワット、腹筋運動と続けていく。
なかなか来ないなと考えていた、ふと周りを見回すと。少し離れた木の陰に少女がいた。
なんか小刻みに震えているが、なぜだろうか。
今日は日もさしており特段寒いと言う気温でもない。
近づいていくと分かったが、どうやら彼女は声を出さないように大笑いしていたようだ。
「おいおい。人を待たせておいて、そんなところでこんなところで大笑いしてるって何か面白い配信でも見ていたのか?」
俺は怒る訳では無いが、すこしムッとした感じで少女に話しかける。
「クッ、フフ。ご、ごめん。わ、笑う気は全く無かった、んだけど、おじさ、んが、トレーニングをし、しているところ、……プッ。」
笑いをこらえながら話していた彼女だが、最後にはこらえきれなくなったらしく声を出して笑い出した。
どうやら俺の行動がおかしかったらしいので、何とも言えない気分だが彼女の笑いがおさまるまで待つことにした。
しばらく俺は芝生に座り込んでいるたが、彼女はその横に座った後も笑いの発作が止まらない様子だった。
とは言え、流石に5分も続くことはなく、次第に笑いはおさまった彼女は地面に手を付け大きく胸を反らせながら空を見上げてた。
「あ~あ、久しぶりに笑ったぁ。数年分くらいまとめて。」
呼吸を整えながらそう言う彼女の顔は、心底楽しそうだった。
「面白かったなら良かったよ。俺は笑わせようとは思っていなかったが。」
俺はぶっきらぼうにそう言うと少しすねたフリをする。
別に怒っているわけではないのだが、どうも彼女と行動しているとそれにつられて、似たような行動をとってしまう。
それがこの少女の魅力なのかもしれないなと思う反面、やはり少し面白くない。
特段変わった行動をしていた覚えはないのだが。
「……だって、おじさん。ベンチに座ってソワソワしているかと思ったら、いきなり立ち上がってトレーニングを始めるんだもん。その勢いに周りの人が驚いていたよ。」
そう言う彼女。アレ?俺の行動が普通ではなかったのか??
驚き考え込む、俺を見ながら彼女は微笑む。
「いいんじゃない? 人は人。おじさんはおじさんなんだから普通とか考える必要ないよ。」
「むっ、なんで俺の考えがわかるんだ?」
「おじさんは顔に出やすいからね。客商売とかしているとよく分かるよ。」
客商売をしているとは始めて聞いたがバイトか何かだろうか。
まさか、その制服はと考えてしまったが、その手の仕事着ならわざわざ、本場の学生が近くにいる様なところで、同じ制服を来て歩くようなことはしないだろう。
とにかく、俺は彼女が用意したものが気になる。
「それで、君は何を用意したんだ?」
俺は早速切り出す。
「その前に、昨日の成果を聞かせてもらえるかしら」
いたずらっぽく笑いながら切り返す少女。
それに対し少し反論したが、結局は成果をかいつまんで説明することになった。
一通り聞いた彼女は何か感慨深い表情でうなずく。
「やっぱり、まだみんな傷は癒えてないよね……。」
どこか遠くを見つめるようにつぶやく彼女はいつもの勝ち気な少女ではなく、老成した賢者の様にも見える。
俺はそんな彼女の横顔に何故か魅入られる感じがした。
彼女の横顔には若さとかではないなにか別の美しさが感じられたからだ。
そんな風に見つめていると、不意に彼女が何かを取り出して渡してきた。
「はい。約束の品。政府が集めた例の災厄に関する人々の声。」
見ればそこそこに分厚い製本された資料。
「官公庁の資料か? よくこんなもの一介の学生が手に入れられたね?」
俺は素直に出どころ確認が気になりその事を口にする。
「これは、オレのおばあちゃんから預かったんだよ。」
自慢するでもなく当然のことの様に答える少女。
「おばあさん? 君のおばあさんは官公庁にでも出入りしてるのか?」
「ううん。うちのおばあちゃんは回天堂って古書店を営んでる。オレもそこでバイトと言うか手伝いやってるんだ。」
だからといって官公庁内の資料が手に入るのはどうかと思うが、取り敢えず渡された資料に目を通す。
そこに有るのは、あの混乱の中の悲惨な現実の体験談。
実在の人間こそが、架空のゾンビなどよりよほど無感情で恐ろしい化け物になるという現実が叩きつけられる。
目をそむけたくなる記述が続く中、次第に論調が変わってくる。
混乱の後期の記述に入ってきたのだ。
そこには希望を見出し未来へ進もうと考えた時の感想や、歩みだしたことで起きた変化が書かれている。
それらを読んでいく中で、俺の中に何かが灯るのを感じる。
資料を読み進めていくとそれは次第に確信の炎へと変わっていくことが分かる。
すべて読みきった時、おれは無意識に自分の右手を見ていた。
「ありがとう。こいつを読んでみて答えが見えたような気がする。」
俺は少女に向き直ると礼を伝える。
「お礼なんていいよ。それだって記録の全てではないからね。」
と答える彼女。その後に回天堂とは言えすべてを集めるのは不可能と言っていたが、その意味は分からない。
ともかく俺は見つけた。今回の題材に最もふさわしいものを。
俺はあの混乱の中、様々な復興の手伝いをしつつ制作に励んでいた。
その時の俺は自分の作品には人々の勇気を奮い立たせ前へ歩かせることができると信じていた。
実際にそうであったかは分からない。
しかし、そうであると当時は信じていた。
毎日、昼間は復興の手伝いをし、夕方からは重い資材をアトリエに運び制作を行っていた。
思えばこの忙しさがあったからこそ、ぼんやりとした不安なんて感じている暇は無かったのだ。
そして、俺にとっての忙しさの象徴はこの手で持ってきた多くの物資や資材。
俺はその重さを全身の筋肉で受け止め働いた。
だからこそ、俺にとってあの災厄に勝利した象徴は踊る少女などではない。
ただ実直に働いてきた象徴だ。
俺は彼女に礼を告げるとそのまま走ってアトリエに戻った。
数カ月後。
復興記念モニュメント披露の日。
その会場に少女の姿があった。
いつもの様に制服を身に着けているが、座る席は来賓側。
モニュメント製作者である芸術家
当然、来賓とは言え街の顔役でもなんでも無い彼女の席は端の方である。
ただ、目ざとい人なら気がついたかも知れない。
彼女に対し、幾人もの人が挨拶しに行っていたことを。
天城自身は緊張のあまりその事に気がついていなかったので、式典後に普通に話している姿は目撃した市長などが驚いていたとの話だった。
ともあれ公開されたモニュメント。
それは力強い筋肉の付いた幾つもの腕に支えられた街。
製作者は地球を支える
一人ひとりの名前が個別に呼ばれることはないであろう、縁の下の力持ち。
それは
完成披露が終わった後、少女はモニュメントをみて少し微笑んだ。
幾つも有る腕の中で一つ、街ではなくなにかの像をもつ腕があったからだ。
その腕は他の腕と遜色ない筋肉を持つ天城の腕であろう。
そして、その腕に掴まれている像はもしかすると自分なのではないかと。
えにしの下の サイノメ @DICE-ROLL
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