ある日熊さんに出会った。〜筋肉を好きになったら理想の彼氏ができたお話〜

川埜榮娜

ある日熊さんに出会った。そして私は筋肉を好きになった。

 そう、私こと春日桜かすがさくらが筋肉を好きだと自覚したのは……。


 あれは21歳の春、全然好みではなかったけれど、押しに負けて付き合った彼氏が、それはそれは、熊のようにゴツくてデカい男だったのだ。


 当時私の好みは、受け……ゲフンゲフン。

 細くて可愛いお顔のイケメンだった。


 ところが、当時働いていた職場の先輩である熊さんが(名前は熊さんではないが)猛烈にアタックをしてきて付き合うことになったのだ。


 ある日、熊さん宅のソファーでゴロゴロしながらスマホゲームをしていた私を、突然熊さんが抱き上げた。


 そう、俗に言うお姫様抱っこだ!

 私はスレンダーで背は低めなので体重もそれなりに軽い。だから熊さんは、私を簡単に抱き上げたのだ。


 その瞬間、私の胸はときめく…………ことはなく、普通に怖かった……。

 いや、だって慣れてないと、安定しなくて結構怖いんだよお姫様抱っこ。

 首に手を回すまでは、違う意味でドキドキしたわ。


 ということで、その時はお姫様抱っこされても何とも思わなかったんだけど……。



 * * *



 数日後、家呑みだからと気を抜いて、日本酒をのみすぎた。頭はちゃんと働くのに、足に力が入らず困っていたら、また熊さんに軽々と抱き上げられたのだ。

 前回でコツをつかんだのか、とっても安定したお姫様抱っこ。


 おぉ! こりゃ~良い。何か怪我したり、危険があった時に、こうやって軽々と抱っこしてもらえる彼氏って良いな!! うむ、素晴らしい!! 酔っ払いの私は上機嫌で喜んでいた。


 そして次の日、何故か朝から一緒にお風呂に入ろうと言われたので一緒に入った……。

 改めて、明るい所で熊さんの裸を見ると、それはそれは凄かった。えっ? 何ってそりゃぁ筋肉が!!


 太腿ぶっとい、腕もぶっとい、腹筋も割れてるし肩もなんかデカい。

 てか胸、私よりあるじゃん……イラッ。

 これが俗にいう雄っぱ……(こらっ、腐女子脳!)


 いや、待て待て私。突然、なぜこんなに筋肉に興味が湧いたんだ?! こないだまで何とも思わなかったでしょ?! 昨日のお姫様抱っこのせいなのか?!


 まぁ、その熊さんとは1年ほどで別れてしまったが、そんな事があったせいなのか、それまで好きだった細めの可愛いイケメンには、まったく恋愛感情が湧かなくなってしまい、何故か筋肉にばかり目が行くようになってしまったのだった……。


 まぁ、細めの可愛いイケメンを嫌いになったわけではないし、癒やされる事に変わりはないから、別に恋愛感情とか湧かなくても良いんだけど。受け受けしている可愛い男子が……おっといけない、また腐女子脳が。



 * * *



 ある日、地元の仲良しメンバー(私を含めて4人)で遊んでいる時に、突然筋肉が好きになった事を話した。

(※複数人での関西弁の会話は人物が分かりにくいので、ここだけ「」の前に名前が入っています)


明「えっ! 桜ちゃん肉食にジョブチェンジしたん?!」


 とチャラい男子、あきら君がアホな発言をした。そもそも肉食はジョブじゃないし、私は肉食になったわけではない。


私「何言ってんの。筋肉が好きになっただけで、肉食になったわけちゃうわ」


明「えっ? そうなん? でも筋肉好きって変態ちっくやな」


私「変態ちゃうわ!!!」


美咲「まぁまぁ落ち着いて。ていうか桜は、何でその熊さんにお姫様抱っこされてから、いきなりそんな事になったん?」


 いつもまとめ役で、しっかり者の美咲みさきがそう聞いてきた。


私「なんでやろ? なんか知らんけど、次の日熊さんの筋肉見たら凄く興奮してん」


明「え、やっぱ変態やん」


私「ちゃうわ!!!」


 すかさず突っ込む私。


美咲「ちょっと明君、少し黙っててくれへんかな?」


 話を聞きたい美咲が、威圧して明君を黙らせる。


美咲「そもそも桜は、可愛い男の子大好きやったやん?」


 その言い方もどうかと思うが、まぁ事実なので否定はしない。


私「ほんと何でやろ~? なんか、あの時、男の人にこんな風に守ってもらうのもいいなぁ、とか思ったような……」


武「その理屈なら分かるわ」


 ずっと黙って聞いていた、静かなるたけし君(普段あまりしゃべらない)が突然話しだした。


私「えっ? なんで武君がわかるん?(まさか武君そっち系?)」


武「春日さん、今変な事考えたやろ? ちゃうわ、守ってもらいたくなったんやったら、マッチョな男が好きになるのは普通やろ。ひょろい男に守ってもらえそうって思うんは変やしな」


私「なるほど~、だから私は筋肉が好きになったんか」


美咲「ん? 桜、さっきから筋肉って言うてるけど、マッチョが好きになったんと違って筋肉が好きなん?」


私「あれ? ほんまやな無意識やったわ。マッチョ、マッチョかぁ。うーん、そこまで凄いマッチョでなくてもいいわ。私を守れる筋肉があれば良いし。あの時、熊さんのけしからん筋肉を見てしまってからは、マッチョというよりは筋肉自体が好きに……いや、でも筋肉があったらマッチョになるんやんな?」


 マッチョか先か筋肉か先か……違う。

 筋肉が好きならマッチョも好きなのか? と悩んでいたら、明君が何故かふむふむと頷いていた。


明「ふーんそうなんや、ふむふむ……」


私「ん? 明君、どしたん?」


明「いや、別に、なんでもないで」


 そこで筋肉についての会話は終わった。

 とりあえず、私は『守ってもらいたくて筋肉が好きになった』という理由がわかって、すっきりしたのだった。



 * * *

 


 ピンポーン!!


 ある夏の日曜、家のチャイムが鳴った。

 今日は仕事は休みだし、家でのんびりしようと思っていたので、邪魔をするのは誰だ! と思いながらもインターホンのカメラを見る。


 荷物でもなさそうだ……てか、一人暮らしだし、そもそも私は何も買ってないから、荷物が届くわけがない。


 うん、知らない男だ。あんなガタイの良い知り合いはおらん。営業の訪問かな?

 1人暮らしのマンションだからあんまりこういうのは少ないはずだけど、でもゼロではないし……ってあれ? 今日は日曜だった。


 ピンポーン!!


 もう一度チャイムが鳴る。

 うん? よく見たら何だか見覚えがあるような? でもこのカメラの角度では、ちゃんと顔が見えないからわからん。


 その時、LI〇Eの通知音が……。


『筋肉をお届けに参りました~不在かな?』


 はっ? 何このポップアップ通知。こわっ。


 よく見たら、明君のLI〇Eだ。

 何? 明君LI〇E乗っ取られたん?

 筋肉のお届け? っていうか……あれ?


 勢いよく玄関の扉を開ける。


「明君? えっ? その筋肉何なん?!」


「いや、桜ちゃんが筋肉好きになったって言うてたから……ちょっと頑張ってみてん」


 そこにはけしからん筋肉を育んだ明君の姿が!!

 チャラかった男、明君が何故にこのような素晴らしい御姿に?!


「なっなんで?! なんで明君がこんなけしからん筋肉を?! えっ? 意味わからん!!」


「桜ちゃんって鈍いよな。俺、いつも桜ちゃんの好みに合わせててんけど……」


 は? 私の好みに合わせてた?! 私、チャラいの好きじゃなかったけど……ってそういえば、明君がチャラくなった頃に読んでたB……恋愛漫画に出てきた男の子が、チャラいけど実は内面は真面目な設定の……あれ? 私あれが好きとか言ってた?!


 そして、そういえば明君の顔は、さわやか可愛い系だった。私はずっと、可愛い男が好きって言ってたけど……え? もしかして明君可愛く見えるよう頑張ってた?


 そして今、その顔でこの筋肉……やばっ!


「やっぱり俺がこんなことしてもあかんかった? 桜ちゃんは全身熊みたいなのが好きなん?」


 なんでそんな可愛い顔で可愛く言うねん! 襲いたくなるやろ! って私肉食ちゃうわ!!

 いかんいかん、つい1人ノリツッコミをしてしまったわ。


 そういえば明君のお顔は、私好みの可愛い顔だった。チャラいから、私の恋愛センサーからは外されていたけれども……。


「ええと……とりあえずここでは何やし、部屋入って話そっか」


 玄関先で話すのも暑いから、明君に部屋へ入ってもらう。

 明君のお尻にブンブン振られている尻尾が見えた気がした。明君はワンコ系だったか?


「そこに座っててー。お茶入れるわ」


「いや、突然来たん悪いし、何か手伝うわ」


 私が冷蔵庫へ移動しようとすると、明君がそう言って傍へ寄ってきた。


 あれ? 明君てこんなに背が高かったっけ? そして腕!! 立派にふとましくなられて……うわぁ血管浮き出てるしムキムキやん(思わずガン見)


「あー……触ってみる?」


 見すぎたせいなのか、明君が腕を見せつけてそんなことを言ってくる。

 こいつは天使か? それとも悪魔か?


「いや、とっ、とりあえずお茶入れるわ……」


 流石にすぐ食いつくのが恥ずかしくて、そんな返事をする私。

 くっそぉ、私の意気地なし! そこに素敵な上腕二頭筋があるのにっ!!


 冷蔵庫からお茶を出してコップを取ろうとしたら……。


 ドンッ


 と、明君が突然壁ドンをした。


 かっ、壁ドンだと。


 明君が頭上から私を見下ろしている。

 うっわ、壁ドンやばい。なんか迫られてる感半端ないんだけど……すごくドキドキする。


「お茶は後でいいわ。それより俺、桜ちゃんの気持ちが聞きたいんやけど」


「え、突然気持ちと言われましても……」


「筋肉好きなんやんな? 今の俺の身体どう思う? 好き? 嫌い?」


「え、それは好きやけど」


「なら付き合ってくれへん? 俺、桜ちゃんの事好きやねん」


「えっ……あっ、はい」


 そして私は、けしからん筋肉を持ち、私好みの可愛い顔をした、理想の彼氏ができたのだった。

 いやもう、ほんとに突然過ぎてワケワカメだわ。明君、いつから私の事好きやったんやろ?






――――数年後――――



「桜って俺の身体目的で結婚したんやんな?」


「違っ……いや、筋肉は身体だからそうなのか? でもその言い方はあかん!」


「……頑張って良かったわ」


「へ?」


「俺、学生時代からずーっと桜に片想いしててんで? 桜は知らんかったんやろうけどな。筋肉好きになったって聞いてから、頑張ってこの身体になって、告白して、それでもあかんかったら、もういい加減諦めようって思っててん。ほんま良かったわ」


「ええと、明君のこと筋肉だけで選んだわけちゃうで? そりゃ勿論、筋肉が好きになって明君がその身体になったのがきっかけやけど、チャラいと思ってたんは演技やって、ホントは凄く真面目やったとことか、顔もずっと気付かんかったけど私の好みやったしって……むぐっ」


「俺、筋肉以外もちゃんと愛されてたんやなぁ、嬉しいわ!」


 そして私は、けしからん筋肉を持つ、理想的な旦那様とラブラブな日々を過ごすのだった。



〜完〜

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