万能錬金術師と護衛の騎士ー筋肉ー

MACK

* * *


 鎧をまとう屈強な黒髪の騎士が、肩にかついでいた木箱を年季の入ったテーブルの上に降ろし、開けて中身をひとつずつ取り出して並べる。


「ミーネさま、ご所望の夜光キノコとヘレヘレ鳥の尾羽、カギコウモリの糞、ミナミヒカリゴケの粉末をお持ちしました」

「ありがとうございます、エド様。こちらは代金です」


 二十歳に満たないような赤毛の娘が、ずしりと重そうな革袋を騎士に差し出してきたから、騎士は慌ててそれを押し戻す。


「ミーネさま、代金は不要ですよ」

「いいえ、お願いしたときにも申し上げましたが、これはいつもの国からの依頼品のための材料ではなく、私が個人的に作りたい薬の材料なのです。個人の依頼で国の騎士様にお願いするのはよくないと思ったのですけど、私には取りにいけないものばかりですから」

「それは存じております。ですから自分も個人的にお引き受けして、個人として採取して参りました。あなた様個人のために」


 個人を強調し、さり気無く想いを伝える。

 それが伝わったかは定かではないが、驚いたように茶色の瞳を見開いてローブの袖を口元に当てて上目遣いで騎士を見つめる国一番の錬金術師は、とても愛らしい。騎士は立場も忘れて彼女を抱き寄せてしまいたい衝動に駆られ慌て目をそらし、ついでに話もそらす。


「これで何をお作りになられるんですか?」

「筋肉増強薬です。以前ほら、筋肉に関する薬を陛下にご依頼いただいて作りましたでしょう? あれの応用で増やすものが作れるのではないかと」

「ああ、ありましたね、そんな事も……」


 王女殿下の誘拐の計画を知り、腕の立つ騎士の一人を王女の身代わりにたて、賊を一網打尽にするという策が立てられた事があった。しかし女性騎士はおらず、最悪一人で賊に立ち向かえるスキルのある人物は限られる。

 しかし王女の身代わりとして筋骨隆々な男では、囮の役目が果たせない。そこで筋力自体は落とさず、見た目上の筋肉を減らす事の出来る薬が彼女に依頼された。


「そういえば、どなたがあの薬をお使いになったのです?」

「俺です……」

「え?」

「俺が飲みました。おかげさまで王女殿下のドレスもぴったりで」

「まぁ、それは、見たか……副作用がなくて何よりです」

「それはともかく、個人的に筋肉増強薬が必要とは、何をなさるおつもりなんです」

「これからは自分で魔の森に入って、必要な素材を採取できればと」

「いけません! 危ないです!」

「その危ない場所に、私はエド様を通わせているのですよ。自分は安全なところで待っているだけなんて」


 ぎゅっとエプロンの裾を握りしめ、彼女は騎士を見上げる。その真摯なまなざしに絆されそうになるが、黒髪の男はかぶりを振った。


「自分は戦う訓練を受けている身です。生まれも森に隣接する村で、小さいころから慣れ親しんだ場所。それに筋力がつけば魔物と戦えるというものではないのです」

「そうですか、でも」

「そこは自分を頼っていただきたいです」


 きりっとしたキメ顔で騎士が言えば、彼女は諦めたように溜息をついた。


「わかりました、これからもお願いします。でもせっかく材料を集めていただきましたし、薬を作って試してみたいと思うのです。個人的な依頼になりますけど、試用のお手伝いをお願いしても?」

「もちろんです! 個人的な依頼もぜひ自分にお任せを」


 森の外縁部はそれほど危険もなく、ポーションの材料になる花も咲いていて軽く採取も行える。薬が完成したという連絡を受け、彼女の「お弁当も作っていきますね」の言葉に、エドはピクニック気分だった。

 魔の森最強の魔物、オーガベアが現れるまでは。


 名のある冒険者パーティを返り討ちにし、城の騎士団一個中隊が壊滅した悪名高い巨大なクマ。それがなぜが花を採取していたミーネの真後ろに。


「ミーネさま、危ない!」

「きゃぁああああああ」


 一人で立ち向かえるモンスターではないが、エドは躊躇なく剣を抜くとオーガベアに接敵……する前に、魔物が視界から消えた。

 

「へ?」


 ズガゴォオオオン……。


 地響きをあげ、川の岸壁にモンスターが突き刺さる。

 茫然と立ち尽くすエドに、ミーネが抱き着いて来た。


「エド様、怖い」


 ぎゅっと力が籠められ、ミシリとエドの骨が軋む。


「ミ。ミーネさま、御無事で?」

「魔の森は恐ろしい所ですね、こんな入口であんな怪物が」

「筋肉増強薬をお使いに?」

「いいえ? まだ試していないのですが」

「そ、そうですか。まだいるかもしれません、とりあえず一度帰りましょう……!」


 抱き合う形は喜ばしいが、己の肋骨が限界。


「あんな恐ろしい化け物が闊歩する森での採取を、これまでずっとお任せしていたなんて」

「大丈夫ですよ、こうやって毎回無事に戻っているじゃありませんか」

「エド様……もし腕がもげても、首が飛んでも生えて来る薬、作っておきますから」

「すさまじく万能で心強いです!」


 作成した筋肉増強薬は、もしもの時に使いたいとミーネから譲り受け、エドは帰途につく。沈みゆく夕日に、明日からのトレーニング量を増やす事を誓いながら。これからも頼られる男でいるために……!


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