マッチョ売りの商人

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

第一話 世界最高の筋肉を目指して

「筋肉、お売りしますよ?」


 二の腕に見事なコブを作り、美しく整った前鋸筋をひくつかせながら、グリスアップされた紳士マッチョはそう告げる。

 即座に、全財産をぼくは捧げた。

 これまでの人生、なにをしても筋肉が付くことはなかった。

 けれど、契約を交わした本日より。


 ぼくの人生は、大きく変貌をはじめる。


 枯れ木のように細かった腕が、腕立て伏せのたび大きくなる。

 毎日26時間続けていた筋トレが、嘔吐と筋肉痛だけしか残らなかった絶望の積み重ねが、今は着実に肉へと置換されていく。


 スクワットをすれば大腿二頭筋からヒラメ筋が。

 腹筋を続ければ腹横筋と外斜腹筋が。

 走り込み、ポルタリングに勤しめば、全身がめきめきと音を立てて筋肉をよろう。


 これまでにない達成感。

 最高の気分に浸りながら、ひたむきにトレーニングへと邁進する。

 雨の日も、風の日も。

 寝ているときですら有酸素運動を続け。


 一年が経った頃、ギネスに名前が載った。

 誇らしかった。

 誰よりも重い体積と、高い密度のマッスル。

 すべてはあの日、筋肉を売ってくれたマッチョのおかげだ。


 彼に恥じないよう、ぼくは一日たりとも休むことなく訓練に打ち込む。


 五年目には、人間の限界を超えた。

 身長は十六メートルに達し、体重は三千トン。

 日々摂取するカロリーは小国の発電量に匹敵。


 やがて世界はぼくを脅威と認め、攻撃を開始。

 しかし無駄だ。

 ぼくはただ鍛えるだけ。

 そして、十年が過ぎた。


「切れてるよ切れてるよ、重力の鎖!」

「肩にでっかい惑星乗せてんのかい!」

「そこまで鍛えるには横になれない星も多かったろう!」


 ぼくは地球を追放されていた。

 けれどちっとも恨みには思っていない。

 なぜなら今――ぼくは大宇宙ボディービルディング大会へ挑戦しているからだ。


 今なら解る。

 あの日筋肉を売ってくれたマッチョ紳士は、筋肉の神様だったのだと。

 

 ありがとう神様。

 ぼくは――きっと宇宙一のマッチョになる!

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マッチョ売りの商人 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo

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