勘違いの
瀬川
勘違いの
俺はすぐ傍で腕立て伏せをしている恋人を横目に、ソファで体育座りをしながらテレビを見ていた。
俺のことなんか気にせず、床にマットを引いて息を切らしながら鍛えている。日課とはいえ、ご苦労なことだ。
俺だったら三日坊主どころではなく、一日で止めるだろう。服の裾から覗く細い腕が、その証拠だ。
いや、これは俺は悪くない。恋人が鍛えすぎているから、俺が貧弱に見えてしまうのだ。そうに違いない。
首を横に振って考えを消そうとするが、なんだか今日はイラついてしまう。
「なあ、なんでそんなに鍛える必要があるの?」
ボソリと呟くぐらいの声量だったけど、きちんと聞こえたらしい。鍛えるために動いていたのに、器用なことだ。
「なんで鍛えているって……」
「もう筋肉ついていると思うけど。筋肉ダルマにでもなるつもりなの?」
もう細マッチョ以上の体つきになっていて、これ以上鍛えたらボディービルダー顔負けになりそうだ。嫌だとは言わないけど、どこを目指しているのかと疑問が湧いてくる。
「本気で聞いているのか?」
腕立て伏せを続けたまま、視線だけこちらに向けてきた。その目が俺を非難しているようで、思わず近くにあったクッションを抱きしめる。
「……そう、だけど」
なんだか後ろめたくて、さらに声が小さくなる。分からないと認めれば、こちらを見たまま大きなため息を吐かれた。
あ、腕立て伏せを止めた。
そしてまたため息を吐くと、俺の隣に腰を下ろす。勢いが良かったせいで、座っていた俺はバウンドしてしまう。
「あのさ、前に言ったことを覚えている?」
「え?」
「……自分を守ってくれるような、そんな恋人が理想だって、そう言っただろう」
「……俺が?」
全く覚えていない。
でも恋人の顔を見るに、俺が言ったのに間違いはないみたいだ。
……そういえば、ずっとずっと前にそんなことをちらりと言った気がするような、しないような……。でも確かなのは、本気で言ったのでは無いということだ。
恋人にも、そんな俺の考えが伝わったらしく、顔をしかめている。
「……俺は、今まで無駄な努力をしていたのか」
こっちの胸が痛くなるぐらいに落ち込んでいるので、俺は汗まみれなのも気にせずに、恋人の体を抱き寄せる。
「無駄な努力なんかじゃないよ。格好いい」
そう言って頭を撫でれば、抱きしめ返してきた。
「それなら、いい」
良かった。単純なところも可愛いと思いながら、俺は喧嘩にならずに済んで安堵する。
勘違いの 瀬川 @segawa08
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