死骸を見に行く
染井雪乃
死骸を見に行く
魔力の強い何かが、死んだ。
そのことを感知して、僕が「あ~、死んだ」と呟いたのを、マリアは「ふうん」とだけ聞き流した。
僕が感知したものについて感想を述べるのにも、夜にはこの森が魔物で溢れて案外物騒なことも、この少年には既に慣れた日常だった。
「今回は大物……、もしかしたら魔法使いかもしれない。見に行こう」
心底面倒そうな顔をしたマリアはため息一つついて、僕に同行を申し出る。
「付き合ってやるよ」
夜、僕に置き去りにされたら、真っ先に魔物の餌になると思っているのだろう。本当はそんなことはないんだけど。
僕の気配が色濃くついていて、所有の証まであるマリアに手を出すのなんて、同程度かそれ以上に強い魔法使いくらいだ。
でも、言わない。
僕の気まぐれに、安全のためにと嫌々付き合うマリアの顔を見るのが楽しいから。
夏でもこの辺りの夜は寒い。
少なくともマリアの持つ布程度じゃしのげない。服の作り方を覚えたので、試しにと作っておいた上着をマリアに放り投げる。
「そんな気遣いもできたのか」
「作ってみたからには、着て意味のある方が着るべきだと思っただけ。さあ、何が死んだか見に行こう」
マリアと歩いて行こうと思ったけど、意外にも遠かったので、マリアを抱えて夜空に舞い上がる。最初こそ言葉を失っていたマリアだけど、星を見つけて飛行を楽しんでいた。
星が死ぬのも見届けられる僕とはまるで違う時間を生きているマリア。そう思うと僕はおもしろくなくて、ちょうどよく死骸の近くに来たから降下した。
「さてさて、どんな死骸かな。花が咲いているやら凍っているやら」
僕の何気ない呟きに、マリアはぎょっとして僕を見た。
「……魔法使いは、死んだらどうなる」
「いろいろだよ。木になるやつもいるし、本当に跡形もなく消えるやつもいるし」
そういうもんか、とマリアは言う。
そうこうしているうちに、見えてきた。
「ほら、あれだよ。今回は……、え、何だこれ。宝石?」
人間が宝石と呼ぶ高価な鉱石から、魔力の残滓が感じ取れた。
「あ、あめ、何だっけ、あ、そうだ、アメジスト!」
宝石になって死ぬ魔法使いとかいるんだ。魔法使いにとって、人間の価値観なんて、関係ないのに。
マリアは黙って宝石に頭を下げて、それから手を伸ばした。
「何やってんの」
「死者への礼儀、みたいなもんだ」
「死んでるのに?」
「死んでるけど」
マリアがじっと死骸の宝石を見て、僕を呼んだ。
「これって、文字か?」
指差された箇所に意識を向けると、瞬時に理解した。
ある人に死を知らせてほしい。それからこのアメジストを少しばかり粉にしてその人に飲ませてくれ。
残りは、お代だ。
たしかに人型を取れるくらいの大きなアメジストなら、面倒くさがりの僕でも動く気にはなる。こいつ、僕が近くにいるって知っててここで死んだな。
魂胆が透けて見えて、いらっとするけど、相手はもうない。
「マリア、人探ししたらこの宝石は僕達にくれるってさ」
「人探しのお代にしては、高すぎないか?」
「妥当だよ」
魔法使いからできたアメジストなんて、何が起こるかわからないけど、そうと知らなきゃきっと高値で買われるだろう。
奪わずに人間のルールで取引するんだし、僕にしては譲歩だ。
「夜の散歩も悪くない」
「ほぼ飛んでただろ」
眠そうなマリアをそのまま眠らせ、アメジストを処理して、僕はマリアを抱えたまま飛んで家に戻った。
死骸を見に行く 染井雪乃 @yukino_somei
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