何の変哲もない夜。
数多 玲
本編
「あっ、彼だ」
帰り道、
夜の公園、と言っても街灯も明るく、見晴らしもいいため危険は少なく、沙希はここを夜に歩くのが好きである。軽い運動がてら散歩していると、衛を見かけたのだ。
アルバイト先の本屋で見かけたときから気になっていた。
駅前の立地からそれほど大きいわけではない店内だったが、仕事帰りなのであろうか同じぐらいの時間に入店し、ちょうど閉店間際の時間まで30分程度をかけてゆっくり店内を見て回る。
毎日来たところでそれほど商品のラインナップは変わらないはずだが、それでもゆっくりと丁寧に見て回り、毎日初見かのように同じ本を手に取る。
そして必ず金曜日に見ていた本を数冊買って帰る。しかもそれはほとんどが沙希の好きな本であった。
沙希は衛に声をかけてみようと決意し、一瞬出てすぐ立ち消えになった閉店の話を使って話しかけることに成功し、友達になることができたのだ。
それが一週間前。
声をかけようか悩んだが、熱心に本を読みながらゆっくり歩いているのを少し眺めていたい気持ちに駆られた。
「……危ないなあ。でもちょっと見てたいな」
気づかれないよう、距離をとって見つめることにした。
「えっ」
歩いている衛のそばの茂みがガサガサと動く。
衛が通り過ぎたあと、そっと近づいてみると、何やら女性の息遣いのようなものが聞こえてきた。
「……マジか」
察した沙希は刺激しないようにそこを離れる。
「けっこうガサガサ音がしたのに気づかないんだね衛さん……」
気にはなったが、衛が歩いて行ってしまったので再び距離をとって見守ることにした。
「えええっ」
衛が横を通り過ぎた池から、首の長い何かが出てきた。
周りを見ると、たまたまなのかこれを見ているのは沙希だけらしい。
「衛さんこれに気づかないの……!?」
いくら本に集中しているとはいえ、真横の池からこんなのが出てきて気づかないとは、と思いつつ、あまりの驚きにスマホで写真を撮ることさえ忘れている沙希。
衛はそのまま本を読みながら池を通り過ぎてしまった。
「衛さん、ヤバい人なのかな……?」
沙希は少し先行きが不安になった。
「……もう少し見ていよう」
沙希が再び衛の尾行を始めたとき、信じられないことが起こった。
お酒らしいものを飲みながらベンチに座っていた中年の男性の頭上から、光の輪が何本か降ってきたのである。
「えええええっ」
光の輪に包まれた男性は、重力を無視して浮上した。
そのまま、真上にある何かの飛行物体に吸い込まれるようにして消えていった。
「……ヤバい。絶対にヤバい」
このあり得ない状況と、またもや周りに誰もいないこと。何よりこれにすら気づかず本を読みながら歩いていく衛。
どれに恐怖を覚えたのか、それとも全部か。沙希は座り込んだまま、正常な判断ができないでいた。
「けっ、警察? じゃないな。どこに連絡したらいいんだろう……」
とりあえずよくわからないが警察か、と思った沙希がスマホを取り出したとき、もうひとつあり得ないことが起こった。
「待たせたね、もう大丈夫だ」
「えええええええっ」
沙希の目の前に現れたのは、黄色、ピンク色、緑色、紫色の4人の全身タイツ……の人間。
そのうちピンク色と緑色が飛行物体の方に飛んでいき、男性を救出した。飛行物体は何やらハザードのようなものを点灯させ、飛び去った。
黄色と紫色は池の方に飛んでいき、例の首の長い何かを抱えて空に飛び去った。
手際がいいな……と沙希は思ったが、混乱していて何が起こっているのかはさっぱりわからなかった。
その後何やら別の赤色が来てピンク色に土下座をし、ぶん殴られてすっ飛んだあと、何かを諭されて満足して去っていった。
で、ピンク色と緑色は例の茂みに戻っていった。
「……ピンクと緑だったんだ……」
かろうじてそのことだけは理解した沙希。
「えっ、衛さんは?」
衛が去っていったであろう方向に慌てて走ると、ここまでの状況になっても変わらない姿勢で本を読んでいる衛が歩いていた。
「衛さんっ」
「あっ、沙希ちゃん。奇遇だね、ここで何してるの?」
「この公園が好きなので、よくお散歩してるんです。そしたら衛さんがいたから……」
「そうなんだ。僕は帰り道だから、買った本を読みながらここ通るんだ」
この公園は夜でも本が読めるぐらい明るいしね、という言葉を聞きながら、沙希は衛の左腕に抱きついた。
あんなことが立て続けに起こっても何も気づかなかったのに、沙希の声には反応した衛に対して嬉しさ8割、恐怖2割を感じつつ、衛に対しての好きの感情が増したことを沙希は素直に喜ぶことにした。
(おわり)
何の変哲もない夜。 数多 玲 @amataro
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