おまわりさん こわい

鱗青

おまわりさん こわい

「今夜は冷え込みそうですねえ。ねぇ御台所みだいどころさん?」

「なんだい前山さきやま、猫撫で声なんか出して」

 ある十二月の夜。長閑な山並みの彼方から月が昇りはじめる頃、僕・御台所小徹こてつは派出所の窓を掃除していた。声をかけてきたのは今年入署してきた新人の前山文道もんど巡査。大型犬を連想させる巨体を縮めた内股で、つハンバーガーのような両掌をモニモニさせながら近寄ってきた。僕は敢えて冷たいトーンで突き放す。

「自分の持分は済ませたのかよ、前山」

「はい!トイレと休息所と台所と裏口、それぞれ御台所さんが手の届かないところまで綺麗にしました!」

 僕は目をナイフのように尖らせて前山を睨み上げた。こちらは身長制限ギリギリの体格で軽量級。対して前山は元・ラガーマン。単純に筋肉量で比較するなら、例えばコイツは僕を二の腕にぶら下げたままはち切れんばかりの笑顔でスクワットを百回こなしてみせるだろう。

「僕に足りない部分を補ってくれたわけだよな?ありがたくて涙が出るね」

「ハイ!本っ当に良かったです、御台所さんとコンビが組めて。分署の他の先輩方、強面で怖いんですもん」

「うるさい!どーせ僕はチビだよあつがないよ‼︎」

「威厳はないけど、優しくて可愛いですよ?」

 一瞬カッとなって殴りかけた。しかし本気で言っているのが分かる瞳の輝きに、僕はちょっと己を恥じて拳を引っ込めた。

「で?なんだよ」

「あの、その。先程四丁目のコンビニから通報がありまして」

「…って、七地さんとこか。どうした?万引きか?強盗か⁉︎」

 高速道路にも近い、村に一軒のコンビニエンスストアはオーナーの中年夫婦が経営している。いわばこの村全体の防犯的な意味でも重要ポイントの一つ。

 色めき立つ僕に、前山はプルプルと顎肉を鳴らして首を振った。

美空みそらちゃんが帰ってないそうなんです。もう門限の夜十時を過ぎてるのに」

「おい…」

「丁度通りかかったふちさん順平じゅんぺー君も、家の手伝いをしに帰ってないそうなんです。部活の練習は大会終わったんでやってないはずなんですけどねぇ」

 僕は目を閉じて住民データチェックをした。

 七地美空、十四歳。県立中学の二年生。改造自転車を乗り回している、女暴走族レディース気取りの女の子。よく祖母の家の田んぼ作業を手伝っている。

 淵順平。同中学校の三年生で硬式野球キャッチャー。ドカベンの主人公のような薄味な糸目顔で、あまり喋らないが生家の寺の細々としたお使いをよくしている。

「───よーするにアレだ、お年頃のカップルのちょいとしたヤンチャじゃないのか」

「ああ、あの二人付き合ってますもんね。でもなんで二人揃って帰ってこないんでしょう?」

「お前、大人なんだからそれは分かれよ!」

 しれっと言った前山に、さしもの僕もツッコミを入れる。

「分かりませんけど?」

「…まぁいーや。放っとくわけにもいかないし」

「行ってくれますか?先輩!」

「なぁんで僕が。先輩パシらせんじゃない。お前が行くんだよ、前山」

「先輩と一緒に?」

「───ふざけて言ってる?」

 いや。こいつ、大真面目だ…

 僕はため息をついて帽子を直した。

 静岡県某市加須下町。人口三千人程度の、規模でいったら小学生から高校生まで全員顔見知りになってしまう程度の小さな自治体。

 そりゃあ他の大卒同期に比べてなんで自分だけこんな僻地に飛ばされたのかと腐ったりもした。でもすぐに考えを改めた。なぜなら───…

「いいか前山巡査。担当を任された地域の治安を保全し、市民の生活ひいては人生の基盤を支えるのが僕達の仕事ジョブだろ!第一大の大人が、しかもお前みたいな大男が夜の警邏けいら活動を怖がってどうする?男を見せろ!」

「そういうこと真顔で言っちゃう先輩もある意味怖いです…」

「お前ね、そういうテンションの下がること言うんじゃないよ」

「あと先輩のことは俺、尊敬してますけど…そんな恥ずかしいことを要求されても困りますっ…」

「はぁ⁉︎───あ!ち、違うぞ違う!男を見せろってそーいう意味じゃない!」

 なんでこんな、ふにゃふにゃした奴が警察官なんぞになろうと思ったのだろう。世の中には真昼間だけしか働かない職種もごまんとあるではないか。

 ───などという疑問を抱いていた時期もあった。しかしそれはあっさりと、予測外の方向からの変化球で解答を得た。

 むるるるるる、という派出所のデスクに据え置かれて長い古びた専用電話の呼び出し音。番号は…県庁じゃないか。こんな時間に?嫌な予感がする。

「はい、こちら加須下町派出所…」

『アンラまぁその声ってばキッチンちゃんじゃなぁい。お久しぶりねお元気ィ?』

 ギャンギャンと高く跳ねるダミ声。しかも僕の名前を簡単に英訳してくれちゃって…

「…一ヶ月前に知事室でお会いしたばかりですが、前山知事殿」

『ンン〜そんな他人行儀なカタいくち利いちゃって。ベラって呼んでって言ったじゃなぁい?ね?ホラ呼んでみて?情熱的に。ハイ、ベ・ラ♡』

 どうしてこんなときに限ってタイミング良くかけてくるのだろう。僕は努めて嫌悪感を押し殺しながら「ご用件は?」と尋ねる。

 前山県知事。二年前に県市長選初のLGBT当選を果たした伝説の市長。その手腕もまた見事なもので、破綻寸前だった県の財政を一気に黒字に引き上げた実績の持ち主だ。いまはテレビでもネットでも引っ張りだこの有能政治家である。

『ンン〜?ま、大したことじゃないんだけどぉ?私の可愛い可愛い子犬ちゃん、貴方と仲良くしてるかしらー?って思って』

「叔父さん!俺は元気でやってるよっ‼︎」

「耳元で叫ぶなバカ!───あー失礼、なんですか?」

『ンン〜、その様子だと、私の子犬ちゃんともなかなかうまくいってるらしいじゃない。良かった!これまでの職場は三週間もたなかったのに、キッチンちゃんてば天才じゃない?』

「ご配慮頂き、忸怩たる思いであります」

 電話口でつい頭を下げながら、ふざけるなこの野郎、と心の中で罵倒する。市長室に呼び出されたあの日、この市長はこともあろうに縁故採用した(一応警察官になるための要件と試験スコアは満たしていたとはいえ)自分の甥っ子の面倒をみるように圧力をかけてきたのだ。

「キッチンちゃんはいずれは署長、そこから県警本部長を狙うノンキャリアじゃ〜なぁい?高卒でもそういう野心を持つ若者って、とってもギラギラしててアタシいいと思うんだ♡」

「はあ」

「だ・け・ど?その難易度が格段に下がるとしたら、どうかしら?」

「仰っている意味が…」

 そこで知事はパンパンと手を打った。隣室に続くドアから現れたのが、筋肉で不恰好に膨れたスーツを着た前山文道だった。

「この子、私の甥なのよね。ただちょこ〜っと怖がりがすぎて、これまで就職しても全然長続きしなかったの。それでね?ものは相談なんだけど…」

 あの時の知事のニンマリ顔。テレビでは決して見せない爬虫類じみた表情だった。

「あ゛〜ッ!思い出しても腹が立つ!僕のバカバカバカ!」

 僕は頭を掻きむしる。警察帽が吹っ飛ぶ。それを上手にキャッチして目の前に差し出す前山。

「先輩はバカじゃありませんよ。こうして俺の代わりに夜の警邏に行ってくれるじゃないですか」

 派出所横に立てかけてある自転車は二台。僕はサドルに跨ったまま顎でもう一台を示す。

「いい機会だから今夜は付き合ってやる。二人で行くぞ」

「ええ〜?イヤですよ怖いですよ夜なんですよ空に満月出てるんですよ?犯罪者とか出たらもっと怖いんですよ⁉︎」

「それ以上ゴネたら僕はお前を道連れにクビになってやる」

 大体、悪いことする人間を捕まえるのが僕たちの役目だろうに。呆れて鼻からため息爆発。

「ええええ〜?夜の警邏怖い〜でも無職になるのもっと怖い〜」

「はいはい分かったからちゃっちゃとライト点けて、さっさと青少年を見つけて戻ってこようね」

 僕は半泣きになっている前山を後ろに従えて畦道にペダルを漕ぎ出す。

 冬の木枯らしは冷たくとも、田舎道を延々と自転車を走らせればあっという間に温かくなる。むしろ止まると寒い。

 支給されたスマフォは派出所から転送されるようにセットしてあるし、あとはこの辺の小中高校生がよく屯している場所と隠れられそうなポイントを頭の中の地図でさらい、手近なところから回っていく。

 橋の下、コインランドリー、コイン精米所、神社、寺、小学校および中学校(この二つは同じ校舎を兼用している)…早々見つかるという予想は甘かった。腕時計の表示は十二時近いじゃないか。

「見つかりませんねえ先輩」

「ビニールハウスのエリアのあとは…山際の廃ホテルか。しかしあんな不気味な場所にはいないだろうなあ…ヤるには雰囲気最悪だし」

「不気味なのは怖いですねー。というか、何をヤるんですか?」

「お前は変なところで鈍いね」

 ビニールハウス群のある農地に入ったとき、ふと視界の隅にカラフルなものがかすめた気がしてブレーキをかけた。

「わっ、先輩?何いきなり停まるんですか怖いなぁ」

「いや、いま何か、目立つものが…」

 振り向く。と、すぐ鼻先にアロハシャツとサファリパンツでペアルックを着た中年の男女が微笑んでいた。

「うわ、あっ⁉︎」

「…ッ」

 僕も唐突な出現(それも町民以外)にのけぞり、前山に至っては安らかに気絶→側面倒れした。月夜に響き渡るガッシャーン、という騒音。

「ななななななな⁉︎なんなんですかあんた方!」

「ほらあなた、いきなり近づくからびっくりさせちゃったじゃない」

「そうだねハニー、いやごめんねお巡りさん、私達道に迷ってしまいまして」

「はあ?迷子ですか?」

「はい、この土地には初めてでして。車を降りて深夜の散歩と洒落込もうかと。ねえハニー?」 

「ねーあなた?」

 わけもなくいちゃついている中年カップル。僕は二人の足元を見た。サンダル。二人のうち女性の方はリュックを背負っているが、荷物らしい荷物はそれだけだ。旅行にしては軽装すぎるしこの寒いのに薄着なのも気になる。

「とと、と、と、と、とりあえず簡単な職質をさせてください。あ、あの、あの、念のためですので一応」

 いつの間にか復活していた前山。

 まあいい、任せてみよう。

 住所年齢、職種は投資家。そのほかの情報も包み隠さずつらつら述べていく。まるで見本のような職質。

 リュックの中身はロープ、ライター、十得ナイフ。あまりフラフラせずに車に戻りなさいと主要幹線への行き方を教えてまた二人で自転車を走らせる。

 …?おかしいな、何か気にかかるというかひっかかるものがある。なんだろう、あの二人の職質には何もおかしな点はなかったように思うのだが…

「あの、先輩」

「どうしたクソビビり散らかし肝っ玉ピンポン玉チキン後輩」

「ここってその、廃ホテル…ですよね」

 ギッ、とブレーキを軋ませてタイヤを停めたのは、月光に薄ぼんやりと浮かび上がる廃業した温泉ホテル。窓ガラスはあちこち破れてはいるが、債権者にさほど荒らされていない様相がより一層古めかしく禍々しい雰囲気を醸している。

「うーん見て分からないなら眼科に行ったほうがいいかなー」

「はい分かりました。帰りましょ戻りましょ休憩しましょ俺が眠りに落ちるまで電気つけたまま一緒に寝ましょ」

「後半がキモいぞバカ…ん?」

 僕は玄関前に横付け駐車しているアルファロメオに気付いた。近寄るとまだエンジンが熱い。

「あの二人、こんなとこに駐車して…戻ってきたら注意しとこう」

「そうですね!俺たちもここで引き返さなきゃ」

 いいわけがない。僕は泣き叫ぶ前山を半ば以上引きずりながら建物に入る。

 うわ、カビ臭い。絨毯が湿気っている。和洋折衷なのがまた、怪しいオーラを漂わせている。これが和風ホラーゲームなら、いままさに物陰から妖怪やら出てきてもおかしくない。

「せせせせせせせ先ばばばばばばばばい」

「頼む。普通に喋って?」

「ああのあのあのあの、こーいうとこって、その、んじゃないんですか?」

「お前さあ、オバケ怖いとかが理由で仕事をサボるなと。僕はそう言いたい」

「ぼぼぼぼぼ暴走族とか不良とか…」

「こんなど田舎の暴走族も不良も恐れるに足らんだろ。お前のガタイならどうとでもなるじゃんか」

「先輩は分かってないです!人間は大声出しますよ唾吐きますよ悪口言いますよ!」

 小学生か。それも女児か?

 聞き流して二階へ。このフロアのメインは宴会室か…ん。

 んん⁉︎

 大きな洋風広間の入口。ゴロンと転がした大根かと思ったら、もつれ合うような四本の脚が見えた。

 悲鳴を上げる前山。走り寄る僕。

 倒れている男女。二人とも制服のまま。

「おい!いたぞ!」

 遠くで「ええっ?」と反響をチラつかせる前山。まったく、僕を置いてけぼりにしてどんだけ遠ざかってるんだよ?

 セーラー服の方は金髪に染めている雀斑そばかす顔。七地美空ちゃん。

 学ランの太っちょは、間違いなく淵順平君。

 前山が戻ってきて二人を壁にもたれさせて座位にする。それから腰に下げていたライトをつける。外傷はない。脈もある。だが顔色が悪く硬直している…

 また先ほどの違和感が襲ってきた。ライト…顔色…なんだ…?

「せっ!あっ!あれあれあれあれあれ」

「なんだ!やかまし───」

 ぷっくりした指を懸命に伸ばして前山が示した方向。それに顔を向けて僕は絶句した。

 宴会場のど真ん中に寄り添い横たわっている二つの体。

 アロハシャツを着た中年の男女だ。互いの首にロープを巻きつけ、その端を互いに握りしめている。ということは…

『あらら。見つかっちゃった』

『あなたがのんびり次の獲物を探すからよ』

『でもハニー、やっぱり一緒に天国に行くなら子供ぐらいの方が家族にしやすいだろう?』

 僕は振り向いた。広間の入口に、あの中年男女が立っていた。そう、ロープで互いに首を絞めた形で息絶えているの二人だった。

 ただ───そう、これこそが違和感の正体。

 二人とも、夜の闇の中に

「ゆ、ゆうれ」

 今度は僕が固まった。恐怖ももちろんあったが、ライトを構えたまま指先までコンクリに沈められたように動けない。金縛りというやつだ。

 そのまま僕は、バランスを崩したマネキンさながらドサリと倒れた。目玉だけ動かせる。ああ、この中学生カップルもこれでやられたんだな。

 意識が遠ざかる。ヤバい。

『大人二人は要らないんだよねえ?ハニー』

『とりあえず殺しておきましょうか。ねえあなた』

『そうだね。もうあと子供…小学生までの子が欲しいなあ。五人家族が夢だったんだもんね』

 幽霊は自分達の遺骸の横を足音も立てずに通り過ぎて近づいてくる。

 全員、やられる…

「ふざけるなであります」

 え?僕は自由になる二つの瞳で頭上を探る。。

 前山が、仁王立ちになっている。その顔はドス黒く染まり、表情は昔祖父の家のブラウン管テレビで見せてもらった大魔神なんとか?の映画の巨大化した埴輪とそっくりだ。

「勝手にこの世を儚んで命を絶っておきながら、こんないたいけな子供の未来を潰そうとする?ふざけるな!貴様ら───」

『ごちゃごちゃとうるさいわねえ』

『そうだねハニー。僕らの邪魔をするのなら』

 バン!窓に残っていたガラスが全て枠から外れた。鋭利な切先を前山に向け、広い空間を埋める勢いで空中に浮かんでいる。

 これは俗にいう超常現象パラノーマルアクティビティ、その内のポルターガイストじゃないか。こんな映画みたいなの、現実にあるのか⁉︎ 

「…逃げろ、前山…」

 僕はなんとか声を絞り出す。が、間に合わない。無数のガラスの刃が前山めがけて飛んだ。

「ラグビーの基本は!ワン・フォー・オール!でありますッ」

 叫ぶや否や、前山はその辺に落ちていたカーテン布を自分の体に巻きつけて突進した。

 ガラスの大群は、もろくも全て当たって砕けた。

「そしてッ!オール・フォー・ワンの意味するところにはッ‼︎」

『ひっ、ひいいいい⁉︎』

 大きく拳を振りかぶると、中年男性(幽霊)の方に肩の入ったアッパーカットを喰らわせた。

一意専心いちいせんしん、でありますッ‼︎」

『ぐっはぁぁぉぉぉぇぇぇ⁉︎』

 なんと。肉体を持つ前山のパンチが、中年以下略を天井まで吹っ飛ばした。ビダンビダンとギャグ漫画みたいにふざけた音を立て、あちこちの壁にバウンドする姿を見て僕は思わず吹き出した。

『あなたぁ!…ぬゎにすんのよこの猪男‼︎』

 中年女性(幽霊)の方の髪がズワッ、と黒い洪水となって周囲に伸びた。それは前山に押し寄せ足元からよじ登り、巨体をロールキャベツのようにグルグルと捕縛する。

『そのまま締め殺してやる、人間が私たち怨霊に勝てるとでも思ったの?』

『やっちゃえハニー!僕の仇だよっ』

「さ、前山ぁっ…!」

 口元だけしか見えない状態の前山。僕はまた叫んだ。

「……だ」

 前山の分厚い唇から何事かが漏れる。

『ああん?何だってぇ?何か言ってるぞこいつ、ハニー?』

『聞こえないわねぇ、ねぇあなた?』

 ブツブツと呟いていた前山。

 次の瞬間、幽霊の毛髪が爆発した。…というか、凄い勢いで吹っ飛んだ。

「警官侮辱罪も…追加だ!」

『えええええええ何だ何だ何なんだコイツは⁉︎』

『そ、そんなわけある⁉︎こいつおかしいわよ、あなた!』

 ずしゃ。足を踏ん張り。

 ボキボキ、バキン。両手の指を鳴らし。

 憤怒の大魔神───じゃない、ドス黒鬼瓦顔の前山が、白い吐息を大量に吐き出して叫んだ。

「うるせぇこの悪霊野郎!貴様ら二人とも公務執行妨害でブッ殺してやる‼︎」

「おおお落ち着け前山!もう死んでる!」

「死んでても殺す!」

 そこからは地獄絵図。

 もう、ゴーストバスターズの映画のあのコミカルさなんて微塵もない。一方的にふん捕まえ、殴るわ蹴るわ、ビダンビダン壁や床に打ち付けるわ。幽霊が軽いのをこれ幸いに、ありとあらゆる暴力行為を働くのだった。

 幽霊のくせに舌を出して伸びた二人を足を掴んで持ち、作物のようにブラブラさせながら余裕で歩いてきた前山に、ようやく金縛りが解けた僕はある一つの疑問を尋ねた。

「なぁ前山。お前、オバケ怖いんじゃなかったのか…?」

「え?全然?だってこいつら死んでるでしょ?死んでるんなら基本的人権も何もない。オバケにゃ傷害罪も、立件も告訴もない♪」

 なんて恐ろしい替え歌を…

 と。ニッコリ微笑む前山のぶら下げていた二体の悪霊がふっと姿を消す。

 と同時に、少し離れた広間中央の遺骸がむくりと起きだした。

「ッヒィィィィィ、い、生き返ったぁぁぁ⁉︎」

 途端にビビり散らかす前山。僕は素早く立ち上がる。二人とも、息が白い。ということは───生きてる!

「落ち着け前山!あいつら仮死状態だったんだ!そりゃそうだ、互いの首を絞めて心中とか素人(?)にできるわけがないもんな‼︎」

「人間は怖いですよぉ!俺が反撃したら過剰防衛とかいってネットで死ぬほど晒されるでしょ!」

「どこまでも僕たちをコケにしやがって。許さん!ねえハニー‼︎」

「ええあなた‼︎」

 中年男女(人間)が、落ちていた棒切れを振り上げつつ獣のような声を出してこちらに走ってくる。

 僕は回転しながら身を起こし、まず男の方に斬りつけるような踵落としを喰らわせた。それから女の方には流れるように体落とし。

「やったぁ先輩!さすが柔道と空手の署内超軽量優勝者!」

「喜んでる場合か!未成年者略取容疑で現行犯逮捕!拘束しろ!」

 

「───だからね、オカルトが怖いってわけじゃあないのよこの子犬ちゃんは」

 数日後の知事室。僕と前山は未成年者の命を救った功労者として、新聞のインタビュー記事のために呼び出され、仰々しい物腰の知事から感謝状を渡された。カメラの前でなされる全てが芝居がかっていて正直辟易したが。

 あの後はまあ、そこそこ色々あった。犯人がなにせ無理心中をし損ねた仮死状態の二人、それも幽体離脱して行った犯行ということで、オカルト関連のあれこれは全て誤魔化されて書類送検された。どうも仮想通貨取引で失敗したらしい。

 “死んだ方が生きるよりも怖いんだって分かりました。ね、ハニー”

 があの男の方の最後の言葉だったらしい。これからは真っ当に働いて生きろってんだ。

「俺はその、んです。対人恐怖症の一種みたいですね。テヘヘ」

 無邪気に笑う子供のような巨体に、僕はあべこべに戦慄を覚えた。

「でもね!叔父さん、御台所先輩は怖くないんだ。今回も俺を守ってくれたし‼︎」 

「いや、別にお前を、お前に限って守ったわけじゃ…」

「そういうわけだから、キッチンちゃん?当分この子の面倒を見てあげてね♡」

「いやその、これを機に栄転するとかそーいう褒賞的なアレは?」

「俺、御台所先輩とじゃなきゃコンビ組まないから!これからもずーっと、ずーっと一緒に仕事しましょう。ねっ、先輩♪」

 県の最高権力者と、県内最強暴力警官(対人間以外)。その圧に僕は思わず後退あとじさる。

「逃しませんよ。せっかく出会えた最高の相棒バディなんですから!」 

「僕は…お前が怖いよ」

 

 

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