お夜食いかがですか?

みこと。

深夜の散歩者

 黄昏時は、この世とあの世の境界があいまいになる時間、と有名なア二メ映画で言ってた。


 でも、じゃあ、深夜は?



 信号機が向かい合う交差点。

 明滅する黄色と赤の光に照らされて、中央にうずくまる何か。

 直視してはいけない気がして、足早に通り過ぎる。


 視界には、くらモヤ・・が漂い流れ、塀の上の猫がそれを目で追っている。


 あっ、私のことも。

 猫はじっと見つめて、やがて。フイと塀向こうに降り去って行った。


(夜の道ってスリリングだわ──)


 人ひとり通らない真夜中。


 誰もいない、静かな夜の底。


 雑音の混ざらない冷たい空気を切るように、暗い夜道を進む。

 少ない街灯でも、十分によく見える。



(……? あれ、誰かいる?)



 道向こうに、白いシャツを着た長身の男性が佇んでいた。

 二十代くらいの、まだ若い青年。


 ふと、彼が私に気づいた。


 一瞬だけ目を見張った後、涼やかな声をかけてくる。


「やあ。こんな時間に、こんな場所で何してるの? 迷子?」


「……っ!」


 迷子だなんて。

 子ども扱いされたことにカチンと来る。


 でもそういえば随分長く、家に帰ってない?

 あれ? 私はどこに行こうとしてたんだっけ?

 

 内心焦ってしまったことを悟られたくなくて、言い返した。


「そういうあなたこそ、何をしてるんですか?」


「ああ、俺? 俺は散歩中。ちょっと小腹がいたから、夜食でも食べようと思って出て来たんだけど」



 コンビニすら見当たらない、民家しかない場所で?


(? 屋台でもあるのかな)


 疑問に思って、それらしいお店を探した時だった。


 目の前の青年が手を伸ばし、ちゅうに漂っていた黒っぽいモヤ・・を掴んで。


すすった──!!)


「えっ、えっ、えっ? いま、何を??」


「何って、食事?」


「ええええ?! いま食べたのって──?」


「えっと、"負の感情"ってやつ。昼にり固まった憎悪だとか、悔恨だとか? 夜の夢で吐き出される情念」


「そんなのって、食べれるものなんですか?!」


(そもそも食べて平気なの?)


 目を白黒させてる私に対し、彼は至って普通のことのように返してくる。


「まあね。結構おいしいよ。ただ俺、仲間内からは悪食あくじきって言われてるけど」


("悪食"の意味が、たぶんちょっと違う──!!)


 混乱する私をよそに、目の前の人(?)は何気ない仕草で、私の後ろを指さした。


「きみのそれも……貰っていい? なかなか強い念だね?」


「えっ」


 驚いて振り返ると、私の背に、ゆがんだ黒い縄が貼りついていた。


 蛇のように長く伸びたその先は、遠い暗闇に通じていて。

 よく見ると手に、足に、絡みつくようにまとわりついていて、意識した途端、すごく重く感じる。


「何これ──!!」


「"呪い"、かな。また盛大に恨まれたもんだ」



 ああ、そうだ、これが苦しくて。たまらなく嫌で。

 私は身体を抜け出したんだった。



「しかも"逆恨み"だなんて。これは珍味だな」


 嬉しそうに男性が頬を緩ませるけど、私はそれどころではなく。


「あげるから! 貰って! すぐに取ってください──っっ」


「心得た」


 彼がひょいと手を挙げると、途端に私の後ろから長く太い縄が、勢いよく吸い出されていった。


 ごうごうという音が耳の横を流れていく。

 いつまでも続きそうな吸引の中、私は思い出した。


 自分のことを。



 平凡な主婦だったのに、ある日、主人の恋人を名乗る女性に押し掛けられたこと。

 相手と言い争い、揉み合っているうちにアパートの階段から転げ落ち、頭を打って病院に運ばれたこと。


 現実の私の身体はそのまま、意識が戻ってないこと。




「ごちそうさま」




 その声に、ハッと引き戻される。


 目の前には満足そうな青年。


 

「もう帰れるはずだけど、なんなら送っていこうか?」



 彼の申し出に、私は素直に頷いた。





 

 病院の白いベッドの上で、昏睡状態から目覚めた私が最初にしたことは、両親に連絡を取ってもらうことだった。


 主人との離婚を進めるために。


 主人にも病院からの連絡が行ったはずだけど、彼は来なかった。


 後で知ったのには、彼はその頃恋人の部屋にいて、彼女が急に倒れ、騒ぎになっていたということだった。

 いろいろと調査され、身元も問われて不義もバレた。


 離婚は、私に有利な状況で進めれることになった。

 





 深夜には、いろんなモノたちが徘徊する。


 私が出会った青年が"何"だったのか、わからないけど。



 夜に窓の外を見れば、ほら──……。今夜も小腹が空いているらしい。

 あの日会った青年が、夜の道でモヤを見上げている。

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お夜食いかがですか? みこと。 @miraca

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