ある日の出来事

黒幕横丁

散歩

 暦の上では春といっても、まだまだ夜は冷えるなと思いながら散歩へと繰り出す。

 何か煮詰まっている仕事に対してのいいアイデアが何か近所を深夜に歩いて探してくるのが俺のルーティンだ。

 点いている明かりも少なくなって、静寂にも包まれていてまるで街全体が眠りについているようなこの不思議な感じが俺は好きである。

 こういう雰囲気の中散歩をすると思いつかなかった考えがふと頭から沸いてくるので、深夜の散歩はやめられない。

 そういえば、俺がまだ実家に住んでいた頃はよく夜遅く出かけようとすると親に叱られていたっけか、

『こんな時間に出歩くと怪物に襲われてしまうよ』

 と。子供の頃はその怪物がどんなのか想像できなくて怖かったりしたけれども、大きくなるにつれて親が俺を夜中に出歩かなくさせるための方便だったのだろうなと理解した。だって、いくら出歩いても怪物やお化けになんて出会ったことなかったから。

 そんな昔話を思い出していると、蛍光灯が切れかかっているのかチカチカと点滅する街灯の前に黒い塊が見えた。明らかに人っぽいシルエットではなかった。

 大きさ的に粗大ゴミの違法投棄か? と何知らぬ顔をして通り過ぎようとしたとき、

『ネェ、チョウダイ?』

 その黒い塊が俺の耳元で言葉を介したのだ。それは女性とも男性ともとれるようないろんな声が重なり合ったような声で。

 一気に俺の全身に寒気が走る。これはヤバい奴かもしれない。

『ネェ……』

 黒い塊から手が伸びてきて俺を捕まえようとする。逃げなければっ、俺は全力で走りだしたが、伸びてくる手は俺のスピードに比例して早くなる。このままでは捕まってしまうと思っていたそのときだった。

 懸命に走る俺の前に現れたのは、どう見てもアニメでよく見るような魔女の格好をした女性。

「おいたが過ぎるわよ。悪霊ちゃん☆」

 彼女が持っていた杖を振ると、伸びてくる手を弾き返した。

『チョウダイ……チョウダイヨォォオオオオオオ!!!!』

 弾き返された塊は怒号をあげながらさらに自身から手を伸ばしてくる。

「あら、怒っちゃったみたいねぇ。ちょっとお兄さん危ないわよ」

 彼女は俺の胸ぐらを掴んで自身の方へと引き込む。沢山の手が俺に向かって迫ってきてもう駄目だと顔を覆ったがしばらく何も起こらなかったので顔を上げると、見えない何かで守られているらしい、伸びてくる手はこちらまでやってきていなかった。

「はくらいちゃん、このお兄さんをよろしくー。私はこの悪霊ちゃんと潰してくるねー」

「了解でーす」

 ハッとして横をみるといつの間にか近所の高校の制服をきた少年が俺の横に立っていた。さっきまで気配なんてなかったのに、いつの間に。

「さ、先輩が足止めをしている内に安全なところに行きましょう」

 少年は俺を誘導するかのようにその場を離れた。


「大変だったですね。大丈夫でしたか?」

 まだ明かりの点いているコンビニ前、俺は恐る恐る後ろを振り返るが、黒い塊は追ってこない。

「まぁ、なんとか」

「ここまで来ればあの塊は追ってこないと思います。できるだけ深夜の外出は控えてくださいね。あーいうのが時々潜んでいるので。では、僕はこれで失礼しますね。あとは自力で帰れると思いますので」

 少年は帰り際、俺の方をじっと見つめ、目の前で手をパチンと叩いた。



 ……あれ? 俺はいつの間にコンビニ前に立っていたんだ?

 誰かと一緒にいたような気がするんだけれども……、まぁ、いっか。

 さっさと家に戻って仕事を片付けなければならないと俺は家路へと急いだ。

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ある日の出来事 黒幕横丁 @kuromaku125

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