朝なんて来なければいいのに

汐留ライス

第4話

 勤め先の会社がなんの予告もなく倒産してから2か月。


 毎日就活サイトやハローワークで情報を集めて、めぼしい求人にエントリーしてしまうと、残されるのは圧倒的な長さの待ち時間。


 いつ来るのか、そもそも来るのかどうかわからないメールを何日も延々と待ち続けて、来てもそのほとんどがお祈りメールっていうのは、かなり神経をすり減らす。


 そしてある夜、サイトの求人を見ていたら、頭の中で張り詰めていた糸が唐突にプツーンと切れた。衝動的に家を飛び出して、行き先も確かめずに終電に乗りこんでいた。


 途中で我に返ったから、隣の県まで行く前にどうにか降りたけど、歩いて帰るには結構な距離。


 とはいえタクシーで帰るお金なんて無職にはないし、降りた駅が悪かったのか、泊まれるホテルや朝まで過ごせる店もない。


 それでもじっとしてると寒いし、どうせ明日も早起きする必要なんてないんだから、散歩がてら歩いて帰ることにした。


 初めて通る全然知らない道を、方向だけなんとなく見当をつけて延々と歩く。初めてのはずなのに、過去に歩いたことがあるような既視感。


 そうだ、あれはまだ会社が倒産する前。仕事が遅くなりすぎて終電を逃し、家まで歩いて帰ったことがあった。


 今は引っ越したからあの時と全く違う道なのに、なんだか同じ景色のように思えてきた。このままずっとこの道を歩き続けたら、あの頃の家に帰れるんじゃないだろうか。


「帰りたいですか」


 足下から声。見ればハンドボールに手足がついたみたいな謎の生命体が、自販機の光に照らされながらこっちを見てる。


「私の名はモンチャラ」


「いや名乗られても」


 その前にどんな生き物なのか説明してほしい。


「ざっくり言うと神様です」


 かなりざっくり言われた。


「私ならあなたをあの頃に戻せます。仕事があって、奥さんがいた頃に」


「う」


 妻と離婚したのは、会社が倒産するよりもさらに前のことだ。


「条件は何もありません。ただあなたに幸せになってほしいだけなのです」


「そうか」


 それを聞いてすぐに答えが出た。


「戻らない」


 仕事はあったけれど重度のブラック企業で、妻との関係も冷えきっていた。今さらあの頃に戻っても、同じ苦痛が繰り返されるだけだ。


「そうですか」


 モンチャラも納得したようだ。


「ところで、ここはどこなんだ」


 すでにかなりの距離を歩いたはずなのだが、家に近づくどころかどんどん人里を離れている。


「おかしいですね」


「あんた神様だろ」


 もはや周りには風景すらなく、ブルーグレーの背景だけが広がる中を歩き続ける。


 このまま歩き続けたらどこに着くのか。朝なんて本当に来るのか。もう何もわからない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朝なんて来なければいいのに 汐留ライス @ejurin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ