「真夜中の経験」‥KAC20234

神美

それも知識

 俺はあいつが嫌いだ。クラスメイトだけど特に仲良くもなく、けれど仲悪くもなく。教室で勉強してると「また勉強してるの〜?」と絡んでくるあいつ。


 あいつはいつも勉強していない。授業には出ているが成績はからっきし。たまに補習を受けている。

 一方の自分は成績優秀。高卒後は有名大学合格候補だ。

 それなのにあいつはいつもおちゃらけていて、楽しそうに笑っている。

 だから俺はあいつが嫌いだ。


 真夜中、いつものように大学入試に向けて勉強していたが惜しいことにノートが切れてしまった。準備不足に嘆く間もなく、仕方なく気分転換ついでにコンビニに寄って大事なノートと身体に良いと言われるルイボスティーを買った。

 夜は昔から間食などはしない主義だ。不摂生な生活は自分の身体をダメにするから。


 コンビニからの帰り道。住宅街のど真ん中を歩いていたら珍しい人物と出くわしてしまった。

 あいつが首にタオルを巻き、ドカタが履くニッカポッカというズボンを履いて「おぉー」と手を上げ、こちらに近づいてきた。それだけで汗臭くて顔をしかめた。


「何やってんの、こんな時間に」


「この格好見ればわかるっしょー、ドカタのバイト。すげぇ稼げるんだぜ。ホントはもっとやりたいんだけど、俺たち高校生は十時までしかできないからね〜、残念」


 そう言われ、俺は納得した。なるほど、こいつがいつも授業中に寝ているのは夜中のバイトが原因か。


「なぁ、よかったら一緒に何か食ってかない? おごるけど」


 その問いの答えはもちろん「No」だ。


「いやだよ、こんな時間に食べたら身体に悪いし、太る」


「それってお前が勉強ばっかりして身体を動かしてないからだろ〜。勉強もいいけど身体動かしたり、うまいもの食ったり。そうトゲトゲしてないで気楽にやれよ」


 気楽? お前は気楽にやりすぎなんだろ。

 そう言い返そうと思ったがやめた。時間のムダだ。

 じゃあな、と言って別れた。


 数日後、大学入試があった。手応えを感じたから大丈夫だろう。

 少し肩の荷が下り、夜中にまたお茶が飲みたくてルイボスティーを買いに行った。以前と同じ時間帯だ。

 イヤな予感がしたが、その予感は的中……あいつがまたいた。


「よっ、大学入試おつかれさーん」


 のんきなあいつはまたバイトだ。話を聞くに大学へは行かないらしい。


「俺、今のところやりたいことはないな。バイト代稼いで、今はうまいもの食べるのが楽しいから。まぁ、いずれはちゃんと就職はするけどさ」


 ヘラヘラとあいつは笑う。それでいいのか、お前の人生はと思いつつ、また別れた。


 季節は流れ、春が来た。

 俺は難関大学に無事に合格した。

 これから新しい生活が始まるのだ。

 また深い、勉強の日々が。


 真夜中まで引っ越しの準備をしていたが今度はガムテープが切れてしまった、くそっ、用意周到じゃないな。

 またコンビニでガムテープと、今度はジャスミンティーを買った。

 帰り道……またあいつはいた。


「よっ、なんだか忙しそうだな。大学準備?」


 卒業式ぶりだ。あいつは変わらない。なんでいつも真夜中なんだろう。

 ヘラヘラして楽しそうだ、ムカつく。

 あいつは一般企業に就職するらしい。

 何が楽しいんだ、そんなの……。


「お前が引っ越したら、もうこんな真夜中に会うことはないんだなぁ。ちょっとさびしいな」


 なんでそんなことを言うんだ。

 こんなの、ただの偶然の産物。話しているのはただの戯言だ。


「お前とは高校の間に、とうとう一緒にメシ食えなかったしなぁ。一度は食いたかったけどな」


「……なんで」


 そいつの言葉に俺は眉間にシワを寄せる。


「お前を笑わせてやりたかったんだけどなぁ」


 なんだよ、それ。


「お前、いっつも難しい顔してるんだもん。生きてて楽しい? って聞きたくなるぐらいさ」


 お前にそんな心配をされるなんて情けない。

 それはお前だろう。いつもバイトして、好きなことして、うまいもの食べるだけで。

 いつもヘラヘラして、笑って。


「俺、お前の笑ってる顔、結局見たことないかも」


 ……そんなことないだろ。

 そんなこと。


「あまり我慢したり、気を張りすぎると参っちまうぞ」


 うるさい、俺はお前が嫌いだ。


「俺さ、兄貴がいたんだよ、死んじゃったけど」


 うるさ――え?


「お前みたいに勉強が大好きでさ、一日のほとんどずーっと勉強してんの。で、すげぇ大学入ってもずーっと勉強……その兄貴はある日突然、事故に遭って、この世からいなくなっちまったの。こんな真夜中だった、よく見えないから車に気づかれなくてさ」


 言葉が出なくなった。

 そんな暗いことを、こいつは笑って話している。

 でもその笑顔は、どこか苦しそうだ。


「ねぇ、それってさ……楽しいと思う? 勉強ばっかして、偉くなって、っていうのはわかるけど。それって別に、焦らなくてもよくない? たまにはさ、ハメ外したり、うまいもん好きな時に食ったり……自分の命に余計だとしても、色々なものを与えてやってもよくない?」


 俺は真剣に、その言葉を聞いている。


「俺は楽しんでるよ、兄貴の分まで。好きなもん食って、夜中も出かけて星見たり。休みは昼まで寝たり、ゲームしたり」


 どれも俺が経験したことのないもの。

 どれも俺が避けてきたもの。

 こいつは、ずっと俺を心配してくれていたのか。


「……まぁ、余計なことだったよな。お前はお前で好きなことやってるんだもんな。けど、自分の身体も“労ってやれ”よな」


 じゃあな、と立ち去ろうとしたそいつの手を俺はつかんでいた。

 そいつはびっくりした顔をしていた。

 自分でもびっくりだ。

 こいつは、こいつは勉強をしていないわけじゃなかったんだ。


 そいつの優しさが、俺の何かを変えた。

 俺は口にしたことのに言葉を口にしてみた。


「……何が、うまいんだ、食べるなら」


 そいつはポカンとした顔のあとで、嬉しそうに笑った。


「……じゃあ、俺のオススメ、奢ってやるよ、大学合格祝いにっ」


 生まれて初めてかもしれない。

 俺はそいつと真夜中にメシを食って、オススメだという公園で星を眺めて、オススメだという夜景スポットに連れて行ってもらった。


 全て、自分が知らなかったもの。

 全てが新鮮で、自分の身体が満たされていくのがわかった。


 俺はそいつを嫌いじゃなくなった。

 そいつは俺よりも、色々なことを知っていたのだから。

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