独白

三神拓哉

放火魔

 この紙切れが人の手に渡ってしまったということは家にある一見用途不明の証拠の数々が目撃されたということであり、もしかしたら私はすでに拘置所にいるかもしれません。

 今書いているこれもそうに他なりません、。

 しかしこのように生い立ちのようなものを書いてしまうと狂いに狂った殺人犯になんてものに思われてしまうかもしれませんが、狂っていたのは生まれながらにして持っている偏愛だけでそれ以外は真っ当であったと思います。

 共働きの家庭でしたが両親からの愛情はしっかり感じていましたし、人間関係で人一倍苦しむなんてこともありませんでした。また、仕事も鈍間かもしれませんが定職に就くことも出来ました。

 そう考えると、どこかで狂ったのではなく最初から狂っていたと考えた方が自然でしょう。そんな私がこの世で一般人に模倣して生きるのはとても息苦しいものでした。それでも、この一年間はその呪縛から解き放たれ満ちた生活ができ、生まれてきてよかったと心から思いました、後悔はありません。


 これを書くのは良心による自制からくるものです。それがなんの意味を為すのか、今はもう分かりません。


 そのお話をされていただく前に、あらかじめ、長く苦しい葛藤の日々があったことを知っていただきたいのです。

 

 私が元来根強く存在していた狂気に身を焼かれたのは学校でのことでした。

 忘れもしません、家庭科の調理実習の時、当時クラスメイトだった一人の女児のエプロンに引火してしまうボヤ騒ぎがありました。

 それ自体は、S君が消火器を持って勇敢にも火を消したため、学校で話題になる程度でしたが、その時の私自身は何か得体のしれないものを得た何とも気持ちの悪い心地でした。


 最初は勇敢なS君に対するある種の嫉妬のようなものかと考えましたが、そうではないらしい、というのも私とS君は当時とても仲が良く、将来消防士になりたいなどと聞いていたものですから何とも誇らしい気持ちはあれども、これっぽっちとして暗い感情はありませんでした。


 何となく気にかかりはしたものの謎のまま風化してこの出来事そのものを無かったことにしてしまえば、しがない一人の男として生きられたのかもしれません。


 ですが、あの感情の正体は早くにも暴かれることになります。

 その日の帰り、私がS君といつも通り一緒に帰っていると唐突に言われました。


 そういえば、なんであの時笑っていたんだ? 、と。


 その時は何のことだといって特にそれ以上この話題が続くことはありませんでしたが、その時には足りてなかったかけらはすでに埋まっていてそれに気づかないふりをしていたに過ぎませんでした。

 それも長く続かず、幼く臆病な私は狂いながらも常人としての生活を長いこと続けていました。

 それでも炎に惹かれて続けたのは偏に狂っていたからでしょう。


 私は、消防学校を入り、そのまま消防士になりました。この仕事ならこの狂信者も抑えられると思ったからです。この時はS君も一緒でした。

 炎に惹かれ、間近で見たいという私にとってこれ以上ない天職かのように思われましたが、長く続くことはありませんでした。

 それもそうです、消防士は火を消す仕事なのですから。

 素敵な美人を殴るようなものです。そんなの耐えられませんでした。


 その後は何とか転職し、一人暮らしをしていましたが物足りなさを感じていました。正しくは、ずっと感じていた渇きがここにきて顕著に出てきました。

 それは消防士をやめたことも一因でしょう。それでも、あの仕事を続けていた方がより多くの犠牲が出たことは明らかでしょうから、結局のところ、八方塞がりでこうなることは必然だったのでしょう。


 耐えきれず、私は空き家に火を放ちました。


 あの日、初めて人生が満たされたかのように感じました。

 その後は定期的に放火活動をするようになりました。落ちている吸い殻を集めて火をつけ、しばらくしたら野次馬として干渉するのです。二回目からはゴミ捨て場とか最低限の迷惑で欲を満たせていましたが、しばらくしたらアパートの空き家へ、またしばらくしたら一軒家へと次第に規模は大きくなっていきました。


 正直に言ってしまえば調子に乗っていたのでしょう。楽しみがこれしかない、というよりそれ以外の事が陳腐に見えてしまうほどに放火が私にとっての何にも代えがたい生きがいだったのです。

 捕まらないことこれ幸いと、この日も豪邸の家に火を放ちました。一部屋全焼くらいを予想してそうしたのですが、風が乾いていたからでしょうか、豪邸そのものが燃え尽きるくらいの大火事へと発展していきました。


 その時はあわてて逃げ出しましたが、次の日には大々的にニュースに取り上げられました。あの火事で死亡者が何人も出たらしくその中で殉職者として名前が発表され、そして、その次の日には訃報が届きました。


 自分の罪深さに私は心底慄きました。


 人を殺すというのは最悪でしかありません、別に私の罪を肯定したいのではありません。ただ、動機が違います。そこにあるのは炎への愛情であって、誰かに向けた殺意だとかこの狂った世界に絶望してとかそのように悍ましい感情は一抹もありませんでした。要は、この殺人は私にとって不慮の事故でしかないことを知っていただきたいだけなのです。


 結局のところ、私という存在は炎に恋い焦がれた放火魔であって、快楽殺人鬼などでは断固としてないのです。


 なのにS君を殺したことに、私は、既知の物体を得た、何とも気持ちの悪い心地を抱かずにはいられないのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

独白 三神拓哉 @Artiscn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ