「どうだった? みんなお前さんを歓迎していただろう? これからは、話しかけるだけじゃなく、わらわたちの声にも耳をすませておくれ」


 紅梅が話す度に梅の香がふわりとたち、真っ白な雪景色が一瞬紅に染まる。


「……そうすれば、儂にも親方のような庭園が造れるだろうか」

「さぁ、お前さんがどういったものを求めているのかわからぬが、源太はいつもわらわたちの声に耳を傾けてくれておるのは確かだよ」

「どうして今までお前たちと話せなかったのに、急に会えたんだ? これは夢か? 明日になったらまた会えなくなるのか?」

「雪月夜の持つ不思議な力なのかねぇ。源太も初めては雪月夜だったと言っていたから」

「それで、今も親方とは会話ができているのか?」

「見えてはおるぬ。が、対話はできておる」

「どうやって?」

「さぁ、わからぬが、一度こうやってまみえたのだから、お前さんが意識すればよいのではないか?」


 そう言う紅梅の精の姿が、不意に薄れてきた。


「雲が出てきたようだね」


 見上げると薄雲に月が半分隠されている。


「ここでわらわたちと会ったことは、他の人には話してはいけないよ。もちろん源太にも」


 その言葉に視線を戻すと、梅の精の姿はみえなくなってしまっていた。慌てて辺りを見回すと、先ほどまで見えるようになっていた他の木々の木霊たちの姿も見えない。

 雪月夜の不思議な力は、気まぐれなのか時間限定なのか、それとも月が見えたらまた現れるのか。真相はわからないがみんなが消えて気づいたのは、身体が冷え切っていることだった。久弥は行きよりも暗くなった薄曇りの夜道を、先ほどの木々たちの声を思い返しながら家路を急いだ。



 翌朝、久弥はもう一度庭園に行ってみた。雪晴れの青空に真っ白な雪を乗せた枝々がきらきらと煌めいている。

 だが、紅梅に声をかけてみたが何も現れないし、声も聞こえない。あれは夢だったのかと久弥は首を傾げた。ずいぶん飲みすぎたようで、いつもはならない二日酔いで朝から頭が少し痛い。


「紅梅よ。昨夜のは夢だったのか?」


 昨夜のように幹に手をあててもう一度話しかけてみる。

 

 さやっと枝が揺れた、気がした。

 姿は見えないし、声が直接聞こえたわけでもない。けれど、何か温かいものが流れてくるような感覚を覚えた。紅梅の思いが伝わってくるようだ。

 親方には、木霊たちのことを話さなかった。





 その後しばらくして久弥は独立した。


(木々の声をしっかり聞きとること。それが自分にできていなかったことなんだろう)


 久弥は庭園を造る際に、しばらく木々たちとじっくり向き合う時間をとるようになった。すると、直接会話するわけではなくとも、木々たちがどうしてほしいのか、なんとなくわかるようになっていった。

 あれから手がけた庭は、以前とは比べようもないほどいいものができるようになり、顧客はもちろん久弥本人も満足した。

 久弥の庭園を見てくれた親方も、その出来栄えを称賛した。久弥は秀逸な庭師として名を知られるようになった。



 どんなに人が讃えてくれようが、有名になろうが、久弥はじっくりと木々と向き合うことを忘れなかった。雪月夜の不思議な体験のことは誰にも話さなかったが、晩年になっても雪が降る夜は必ず雪見酒をしたそうだ。

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雪月夜 楠秋生 @yunikon

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