第8話「ウィンドウショッピング」


「あ」


 休日、買い物をしようと近くのショッピングセンターでふらふらしていると、うっかり漏れたような声が聞こえる。

 気になって声の方を見ると、平日学校で見かける顔が珍しく驚いた表情で僕を見ていた。


「藤木さん、奇遇だね。買い物?」

「うん。そんなところ。そっちは?」

「買い物……なのかな? 特に買う予定のものも買ったものもないんだけど、何かが欲しい……みたいな?」

「ウィンドウショッピング、ってこと?」

「そうそう、それそれ」

「ふぅん」


 何故か僕のことを上から下まで見る藤木さん。何か納得したように頷くと、口を開く。


「暇ってことでしょ?」

「端的に換言すれば」

「また変な言い回しを……ともかく、暇なら買い物付き合ってよ。夏服欲しいの」

「別にいいけど……一緒に選ぶの僕でいいの?」

「だってファッションセンスいいじゃん」

「好きな服着てるだけだよ」


 さっき僕の全身を見ていたのはそれだったのか。

 僕の今日の服装は白いサマーニットの上に薄い水色のカーディガンを羽織り、無難な黒のジーンズを履いているだけ。服のバランスを整えるために細い革の目立たないネックレスはつけているが、そんなにオシャレというほどでもないだろう。

 藤木さんの方は白いシャツの上にデニム生地のジャンパースカートを着ており、首元の銀のネックレスがアクセントになっている。

 わかりやすい言葉で表すと、かなり似合っている。


「いいの。ほら、行くよ」

「仰せのままに」


 僕が恭しくそう言うと、藤木さんは満足したように「よろしい」と返す。

 そのやりとりに二人でふふっと小さく笑ってから、どこかへ向かって歩き始めた。


「どんな服欲しいとかあるの?」

「あんまり。服足りなそうだから欲しいってだけで。あ、ここの店」


 そう言って藤木さんが足を止めたのは、大人しい色合いの服が目立つ店。ちらっと服を見た感じ、確かに藤木さんに似合いそうなデザインのものが多い。

 二人で中に入り、服を見る藤木さんの後ろをついて行く。


「女子の服は種類が多くていいな」

「あー、メンズってシンプルなのばっかりだよね」

「そうなんだよ。色とか柄で区別する服が多くて、服の形とかのパターン少ないから楽しくないんだよね」


 レディースの服は夏物でもいろんなデザインがあり見てて面白い。アシンメトリーの変わった服とかもあったりして、少しワクワクする。


「これどう思う?」


 と藤木さんが見せてきたのは水色を基調としたワンピース。

 その服を藤木さんが着ているのを想像してみる。


「うん。似合うんじゃないかな。ただ、こっちの色でもいいかも」


 そう言って僕が手に取ったのは、藤木さんの服の色違いのもの。淡い青色をベースに白が入っているそれを藤木さんの服に合わせるように当ててみる。


「うん。こっちの方がいい気がする。なんとなく、原色に近いより淡い色の方が似合いそう」

「なるほど。確かにそうかも。じゃあそっちにしようかな」

「藤木さんが気に入ったの買えばいいよ」

「宇都美くんの選んでくれたやつの方がいいって思っただけだから」


 藤木さんは僕の手から服を取ると、そのまま会計に向かう。その間僕は暇なのでぼんやりと普段はまじまじと見ない服を見てみる。

 会計を終えて合流すると、次の店に向かおうと歩き出し──後ろから声が聞こえた。


「あれ、宇都美じゃん」

「ん? あぁ、奇遇だね」


 振り返って見ると、そこには同じクラスの女子たちの姿があった。

 身長が高くポニーテールの高嶺たかみねさん、サイドテールが特徴的な佐藤さとうさん、普段とは違い編み込みを入れている安藤あんどうさん。この3人は中学が同じらしく、クラスでよく一緒にいるのを見かける。休日に会うのは初めてだ。

 話しかけてきたのは佐藤さんで、そのまま僕との距離を詰めてくる。


「藤木さんと一緒じゃん! もしかして、デートだったりする!?」

「ちょっ!?」

「ふふっ、そう見える?

 ……なんちゃって」


 何故か僕の体の後ろに隠れて焦る藤木さん。理由はよくわからないが隠れてるのに話を振るのは可哀想だと思い、いつも通りふざけてみせると女子たちは黄色い声を出す。


「えー、実は付き合ってたとかないの?」

「ってゆーかー、どうして2人が一緒に?」

「たまたま会ってね。僕が暇だったから一緒に見せ回ってるだけ」

「そっかー。じゃああたしたちも一緒に──」

「そ、それは!!」


 珍しく大きな声を出した藤木さんに、僕だけじゃなくて3人の視線も集まる。

 自分でも大きな声を出したのは想定外だったのだろう。「あっ」と声を漏らして顔を真っ赤にしてしまった。


「あ、その、違くて……」

「え、待って、そういうこと・・・・・・?」


 その藤木さんの態度を見てなにかを察したのか、安藤さんが小さな声でそう呟く。それを聞いた他の2人は一瞬驚いた顔をした後、またもや黄色い声を上げた。


「えー、先に言ってよ! 邪魔しなかったのに!」

「お邪魔しちゃってごめんねー!」

「なかなかやるじゃん。頑張れ!」

「ち、ちがっ!」


 何か慌てて釈明しようとした藤木さんだが、3人は弁明も聞かずにどこかへ去っていった。

 藤木さんは呆然とそれを見送った後、何かに気がついたようにもう一度慌て出す。


「あ、その、宇都美くん、さっきのは違くて……その、3人の誤解なんだけど」

「あの3人、何を誤解してたんだろうね? なんか察したみたいな雰囲気出してたけど」

「…………へ?」


 僕の言葉を聞いてきょとんとする藤木さん。やがて何かを理解したのかため息を吐くと、


「宇都美くん、ありがたいけど、そういうところだよ」


 何故か呆れるような口調でそう言われたのだった。

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隣の席の女子と、徒然なるままに。 海ノ10 @umino10

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