第5話

「すいませーん!牙猪の解体をお願いしたいんですけどー!」


 建物を出てほんとうに少しだけイノシシを引きずった先に解体場はあった。ロビーのあった本棟と比べるとだいぶ質素な見た目をした建物である。

 自動じゃなかったドアを開けるとカウンターがあったが誰もいない。よって今声を張り上げているのだ。


「はーい!少々お待ちをー!」

「お」

「いましたね」


 どうやら向こうの作業場で今まさに何かの解体をしていたようだ。遠くから聞こえる男の声はだいぶ若そうに聞こえる。


「解体場で若い男ってのは珍しいな」

「ほとんどは引退した中年探索者ですもんね」


 組合が運営している施設はいくつか種類があるが、その内情は大抵どこも一緒だ。わざわざ探索者になろうという若者はこういう裏方に興味は持たないし、やり方もわからない。ある程度探索者として経験を積んで解体などの基礎ができ、かつ何らかの要因で引退してしまった人が組合の案内を受けこういう仕事に就く。

 特に解体という作業は経験と慣れが効率に物を言うので、ここのように大きな町の組合ならばベテランが勤めていることが多いのだ。だから若い男というのはめったに見ない。


「はいはーい、お待たせしました。牙猪の解体ですね!売却もなさいますか?」

「あー、そうですね。モモの一部だけ貰えればあとは売却で」

「わかりました!……うわ、だいぶ大きいですねこいつ。よく仕留められましたね」

「ええまあ、運がよくて。……あ、そうだ。これって何かに使えますか?」

「これは…こいつの牙ですか?」


 哀れにも『海蛇』の外殻でへし折れてしまった牙を渡してみる。牙猪の解体など慣れているだろうこの人も怪訝な目をしているのでやっぱりここまでヤバいのは見かけない感じなのだろうか。

 いやそうでないと自然界がヤバいのでこいつが特別な個体であることを願うしかない。


「はぁ〜……。ここまで硬くて重いものはめったに見ないですね…。普通の牙猪なら加工して鏃などにするのですが、こうも頑丈なら形を整えるだけで何にでもなりそうです。工具でも武器でも…ん?」

「えーと、何か?」

「ああいえ、なんでも。先月くらいにもこういう上質な牙を持ってこられた探索者の方がいまして、その牙とこれの質感が似てるなって思っただけです」

「ああ、なるほど。……ちなみにそれは今起きてる異変と関係があったり?」

「ううーん、それは何とも。まあ同じ牙猪のモノですし似るのも当然ではあるんですが」


 滅多にない物を見られて嬉しいのか、そう締めた顔は大分ニコニコしている。そもそも人当たりの良さそうな人だし、何か訳アリで解体場に送られた問題探索者というわけでもなさそうで安心した。

 そうこう話してるうちに牙と肉の見分が終わったようで、これまで乗せていた外殻から持ち上げて裏の作業場まで持って行った。優しげな見た目の割に軽々と運んでいたしやはり元探索者なのだろう。


「肉を傷つけるのは最低限で済んでますし血抜きも完璧でしたから売り値は高くなると思いますよ。解体と卸売りが済んだら組合の方に連絡いたしますので、またその時に依頼料など確認いたします」

「はい、ありがとうございました」


 機嫌よさそうな笑顔に見送られながら後ろ手にドアを閉める。

 いやー!やっぱいいな大きいとこの組合は!これが変に寂れた町だったりすると平気で逆サバ読んで買い叩こうとしてくるからな!

 まあこういうのは作業員当人の気質によるところも大きいではあるので一概に大きい町なら大丈夫というわけでもないが、それでも安定してるのは確かなのでやはり解体場を利用するなら大きな町に限る。

 そもそも自分は大抵の獲物の解体方法は修めているので解体場に依頼する理由はあまり無い。勿論効率や肉の質なんかは本職には劣るだろうが1人と1匹が食べるだけなら大して気にもならないしな。

 それでもこうして町に寄ることがあれば出来るだけ組合の施設を利用することにしているのだ。普段世話になってるのに金を落とさないってのも少し気が引けるし、何より自分で手間がかからないのがいい。


 まあその結果肉をポッケに入れられて依頼料ボられることもあるので一方的に世話になってるだけではないのがこの世のご愛敬って感じだ。


 組合のロビーに入り直したらそろそろ説明会が始まるのか組合員がバタバタして演説台のようなものを運び出している。


「解体の依頼はできましたか?」

「ええ、しっかりと」


 窓口に近づくと先ほどと同じ組合員が受付をしてくれた。周りの窓口は説明会への準備のため席を立っているのでどうやら自分を待ってくれていたらしい。

 講習に参加する手続きを頼むため探索許可証をに渡すと、なんだか少し驚いたような反応をしている。


「やっぱりムギさんでしたか……」

「……何か?」


 なんか不安になる呟きをされたな。知らぬうちに悪名でも広まってしまったのだろうか。


「あ!いえ!全然失礼な意味ではなくてですね!ムギさんといえば二ヶ月ほど前に金沢のほうの異変を解決に導いたって話題で!そんな凄い方がこんなとこに来てくれるなんて嬉しいなって思っただけです!」


 ああそういう……。金沢の街が危ない感じだったからどうにか地元の探索者たちと協力して対処したけど、まさか自分が立役者として有名になっているとは思わなかった。

 というかやっぱりってことは何か自分の外見から判断できるような物でもあるのだろうか。人相書きでも出回ってたり?


「『解決屋』ムギといえばその白シャツだったりロングソードだったりと特徴はありますけど、やはり一番は身体に巻いた白蛇のキカイがトレードマークですよね!ひと目でもしかしたらって思ってたんです!」

 

「お前かい……」「何か文句でも?」


 思わず小声でツッコミを入れてしまった。有名になるのはまあ良いけどその最大の特長がこいつになるのは少し釈然としない物があるぜ。


「あはは……。まあ知られているのは少し恥ずかしいですけど嬉しいですね。それにしても『解決屋』ってのは?」

「あれ、知らないんですか?ムギさん、町や村に滞在している間はよく依頼を受けるじゃないですか。それに金沢での大立ち回りがくっついて『解決屋』って異名が広まってるんですよ!」

 

「おいやっぱり俺評価されてるぜ、前言った発言取り消してくれよ」「妙ですね、そこまで大したことはしていない筈なのに……」「やっぱお前俺のこと嫌いか?」

 

「えーと、大丈夫ですか?」

 

 小声で白蛇と言い合っていたら受付に心配されてしまった。こいつが喋るってのは噂にはなってないようだし特に説明しようとも思わないのでこのままだと1人口喧嘩をするヤバ奴になってしまう。大人しく手続きをしてもらおう。


 それにしても異名がついているとは全く知らなかった。ついこの前の金沢の件が引き金になったと言っていたし、最近広まった名なのだろうか。金沢を出てからここに来るまでは町は通らず宿と野宿で来たから知りようも無かったではあるのだが。

 そこそこ長い間探索者をやっているので異名が付いたってのもなんか心に来るものがあるな。普通に嬉しい。


「はい、手続きが完了しました。全体講習が終われば自動的に大規模調査依頼を受注することになります。調査に協力するかどうかは任意ですが、ぜひ参加していただけるとありがたいです」

「勿論そのつもりです。ありがとうございました」


 受付を離れてもうじき始まるらしい演説台が見えるところに移動する。周りにいる探索者全員がこの大規模調査に参加するのだとしたら30人は超えそうだ。町に入る前に見かけた彼らも調査の一員なのだとしたら既に50人は行っているかもしれない。

 それほど大きな調査が始まるということでロビーには緊張感が漂っている。門の前で聞いただけなので正確には把握していないが、現状は被害が出ていないだけって感じなので気を張るのも分かる。それも含めてこれから説明してくれるのだろう。


 それから何人かが新しく手続きを済ませて講習待ちの団体に入った所で演説台に組員が立った。貫禄のある男性だ。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。私はこの町の組合支部長を務めさせていただく───」


 講習の内容を大雑把にまとめるとこうだ。

 数週間前あたりから近くの森で妙な動きが見られること、その原因にキカイが居そうなこと、そのせいか野生動物までもが苛立っているので一般人がなかなか森に入れない状況になっていること、もしこれがキカイによるものであればこの町が危ういこと。基本的にはこれを主軸として話していた。


 ただ気になったのが、森で見たあの大量の抉れたような痕跡について触れなかったことである。あれはまだ調査隊の誰も発見していないのだろうか。それならあとで報告せねば。

 そしてやはりと言うべきか、町に入るときに見かけた探索者たちはこの町を拠点とするベテラン達だそうだ。確実に情報を得るために先遣隊として10人弱が今森に入っているらしい。予定では明日には調査を終え帰還し、その情報を元にこの大規模調査依頼の内容を調整をするようで、本格的な調査開始は明後日からになるそうだ。


 そのあとは軽く調査の流れを説明していた。先遣隊が異常の大まかな発生地域と原因を推察した後、何人かの班に分けて森に入り調査となるとのことだ。


 あのイノシシたちのものと思われる痕跡を詳細に報告した後、まだ妙な視線のあるロビーから抜け出してきた。受付の人と話して気づいたけどこれもしかして異名持ちに対する尊敬の眼差しとかなのでは?鼻が高いぜ。


「団体行動になりますね」

「そうなるな。この二ヶ月くらいまともに人と行動しなかったから不安だ」


 せいぜいが宿の女将さんと会話した程度しか人と触れ合わなかったのだ。ほかの探索者に迷惑をかけないよう調査が始まる二日間で人との感覚を取り戻さねば。

 普段会話する相手がこいつだけなせいで感覚狂うんだよな。


 全体講習を終えて今はこの町での宿を探しているところだ。組合員におすすめの場所を教えてもらったのでそこに向かうことにしている。

 こういう大きな町では宿泊施設も組合が運営していることもあるが、なんというか質素なのだ。普段からまともに使わないせいで金はあるのでせっかくなら上等なところに泊まりたい。


 教えてもらった場所に行くと、組合からそう離れていない通りに一つの大きなビルがあった。大通りに近く、駐車場付き。しかも10階建て以上はあるときた。その敷地の入り口にはホテルの文字。


「これはまた……」

「だいぶ高級そうなホテルに案内されましたね。どうします?ここに決めますか?」

「そうしよう、せっかく金を使う機会なんだからパーっと出さないとな!」

「成金みたいですね」

「似たようなモンだし。入るから少し静かにな」


 瀟洒なエントランスを抜けて受付を済ませ、中階層あたりの部屋を借りることができた。今はなかなかの大荷物を背負っているので苦労することを覚悟したが、まさかエレベーターが動いているとは思わなかった。


「車もあるようでしたし、余程優秀な技術屋がいるようですね」

「みたいだな。調査が始まる前に一度会いに行ってみようか。この板の加工もしてくれるといいんだけど」


 イノシシを引きずっていた『海蛇』の外殻はまた全部まとめて荷物に括り付けている。後ろから見れば身の丈ほどもある板を背負う変な奴が見れるはずだ。

 役に立つだろうと思って回収してきたし実際活躍したけどここまで大きいのがいくつもあると邪魔が勝つんだよな。どうにか加工なりして小さくするかいっそ売却してしまいたい。


 部屋に着いたらまず目についたのは大きなベッドだった。ちゃんとバネのある白いシーツの上等なやつである。


「あ〜すっげ〜ふわふわ」


 荷物を置いてそのまま飛び込んだ。土や木に毛布を敷いた寝床ではない、しっかりした人間用の寝床の感覚に急激に睡魔が出てきた。

 もうダメだなこれ。今日はさっさと風呂に入って寝てしまおう。買い物だとかは明日に回せばいいか。


「そういえばここのホテルデカい浴場あるらしいじゃん。行ってくるわ」

「わかりました。私はここで待っておきますね」


 さーて、濡れた布で体を拭いたり冷たい川だったりしなちちゃんとした風呂だ、楽しませてもらうぜ!

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あの日の竜 不書 @Fugaki

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