第4話

また10分ほど歩いてぐるっと外壁を回ると人混みが見えてきた。おそらくは町に入るための門だろう。ここはまあまあ大きな町なので往来が多く、また町へ入るためのチェックも厳しくなるはずだ。とはいっても大概の町の入門検査なんて誤差のようなもので、どこにいっても探索許可証を見せれば大抵スルーできる。

 

「なんかやけに人が多いな。……探索者が多いのか?」

「いよいよキナくさいですね。あのイノシシかどうかは定かでは無いにしろ、この近辺で異常が起きているのは間違いなさそうです」

「だよなぁ、これだけ大きな町でもこの時間の門でこれだけの量の探索者が待ってるってのは珍しいしな」

 

 街道に伸びる人の列はだいたい20から30くらいの人数に見える。それだけの人が並んでいるだけでもまあまあ珍しいが、その殆どが探索者というのはそう無いことである。

 

「それに探索者のほとんどが帰りって感じだな。揃って大荷物だし、裾が汚れてる」

 

 ここから街道沿いに行けば他の町まで歩いて2、3日ほどだ。その程度であれだけの重装備、しかも見る限りでは野営を重視したものというのはやはり妙に思える。もしかしたら拠点を転々とする派の探索者なのかもしれないが、それにしても15人ほどが全員そうだとは考えづらい。

 

 相変わらずイノシシを引きずりながら列に近づくと、並んでいる探索者たちにちらりと見られた。何も無いはずのところからそれなりに草臥れたヤツが出てきたらまあ驚きはするだろう。同業者だと分かったからかそれだけで済んだが。

 

「気になりますね。もしできそうならそれとなく訊いてみてくれませんか?」

「同業が多いことと、イノシシのことだな?了解」

 

 もう列の方にいる人たちの顔を確認できる程度まで近づいたので白蛇には黙っていてもらう。せっかく新しい町に来たのに妙な軋轢が出来ては困るのだ。というかだいぶ前にそういうことがあったのでとても困った思い出がある。

 

「どうも」

「ああ、どうも。そちらも探索者ですよね?その…牙猪を仕留められるなんて実力もあるようで」

 

 並ぶついでに話しかけてみたが、どうやらこのイノシシは牙猪と言うらしい。そのままだな。

 

「運良く寝てる所を見つけまして。…旅の者なのでよく分からないんですけど、なんか物々しくないですか?この近くで何かあったり?」

「それですか。どうにもこのあたりに棲息しているキカイ達が活発になり始めたみたいで、その調査に周囲の町からも探索者に要請が来たんですよ」

「ははー、なるほど。具体的にどういうのってわかります?」

「生息域が大きく変わったみたいです。そのせいで怪我したり採取に行けなかったりという被害が出てるとか」

 

 と、いうことらしい。要請に応えて来たクチなので詳しいところまでは知らない、と締めたにしてはだいぶ教えてもらった。お礼もそこそこに会話を切り上げてあとは入門検査まで待ちである。この人が事情通で助かったが、これでこの人も流れの旅人とかだったら探索者組合の方まで聞きに行かなければならない所だった。

 この異変の概要は分かった。問題は昨日遭遇したあの森の痕跡がこの異変に関与しているのかと言う点である。教えてもらった情報だけならあれがその異変の本体なのか、それとも別の原因があっての余波なのかがわからない。

 痕跡の件は組合に報告して、場合によってはこの調査に参加することにするが、何はともあれ今は休みたい。実に2週間ぶりのまともな宿なのだ、今日くらいはゴツゴツしてない寝床で寝たい。

 

 

 

 

「あの……」

 

 そこそこ時間が経ち前に並ぶ探索者たちが3団体くらいになったころ、後ろから声をかけられた。今どき見ないようなボアパーカーを来た女の子だ。その視線はこちらの顔付近でうろうろしている。

 

「その蛇って、キカイですよね…?持ってても大丈夫なんですか?」

 

 なるほど。確かに初めて見たらびっくりするだろうな。どこにいても基本的にはキカイは人に害する存在だ。それが共存できているように見えれば相手が知らない人でも尋ねてみたくなる。

 

「これは調整したやつですよ」

「え!?キカイって人がどうにかできるものなんですか!?」

「弱いやつに限りますけどね。見たことありませんか?技術屋を名乗る人たち」

「……ああー!知ってます!そっか、何してるのかわからなかったけどキカイの調整とかする仕事だったんだ!」

 

 技術屋はよほどの僻地でも無い限り、人が住む集落には必ず1人はいるものだ。それは国がそうさせているからってのもあるし、基本的に技術屋は引くて数多なので食いっぱぐれない、所謂安定した職種ってやつなのだ。故に人生で一度は見たことあるのが普通である。

 

「……初対面で言うのもあれですけど、田舎の方で?」

「あー、あはは…。そうなんです、探索者になろうとして先月出たばかりで」

「先月?それにしては旅慣れたような感じですね」

「そう見えますか?……実は育ての親みたいな人がすごい優秀な旅人だったみたいで、それで教わったんです」

 

 うーむ、こんなふわふわした感じの女の子が探索者とは珍しい。

 当然ではあるが、探索者とはその業務上危険が常に伴う。ゆえに直接的な戦闘力は基本として、危険から逃げるための走力だったり体力というのはやはり不可欠なものとなる。そうなればやはり性差は如何ともし難いもので、探索者というのは7割くらいが男だ。

 実際、探索者を目指そうとする女性は少なく無い。家を出て世界を見てみたいという願望に男女は関係ないみたいだ。それでもこうして比率に差が出てしまうのは、やはり男所帯な職業であることやそもそもの過酷さに根を上げてしまうのだろう。

 

 そこそこ盛り上がっていたので時間も過ぎ、いつのまにか自分が最前になっていることに気づかなかった。やっと町に入れる。

 

「貴方は…探索者ですね。探索許可証か証明書はお持ちですか?」

「はい、これです」

「なるほど、ムギさんですね。町に入る目的は?」

「物資の補充と休憩、あとは組合への顔出しです」

「分かりました。……そのキカイは調整済みですか?」

「そうです。こいつは危険な場所の探索補助用に使ってるやつです」

「はい。……問題無しですね。ようこそムギさん、歓迎します」

 

 非常にあっさり終わる。ひとりでの探索というのはこういうメリットがあるんだよな。今回並ぶ時間がそこそこあったのは団体が多かったからだし、恐らくそれらは調査依頼を受けての入門だったのでそれ関係の手続きがあったからだろう。いつもならこれだけの人数がいようとももう少し早く回る。

 

 町に入って思ったが、やはりこの辺りで一番大きな町だけあって人の数が非常に多い。建物も高いものが多く、かつてのコンクリートジャングルとまではいかないもののそれなりの栄えを感じさせる。

 人はだいぶいなくなったが、それでも世界は回るものだ。

 

「……あなた様のお名前、ムギでしたね」

「あれ!?忘れちゃってた!…まあ大体2人きりだもんな、名前でなんて呼ばないし」

「これからはムギ様とお呼びいたしましょうか?」

「どっちでもいいかな、お前が呼びやすい方でよろしく」

「承知いたしました、あなた様」

「あ、結局そっちなのね」

 

 町に入るとまた白蛇と話す、これもいつも通りだ。さすがに少人数の場所ではしないが、これだけ人が多いと白蛇と話していても気づかれることもなく独り言のように思われる。

 白蛇は基本的に頭を立たせて耳元にいるが、町の中や人がいる時などは首元でさらに巻き付いている。それならあまり目立たないし変にも思われないしね。

 

 先ほどの門番に探索者組合の場所は聞いていたので早速向かうことにした。先に宿を探してもいいが異変の詳細が知りたいし、その内容によってはいろいろ考えなければならないこともあるので今はそちらを優先する。

 門番によるとここからそう離れていない所にあるらしい。いま歩いているのは町の大通り、いわゆる繁華街ってやつになるのだろう。探索者組合は一般の人や依頼人が入りやすいようにそういう場所に建てられることが多いのだ。

 

「しっかし、本当にちゃんと栄えてるな」

「ええ。まさかアスファルトが敷かれているなんて」

「車なんてよほどの技術屋がいないと作れない高級品だしな、道路の整備なんてしてるとは思わなかった」

「タイヤ痕も見えますし、どうやら恒常的に走っているようですね。組合のものとバスと……それだけではなさそうです。個人で所有しているのでしょう」

「あーあ、俺も車乗りたいなぁ」

「あなた様は車を持っていたとしても道路なんて走らないでしょうに。森を突っ切るので?」

「違うって、ただ久しぶりに運転ってのをしてみたいだけで買おうなんてしないさ。……お、組合はあれかな」

 

 門から歩いて20分くらい、大通りから少し外れた道にひときわ大きな建物があった。広めの駐車場にはバスとオフロード車が数台止まっており、今まさに探索者が乗り込んで出て行った。遠出するらしい。

 だいたいどの建物も欠けたりヒビが入っていたりするのに、やけに綺麗で白いこの建物がこの町の探索者組合のようだ。

 

「……ああ、元は役所か何かですか……」

「なんか言った?」

「いえ、何も」

 

 まだ建物の中に入ってすらいないが、外からでもわかるくらいには探索者が多いな。往来も激しいしガラス窓から見えるロビーがパンパンだ。しかも依頼人や一般人ではなくほとんどが探索者のように見える。

 

「今まさに大規模調査を始めるってとこかな」

「かもしれませんね。説明もあるでしょうし丁度よかったですね」

「中に入ったら静かにな」

「承知いたしました」

 

 自動ドアを潜ってロビーを通り受付まで行くだけでもなかなかに目線を感じた。キカイを調整して探索用の道具にするのは多くはないが珍しい話でもないので白蛇が目立っているわけではないと思うが、それはそれで理由がわからなくて居心地が悪いな。獲物を組合に捌いてもらったり売るってのも普通のことなのでイノシシを引きずっているのが原因でもない。何?

 

「すみません、この近隣の森で起きてる異変について詳しく教えて欲しいんですけどできますか?あと解体場あります?」

「は、はい。異変についてはもう少ししたら大規模調査用の全体講習がありますのでそちらに参加していただければ。解体場は外に出て右手の方ですね」

「わかりました。ありがとうございます」

「講習に参加されるのであれば探索許可証の提示が必要になります。今手続きなされますか?」

「あー、いえ。先にこいつの処理済ませてからまた来ますね」

「左様ですか、それではお待ちしております」

 

 

 

 

 

 妙な板に牙猪を乗せて運んで行くその後ろ姿を見ながらロビーに集まっていた探索者たちはざわめいていた。反応を示している者は誰もが腕利きで経験豊富な探索者たちである。

 

「今の人、もしかして……」

「ああ、たぶん『解決屋』だぜ」

「おいおいおいすげぇな!まさかこの調査にも参加してくれんのかよ!」

「百人力じゃーん!じゃあ意外と早く治まるかもね」

 

 めいめいに上げられるその声は内容こそバラバラだが、批判の色は少ないように思えた。それはその場にいる誰もがその人物のことを評価していることを意味していた。

 

「ひゃー、やっと着いた!町にこんな人がいるなんて聞いてないよー!……え、なに」

 

 そんな場に今まさに到着した探索者がひとり。つい先ほど『解決屋』を追っていた視線がドアに集まっていたことも相まり、その妙に熱がある大量の人を感じてたじろいでしまっていた。

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