六 そう、結局人は皆、孤独なのさ

 シュウウゥゥゥン


 昨日も通った自動ドアを今日も通り抜ける。

 開くスピードが遅くなったのか、それともせっかちな性格が出たのか、前を行く先輩の肩と重い扉がぶつかる。

 それでも彼女は平然と歩く。

 痛いの一言くらい言っても文句も言われないと思うが、何故かここではあまり言葉を発さない。

 部屋の中も昨日と同じで籠った空気の臭いが充満していた。

「はぁ。まさか昨日の今日でここに来るとは思いませんでした。いったい支部長はわたしにどんな恨みを持っているんですかね。」

「そんなことないと思うけどな~。特に羽田さんは大喜びだと思うよ。」

 支部長室で堂々と支部長の悪口を言う八重に周香は口を挟む。

 その後ろにいる世和は何かを考えているのか、上の空だ。

「蜂須賀! 居るんだろ蜂須賀!」

 廊下から大声が聞こえる。

 昨日と違うのは、通り過ぎることなくこの部屋に来れたことだ。

「見つけたぞ、蜂須賀! よくやってくれた!」

 声の主、羽田は部屋に入るなりすぐさま八重に抱きつく。

「昨日の夜、いきなり襲撃に行くと聞いた時は驚いたが…! まさか秘密結社のメンバー全員を捕まえたから護送用トラックをよこせと連絡をもらった時は感激した!」

「秘密結社ではなく OLW ですよ。物覚えが悪いのは変わりませんね。」

 今までの苦労が報われたかのように嬉しさのあまり泣いている羽田。

 だが、八重は抱きつかれているのが嫌で、なんとか彼を離そうとする。

 懐かしいな~。

 そう思いながら周香は二人を見ていた。

 この三人でパーティーを組んでた時はいつもこんな感じだった。

 だが、今のメンバーはこのような安心感ではなく、楽しさをもらえる。

 活動がアグレッシブになり、わくわく感が止まらない。

 流石に夜になるなり出撃すると言った八重には驚いたが。

 結果は羽田が言ったように OLW のメンバーを全員捕まえれた。

 校舎の外に出ていたメンバーは八重が、校舎内に残っていた者は周香が捕まえた。

 室内の人たちは寝ていたので苦労せず、気付かれないようそっと運び出した。

 外の人たちは進の(と言うかはく製の)奮闘により無事ことを終えた。

 八重と戦っていた体を改造できる女は、殴り続けたら降参した。

 どうやら痛みは感じるらしく、泣きながらやめてくれと言われたらしい。

 ちなみに、御年70歳だとか。

 これを聞いた時は背筋が凍った。

 そして、この人たちを先導していたテタルトスは無事見つかった。

 いや、この表現は間違っている。

 周香からすればトラックの要請をしていた時に飛んできた。

 だから探す必要もなく、そのまま支部まで連行した。

 そのあとドクターの所に連れて行ったが全治三日。

 正に化け物のような相手だった。

 後で報告書にそうやって書こう。

 ふと思った周香だった。


 ガチャリ


 自動ドアとは別の扉が開いた。

 まだ羽田は八重に抱きついていたので、顔が青くなる。

 しかし、支部長は反応することなく、支部長席に座る。

 コスプレとしか言いようがない格好だが、今日も威張り散らしている。

「羽田君、あれほど問題を起こすなと言ったつもりだが。」

「いや…! これは、その…!」

 どうやら羽田の行動は支部長にも見えていたようだ。

 羽田は冷や汗を流しながら言い訳を考えるが、頭が真っ白になり言葉が出ない。

 それを察したのか、八重はため息をつく。

「これはわたしたちの祝い方です。何も問題は起きてませんが。」

「ふん。蜂須賀君、君が言うならそのように扱っておこう。それより、本題に入ろうか。」

 足を組み替える支部長。

 羽田も気を付けの姿勢を取る。

 そんな空気の中、八重はポケットに手を突っ込んだままである。

「昨日の襲撃は褒められたものではないが、結果だけ見れば素晴らしいものだろう。」

「お褒め頂き光栄です。」

「だが、現場の粛清会会員私の部下の話では伊豆守悠と便木進の目撃があるではないか。なぜ彼らを捕まえなかった。」

「彼らは最早捕まえれないリストに入っているじゃないですか。それを凡人である私たちに求めることではないと思いますが。」

「負傷していたと聞くが。」

「バカみたいに治りましたね。人間の体は凄いです。」

「そんなことを聞きたいわけではない。」

 支部長は机を激しく叩く。

 だが、それに驚いたのは羽田と世和だけ。

 八重は眉一つ動かすことなく相手を見つめ、周香はいつも通り笑っている。

 それが余計お偉いさんの逆鱗に触れたのかもしれない。

「君が彼らを逃がしたのではないかと聞いているのだ。これが本当のことなら大問題だ。」

「例えわたしがここで何を述べようとも、ただの言い訳と思われ、人々は聞き入れないでしょう。なのにわざわざ言う必要があるとでも?」

「もういい、出ていきなさい。任務は追って連絡する。それまで好きにしろ。」

 言われたように、八重は仲間を連れ部屋を後にする。

 周香は羽田さんかわいそうと思いながら、リーダーを追いかける。

 だが世和はどこか上の空。

 何を考えているのだろう。

 それに気付いた八重は口を開く。

「心ここにあらず、と言う感じですが。世和ちゃんは何か悩み事でも。」

「えっ、あっ、いや。伊豆守のことが頭から離れなくて。」

「え~。恋に落ちちゃった~?」

「そんなわけあるかー。」

 からかう周香に対し突っ込む世和。

 だが八重は気分が乗らないのか、それでと返す。

「えっと、全然孤独者ぽくないなって。それに八重さんも昨日ちょっと戦ったと思ったらすぐに逃がすし。何者何かなって。」

「それをずっと考えていたと。」

 またため息をつくと、そっと微笑みながら話す。

「あの男のことは深く考えない方が良いですよ。ただのバカですから。」

「それってどういうこと?」

「おっとわたし、人と会う約束してたんでした。お暇ももらったことですし、ちょっと行ってきます。」

 颯爽と走り去る八重。

 残された世和は何も言えなかった。

「ホントしょうがない子だよね、八重ちゃんも。」

 周香が彼女の後姿を見ながら呟いた。



 キイイィィィン


 金属が擦れ、高い音が鳴る。

 開かれた門のところで、鍛え抜かれた肉体を持つ男とバイクに乗った男が話している。

 どうやら別れの挨拶をしているようだ。

「本当にもう行くのか、ひさっしー。オレは全然居てもらっても構わないぜ。」

「僕は気まぐれだからねぇ。一つの場所には留まれないなぁ。」

「お前はよく自分が気まぐれって言うが、オレは一回も思ったことないぜ。」

「それじゃぁ、別の理由があるのかもね。」

 企んだような顔をする悠と苦笑いをする進。

 しかし、これが二人の別れ方として定着している。

「なら仕方ないな。また用があれば燕送るから頼むぜ。」

「そんときにはすぐに駆け付けるから。もしかしたら、燕より早く着くかもねぇ。」

「それは頼もしいぜ。」

「じゃぁ、行くよ、便ちゃん」

「またな。」

 スロットルを回しバイクを進める。

 改造をしていなくてもほぼむき出しのエンジン音で、何かを叫んでいる進の声が聞き取れない。

 更に道を進むともう彼の声はもう聞こえない。

 ただ一人、旅路を行く。

 さて、次はどこ行こうかな。

 寒くなる前に北陸もありかな。

 そんなことを考えながら、アスファルトを眺める。

 行き先は決まったが途中、と言っても進んで 500m の河原の道に来るとバイクを止め、周りの風景を見る。

 区画整備などで悠が住んでたころとすっかり形を変えた東清だが、この河原だけは当時のままだ。

 良い思い出も悪い思い出もあるこの土地だが、なぜかこの川を見ていると心が安らぐ。

 河川敷で遊んでいる子どもたちを見て、自分もあんな無邪気だったころもあったなぁと少し涙ぐむ。

「さて、またしばらくのお別れだ。『永遠の』になるかもしれないけど。」

 そっと呟き、手を一度振る。

「やはり、年を取ると昔懐かしむ気持ちが出てくるんですかね。」

 孤独なライダーに話しかける女性がいた。

 マフラーと羽織と言う少しアンバランスな組み合わせの服装をした彼女。

「久し振りだね、八重。」

「昨日も会ってるじゃないですか。」

「ろくに挨拶もできてないからさぁ。」

「それもそうですね。」

 精神性交友関係障害者保護機関追いかける側の人間八重が孤独病者追われる側の人間の悠の隣に並ぶ。

 しかし、起きるのはバトルではなく、ただの日常会話。

「怪我の具合はどうですか。」

「もう、何ともないね。やっぱり八重の能力は効くねぇ。」

「それは良かったです。」

 ほっと息をつく彼女。

「そうそう、うちの新人どうでした?」

「世和のこと? 彼女は僕らにとって望んでた人材じゃないかな。上手に指導すればだけど。自信はあるかな。」

「かなりプレッシャーですね。それはそうと彼女、主君のこと気にしてましたよ。あんなの孤独者じゃないって。」

「バカだから気にするなって伝えておきな。そうだろうし。」

「あっ、もう伝えたんで。」

「仕事が速いなぁ。」

 感心する悠に八重は満面の笑みを返す。

 それからも他愛のないことを何度か話したが、他愛なさ過ぎて覚えていない。

 だが、別れを切り出したのは八重だった。

「では、わたしももう行くので。ちなみに主君はどちらに?」

「北陸あたりを狙ってる。寒くなると行きたくないからねぇ。八重は?」

「わたしはお暇をもらいました。しばらくはここで足止めです。」

「そっか。じゃあ。」

「ええ、では。」

 二人ともそれぞれ進みだす。

 もう辺りは暗くなっていて、バイクの明かりしか照らすものがない。

 悠はただ一人、暗い道のりを進む。

 そう、彼は独りぼっち。

 どれほど居場所を望んでも与えられるのは一人と言うところ。

 何かしらの集団に属しても、それは時間が経てば卒業、解散と失う運命。

 どれほどの功績を挙げようとも、どれほどの印象に残ることをしても忘れ去られる。

 ただ、その場で作られた思い出など跡形もなく消えてなくなる。

 何をしても、最後は一人となり、自分の存在も語られることなく、居なかったことと同じになる。

 今回のように OLW の壊滅に一役買っても、将来、記録にも記憶に残ることない。

 この世に伊豆守悠の居場所は、結局一人と言う場所。

 そして誰の記憶からも彼はいなくなる。

 ただ、一人で生きている人間。

 そのような者は孤独と呼べないだろうか。

 だがそれは彼だけでなくあなたにも言えることなのかもしれない。

 いや、あなたもその様な人物なのだ。

 ただ、そのことに気付いていないだけで。


 そう、結局人は皆、孤独なのさ。


 赤く光るテールランプは曲がり角に来ると、尾を残し曲がっていく。

 それも闇に消えていった。


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孤独に覆われた世界で 白下 義影 @Yoshikage-Shirashita

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