深夜のふたり
高野ザンク
告白は真夜中に
深夜に散歩だなんて、正直気が乗らなかったけれど、ユヅルの言うことには逆らえなかった。史上最大、空前絶後に私は彼を愛していたのに、当時はいわゆる倦怠期と言われる時期に差し掛かっていたし、彼の気持ちを離したくない一心で「都合のいい女」になっていたのかもしれない。
途中のコンビニで缶ビールと缶チューハイを買って、公園のベンチで二人して飲んだ。春めいた3月上旬の夜は、それなりに穏やかな空気ではあったけれど、花粉症持ちの私にはあまり居心地のよいものではなかった。月が高く、はっきりとした輪郭で、私たちをスポットライトみたいに照らしていた。
ユヅルは缶ビールを飲み干してから、唐突に別れを切り出し、そのまま「じゃあまた明日」とでもいいそうな感じで手を振って去っていき、それきり私は彼に会うことはなかった。人生で呆気にとられた瞬間ベスト3に入ると思う。
それから2年が経って今夜、マサノブから深夜の散歩に誘われたことに、私ははっきり警戒の目を向けた。奇しくもあの時と同じように、私たちはまさに倦怠期突入気味だったのだ。
申し訳ないが、ユヅルほどは史上最大、空前絶後に愛しているとは言えない。ただ、まだ一緒にいたいと思う存在だった。
いや、それよりなにより。なぜ二人とも、揃って唐突に深夜の散歩に誘うものか。男とはそういう癖でもあるものなのか。それでも、私は断りきれずにマサノブとともに家を出た。
途中のコンビニで缶ビールと缶チューハイを買って、公園のベンチで二人して飲んだ。春めいた3月上旬の夜は、それなりに穏やかな空気ではあったけれど、花粉症持ちの私にはあまり居心地のよいものではなかった。月はあいかわらず高く、はっきりとした輪郭で、私たちをスポットライトみたいに照らしていた。
あの時と同じシチュエーションの中、私は彼が缶ビールを飲み干すのを待った。彼はほろ酔い加減で、天上の月を見上げている。
幸か不幸か、いや、深夜唐突にフラれるというのは確実に不幸なことだろうけど、一度経験していることには、予測や覚悟ができる。だからこれから彼がなんと言おうと対応できる気がしていた。何事も経験しておくものだ。どんとこい。
私が身構えていると、あの時のユヅルと同じような口調で、マサノブは言った。
「結婚しようか」
どう返事をしたかは覚えていない。多分、明確な答えは出さなかった気がする。ただマサノブは「じゃあまた明日」という感じで手を振って去っていき、気づいたら私は自分のベッドで横になっていた。
同じような深夜の散歩で、正反対の言葉。あまり現実味がないけれど、彼の言葉の感触が確かに耳に残っている。返事はどうしようか。三度目の正直、次に深夜の散歩があれば、その時に答えようか。そんなことを悶々と考える。
しばらくたって、私は外へ飛び出した。マサノブの家までは歩いて15分ぐらいかかる。
春めいた3月上旬の夜は、それなりに穏やかな空気だった。私は花粉症持ちだけれども、そのことをすっかり忘れるような、月の高い夜だった。
〈了〉
深夜のふたり 高野ザンク @zanqtakano
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