ありがた迷惑な来訪客
突然の来訪から凡そ数週間、その日は珍しく客足が多かった。老若男女問わずその店を訪れてはアロマキャンドルを買い店を出て行く。こんなにも忙しいのは店を開けて以来初めてだと困惑しながらも、店主は陽介の手伝いを得ながら夕暮れ時には全ての客をさばき終えていた
「お疲れ様でした、速水くん」
「お、お疲れ様です…今日はすごいお客さんの量でしたね」
「えぇ、そうですね。あの量は開店して以来初めてで私も困惑してしまいましたよ」
「えっ、マジっすか」
床板に座り込み肩で息を吐く陽介は驚いた様に店主を見上げた。困惑したと言っていたが彼の接客中の態度に普段との違いはなかった…動揺した素振りもなければ顔色1つ変えていなかった、自分への指示だって迅速かつ的確であったのだ。それなのに困惑した、と店主は言った。動揺しても顔には出さない、それがプロであるという事なのかと陽介は1人で納得し、重たい腰を持ち上げる
「よっ…と。客足も収まった事ですし、俺お茶でもいれますよ!店主さんは何にします?」
「ありがとうございます。速水くんにお任せしますよ」
「そッスか…じゃあ速水特製スペシャルドリンク作りますね!」
ニッと笑顔を浮かべ扉の奥へと消えた陽介の背を見送った店主はふぅと深い息を吐きカウンターへと腰を下ろした
「…多過ぎる」
ポツリと呟いた彼の瞳は店のドアを睨みつける。追い詰められた者しか辿り着けないように術を施している筈なのに、今日この店を訪れた客のほとんどに追い詰められた様子は見られなかった…術の効果が弱まっているのか…否、そんな筈は無い。では何故?1つの疑問が頭を過ぎった時、『ますたー』と小さな声が店主の背をノックした
「おや、おはようございます。今日はどうしましたか?」
『ますたー、ダイジョウブ?』
「大丈夫ですよ?」
振り返った先に居たフランス人形の声に店主は首を傾げ答える。冷たく小さな身体を持ち上げ自身の膝に座らせれば木で作られた掌が彼の胸の辺りに添えられた
『ますたー、タオれたらボクらはココにいられない。タオレチャだめ、やすんで、ますたー』
「随分とお喋りが上手になりましたね。心配してくれてありがとうございます、ですが私は大丈夫ですよ。ほら、元気もりもりです。それに今速水くんが特製のスペシャルドリンクとやらを作ってくれているので、其れを飲めばさらに元気になる事でしょう」
『あしたあさも、おきゃくサンたくさん。やすんで』
「明日も朝から客足が多い、という事ですか?…どうしてそんなことを?」
『だって、きてるから』
「え?」
抑揚のない声で放たれた言葉に彼が眉を顰めた直後、奥のドアがバァンと開かれ「店主さん!」と中から慌てた様子で陽介が駆け寄って来る。「店内ではお静かに」と店主が宥めるが、陽介は自身のポケットからスマホを出すと彼の目の前にズイと突き出した
「これ見てください!この書き込み!」
「書き込み…?」
「これ、この店の事ですよね。望んだ夢が見られるアロマキャンドルが売ってるお店って…すんごい勢いで広まってて、いいねもRTも凄くて。みんなこれ見たから今日は忙しかったんじゃ…」
「確かに凄いですが、この店には細工を施してあります。本当に追い詰められたお客様しかこの店に辿り着けないようにと」
「で、でも今日は確かに忙しかったじゃないですか」
「えぇ、ですから不思議に思っていたところなんです。私の術が弱まった訳でもないのに何故…と」
口元を隠し考える店主に陽介もまた小さく唸り黙り込む。チクタク、チクタクと時計の針の進む音だけが店の中に響くこと数分……夕陽が沈み街の街頭が灯り始めた頃、それまで大人しくしていたフランス人形が徐ろに手をあげ店の隅を指差した
『ますたー、きてる』
「そういえば先程もそう言っていましたね……一体何が来て━━━━━━」
「ヒョエッ…」
人形の指さす方へと視線を向けた店主は動きを止め、陽介は小さく悲鳴をあげ店主の背へと姿を隠す。細い背中の後ろからそーっと顔を覗かせた陽介の瞳に飛び込んだのは、素朴な着物に身を包んだ小さな女の子の姿であった
夢見屋 〜夢売る店主と不思議な物語〜 アオツキ @dearjfan
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